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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第二章 人を学ぶ
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第七十二話 化け物が駆ける

 

 ティアは勝手知ったるようにファルメールの屋敷を駆けた。内部にも亡者達の進行は進んでおり、幾重にも重なった屍が屋敷を死の香りで充満させている。


(既にここまで……いかに復讐霊(レヴァナント)が混じっているとはいえ早すぎる。急がないと)


 ファルメールの傭兵隊は弱くない。毎晩のように屋敷へ来ていたティアは、それを重々承知していた。この屋敷は自分が守らなくても平気だろう、そう思えるぐらいの力を彼らは持っていたはずだ。


(おかしいなぁ……そもそも何故カルブラットだけ逃げているのさ)


 色々とおかしな点が多いのだ。カルブラットは脱出したと言っていたが、これだけの亡者に囲まれてどう脱出したのか。彼らの恨みはカルブラットに対してだと言う。ならば全ての原因であるカルブラットが逃げられるとは思えない。


 そして何よりも、ミリィを置いて逃げたことが許せない。


(大体、なんでカルブラットは父親のくせに構ってあげないのさ。しかも屋敷は狙われ放題だし、いくら傭兵隊が強いからってもしもの時に私がいなかったら……それにそれに――)


 そうだ、全てカルブラットが悪いのだ。ティアは心の中でカルブラットをボコボコにした。可愛い妹を置いて逃げるなんて、カルブラット許すまじ。


 ティアの心中は荒れ狂う悪鬼の如しだったが、道中の不死者(アンデッド)の処理も欠かさない。使用人を襲おうとする亡者の首をポンポンポンとはねていく。景気良く飛ぶ亡者の首に、使用人は別の意味で恐怖した。


 広い屋敷内を駆けながらティアは思う。どうしてこんなにもミリィに執着するのだろうか。こんな楽しくもなければキラキラもしていない場所、以前の自分なら関わろうともしなかっただろう。憎たらしい相棒と一緒に「人間は愚かだね」なんて笑い合っていたはずだ。それなのに、今は亡者の返り血を浴びながら必死に屋敷を駆けている。


 恐らく、始まりは罪悪感だった。


 人を理解し、せめて心だけでも人に近付こうとするほど、自らが積み上げた屍の山がどうしようもなく罪深いことに気付かされた。目を反らすことは出来ない。サルバと呼ばれた防人の男、幽玄草による変死体、そしてあの日見捨てた黒髪の少女。人へ近付こうとするたびに怨嗟の声が大きくなるのだ。


 ティアは自分を浅はかだと嗤った。全く本当にどうしようもない。ミリィを守るのはきっと許されたいからだ。良いことをするのは過去を精算したいからだ。エゴの押し付け、ただの自己満足。人間の醜い裏側とまるで同じ。


「ララ。私、随分と人の真似事が上手くなったよ」


 人は毎晩夢を見るらしい。しかしゴーレムは眠らない。ティアは自分が夢を見なくて良かったと思う。きっと、自分は良い夢を見ないから――。


 ○


「もう! 本当に広いな!」


 ティアはイライラしていた。亡者の数が多いのだ。こんな時にララが居れば、姿を隠して亡者を素通り出来たはずだ。焦って彼を置いてきたのは失敗だったかもしれない。


 そうは言っても後の祭りである。前から来る復讐霊(レヴァナント)を近くの傭兵隊に任せて、ティアはミリィがいるであろう部屋を目指した。床に転がる屍が妹の元へ案内してくれる。


(あと少し、なんだけど……)


 廊下に横たわる屍がティアを見つめていた。点々と転がる亡者の首。奥へ進んでいるのにその数は減っていない。つまり、ここまで魔物の進行が進んでいるということだ。それがティアを余計に焦らせる。


 進むにつれて、亡者の死体だけではなく傭兵隊の死体も目立ち始めた。“何か”が起きたのだ。傭兵隊でも止められない“何か”がこの先にいる。ティアは血に濡れた廊下を必死に駆けた。進みたくない。進まなくてはならない。時間は常に有限だ。相反する気持ちを抱えながら、ティアは確かな一歩を進む。


 やがて屍の道はとある部屋に繋がっていた。


「ミリィ!」


 ティアは勢いよく扉を開いた。罠とか待ち伏せとか、そんなことを考えている余裕はない。部屋の中では丁度、傭兵隊と思われる男がフードを被った人物に斬り殺されていた。大広間と呼んで差し支えない広さの部屋には傭兵隊の死体が散乱している。天窓から差し込む月光がゆっくりと惨状を照らした。


 まずティアの視界に映り込んだのは、ペタリと座り込むミリィ。次に、倒れ伏す傭兵隊の死体。そしてミリィとティアの間に立つ一人の男。


「っ! お姉ちゃん!」

「そうか。毎晩屋敷の周りをうろちょろしていたのは君だったのか。どうりで仲間が誰も帰って来なかったわけだ」


 男が振り返りながらフードを外す。月明かりに照らされて、男の素顔が明らかとなる。


「……嘘」


 輝くような金髪。不思議な光を放つ翡翠(ひすい)の瞳。生気の薄い顔はまるで無害に感じられるのに、彼は血溜まりの中で立っていた。彼の顔からは何も読み取れない。怒りも、悲しみも、絶望も、全て真っ白な仮面に塗り隠されてしまう。


「運命はどこまでも残酷だ。何を選んでも悲劇に繋がるというならば、いっそ狂ってしまったほうが幸せだろう。そうは思わないかい?」


 ビザーレ・サーカス団団長、悲しみの狂人パルテッタ。彼は泣いたように笑っていた――。




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