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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第二章 人を学ぶ
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第六十六話 異変

 

 不死者(アンデッド)の異変に最初に気付いたのは防人達だ。


「おら!」


 中層部のとある路地にて、景気良く不死者(アンデッド)を倒す一人の防人がいた。特に名が知れているわけでもなければ、階級が高いわけでもない、ただの兵士だ。まだ年若い彼は“魔物に勝てる”という事実に高揚していた。悪く言えば調子に乗っていたのだ。仲間の防人を置き去りにして一人で先走ってしまう。


「おい! 待てよ!」

「安心しろ! 俺が全部倒してやるよ!」


 仲間の忠告なんて聞きやしない。距離が離れるなんてお構い無しだ。それどころか、手柄を独占することが出来て丁度良いと考えている。

 そんな彼の前に一体の不死者(アンデッド)がいた。路地裏でうずくまっており、まさに格好の獲物だ。青年は大きく剣を振りかぶった。


「楽勝!」


 そのまま勢いを乗せて剣を振り下ろす。彼は殺ったと思った。自分なら出来る、若き新星に追いつけると。称賛の未来を勝手に妄想しながら。


 どこかの猿がいれば「浅はかだナ」と笑われるだろう。魔物とは自然そのものであり、簡単には倒せない。倒せないから脅威なのだ。それが理解出来ぬ者は浅はかで傲慢、笑われたって仕方無い。


 ブワッと黒い瘴気が広がった。若き防人の何倍にも膨れ上がった瘴気の中には、まるで人の顔のような塊が蠢いている。青年は動けなかった。負の感情が形となって迫り来る光景に足がすくんだのだ。夜より暗い色をした瘴気は今にも彼を飲み込もうとした。


「あ……」


 人は突然窮地に立つと言葉を失うのだろう。視界全てが黒く染まる中、瘴気に蠢く顔と目があったような気がした。そもそもあれは顔なのだろうか。思考だけがぐるぐると回る。そして、逃げもせずそんなことを考えている自分が滑稽であった。


「なにボーッとしてるのよ」

「ウグッ!」


 急に後ろ首を捕まれて情けない声が出た。そのまま放り投げられた男は無様に路地を転がる。ハッと顔を上げれば一人の女性が剣を構えて立っていた。


 ユノベーラだ。


 目を覚ますような一閃、黒い瘴気は真っ二つに両断される。鬼気迫る顔の彼女に思わず青年は後ずさった。魔物の返り血を浴びた彼女はまさに鬼のようだったからだ。赤黒い血は月明かりに反射して妖艶に光った。


「血が出るってことは、こいつ復讐霊(レヴァナント)ね。厄介だわ」

「れ、復讐霊(レヴァナント)?」

「あら、知らない? 不死者(アンデッド)なんて比にならない、生身の肉体を持った魔物よ」


 瘴気が収縮して人の形に戻った。否、元の形とは少し違う。瘴気によって形成された剣を握っており、黒い剣は金属をも切れそうなほど鋭利であった。体には細い瘴気がまとわりついている。ゆらゆらと、もしくはぐるぐると体の周りを回る瘴気は刃のように鋭い。


 だらんと垂れ下がった腕が掴む真っ黒の剣。それが僅かに揺れた。


 ――来る。


 ユノベーラが剣を構えた次の瞬間、復讐霊(レヴァナント)は周りの瘴気を鋭い槍へと変えて突っ込んできた。


「ふん、当たらないわよ」


 螺旋状の槍を受け流しながら彼女は余裕そうに言う。返し刃で亡霊の首を狙うも、それは瘴気によって阻まれた。


 復讐霊(レヴァナント)の瘴気は実体を持つかのように硬かった。死した人間の恨みが強ければ強いほど、瘴気の力も強くなる。一体この魔物は、どれほどの恨みを抱きながら死んだのだろうか。


 黒い瘴気は幾重にも重なった刃となって襲いかかる。視界を多い尽くすほどの量の刃だ。一般的な魔物とは一線を画す力、尋常ではない。

 そして、それらを冷静に、的確に弾くユノベーラもまた尋常ではない。傍らで見守る青年には何が起きているのか分からなかった。分かるのはただ一つ、ユノベーラのおかげで自分は助かったということだ。


「すっげぇ……」

「おい! 大丈夫か!」


 呆けた顔をする彼の元へ仲間が駆け寄った。青年の無事を確認すると、安堵したように息を吐く。


「全く、心配したぜ」

「……すまん」

「無事ならいいさ。それよりこいつは……復讐霊(レヴァナント)か?」

「知っているのか?」

()()()()()だなんて言われてる魔物だ。あいつを見た者はたとえ生きて逃げられても、死ぬまで悪夢にうなされる。少なくとも俺達みたいなただの防人が相手になるやつじゃねぇよ」


 悪夢、という言葉を聞いてユノベーラの様子が変わった。


(悪夢……?)


 ずん、と彼女の剣が重くなる。


「一度こいつを見た者は、何百回と殺される夢を永遠と見続けるらしいぜ」

「ヒェッ……俺達もこれから先、悪夢にうなされるって言うのか?」

「そうならないために彼女が戦ってくれているんだ」


 背後の会話がユノベーラの心を揺さぶる。


 ただ死にかけた光景を見る夢が悪夢というのか。自分が何回も、何百回も殺され続ける夢を悪夢というのか。所詮はただの夢なのだ。起きたいと思える夢は、きっと幸せな人間が見る夢である。


(そんなものが悪夢……?)


 ずん、と彼女の剣が速くなる。


 復讐霊(レヴァナント)が生み出す瘴気の刃、その全てを叩き斬ってしまうほどの強く重い剣。彼女が剣を振るう度に空気が揺れた。復讐霊(レヴァナント)もユノベーラの変化に気付き、少し距離を取ろうとする。


「逃がさない、お前らは絶対に逃がさないわよ」


 食らいつくように攻めるユノベーラ。防人の青年は、ユノベーラの背後から悪鬼の如し覇気が昇るのを幻視した。互角の戦いなんて嘘だ。ユノベーラが優勢となり、戦況は少しずつ彼女の方へと傾いていく。


 復讐霊(レヴァナント)は瘴気を槍に変え、刃に変え、自らも剣を用いて戦う。だらんと垂れ下がる前傾姿勢もどこか余裕がないように思えた。


「はぁ!」


 まずは一本。ユノベーラが復讐霊(レヴァナント)の左腕を斬り飛ばした。左腕を失った亡霊は一瞬バランスを崩すも、瞬時に体勢を立て直す。


 再び剣を構えて向かい合う二人。復讐霊(レヴァナント)は剣を前に構えていた。前傾姿勢のまま、しかし隙の無い構え。片腕の亡霊は劣勢の状況でなお勝とうとしている。


 どこまでも足掻く亡霊の姿は、まるで死にたくないと叫んでいるようだった。まだ死ねないと、死ぬわけにはいかないと足掻いていた。それを見つめるユノベーラの瞳は対極のように冷たい。


「来るなら来なさいよ。全部叩き斬ってやるわ」


 ユノベーラの言葉に呼応するように、復讐霊(レヴァナント)は全ての瘴気を剣に凝縮させた。瘴気が渦巻く剣を構え、亡霊は地を駆ける。


「ふん!」


 一瞬の鍔迫(つばぜ)り合い、ユノベーラの鬼気迫る気迫に押し負けた復讐霊(レヴァナント)が剣を弾かれた。ユノベーラはその隙を当然逃さない。返す刃で一閃、天高く飛んだ剣を追いかけるように亡霊の右腕が空を舞った。


「やった!」


 防人の青年は思わずガッツポーズをする。誰もが確信するユノベーラの勝利。しかし、復讐霊(レヴァナント)の体は倒れなかった。両腕を失った亡霊、なおもその瞳は光を放つ。


 まだ、終われない――


 復讐霊(レヴァナント)はユノベーラに噛みつこうと、自らの口を限界まで開いた。頬の肉が裂けるほどに開かれた口にはボロボロの歯が並んでいる。


「しつこいわよ」


 そんな捨て身が彼女に通用するわけがない。ユノベーラの回し蹴りが亡霊の体をとらえ、路地の壁へと弾き飛ばした。脆くなった壁はガラガラと音を立てながら崩れる。瓦礫の山に乗る腕なしの亡霊。ユノベーラはその体にまたがると、逆手に持った剣を振り落とした。


――ドスッ。


 彼女は復讐霊(レヴァナント)の頭に剣を突き立てた。両手で力強く、二度と起き上がらないように。今度こそ動かなくなったのを確認し、彼女は立ち上がる。


「悪夢ってのは自分が何百回も殺される夢なんかじゃないわ。愛した人と笑い合う夢からハッと目を覚まして、冷たい天井を見上げることを言うのよ」


 動かなくなった亡霊の頭に片足を乗せ、自らの剣を突き立てたまま彼女は言い放った。真っ赤に充血した瞳はまるで魔物のようだ。赤い瞳で彼女は夜空を見上げる。


「全部……不死者(アンデッド)復讐霊(レヴァナント)も、全部私が……」


 空に浮かぶは細い三日月。彼女は笑っていた。三日月のように細く、三日月のように孤独に。




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