第五十七話 怪物と化け物は相対する
ダンスを終えた二人に声をかける人物がいた。
「素晴らしいダンスだった。流石は俺の友人だ」
トーカスの主・カルブラット。街を治める怪物が称賛の拍手を叩いた。後ろにはミリィが連れられている。父親との予定とはこのことだったようだ。白銀のドレスがよく似合っており、幼さは全く感じられなかった。目が合うと、フリフリと手を振ってくれた。
「彼女が上手かっただけさ。僕は手を添えていたに過ぎないよ」
「ジルベール様は上手いことを言うね。天才は話す言葉も素敵みたいだ」
「謙遜するな、君も上手かった。確か以前うちの屋敷に来ていた子だな?」
「その節はありがとうございました。天下のファルメール卿にそう言って頂けると光栄です」
ティアはスカートの端を摘まみ、軽く頭を下げた。どうだ、淑女だろう。
「そんなに畏まらなくていい。今夜は無礼講らしいからな」
「アハハッ! 招待してくれた防人がそう言うんだがら、僕たちも従わないとね」
ジルベールがちらりとクォーツの方を向いて笑った。クォーツは完全に酔い潰れたらしく、会場の隅でピルエットに介抱をしてもらっている。
ティア達の様子に気が付き、ララが戻ってきた。空気を読んで肩には乗らない。足元でちょこんと座る彼は、黙っていたら愛嬌があるように見える。
「それが例の猿か」
「あ、カルブラットにだけは森の花について話しているよ。彼には話しておかないといけないから」
勝手に話したのを申し訳なく思ったのか、ジルベールは少し伏し目がちに言った。確かに気持ちの良いものではないが、彼の立場上仕方無いのかもしれない。
「ララって言います。ただの食いしん坊な猿ですよ」
「確かに食いしん坊なようだ。美味い物を食わしてやるから俺の元へ来ないか?」
「ふふ、ご冗談を。ファルメール家の食べ物を食い尽くしてしまいますよ」
「俺は本気だ。知恵のある魔物とは非常に興味深い」
ララは不満そうな顔をしていた。多分あれは、お前達のペットじゃないゾと言っている顔だ。
「まぁ良い。急ぐこともないしな」
「僕たちは少し向こうで話しているから、君たちも楽にしていてよ」
そう言うと、ジルベールとカルブラットは何処かへ歩いていった。ダンスはまだ続いており、いくつもの男女が会場で踊っている。残された二人はダンスを見ながら話をした。
「お姉ちゃん、いつもと雰囲気が違うね」
「今日はお嬢様モードだよ。貴族みたいでしょ?」
「凄く似合ってる。私もお姉ちゃんみたいなドレスにしたら良かったなぁ」
「ミリィも凄く似合っているよ。私には私の、ミリィにはミリィの良さがあるんだから気にしないの」
そう言ってミリィの髪を撫でてあげると、彼女は嬉しそうな顔をした。
「お姉ちゃんの着ているドレス、初めて見た。屋敷にあるドレスとは全く違うね」
「シェルミーっていう私の友人が作ってくれたんだ。ミリィにも今度紹介してあげる」
「ふーん……お姉ちゃんにまた友達……意外と多い……」
何やら失礼な言葉が聞こえたが、ティアは聞こえないふりをした。
「私もお祭りを楽しみたかったのになぁ」
「ファルメール家のような大貴族は大変だね」
「一日中、お父様の隣に付きっきりだよ? 本当は外の屋台に行きたかったし、ダンスも踊りたかったのに、ずっと離してくれないんだもん」
ぷくーっと頬を膨らませるミリィ。流石に疲れているようで普段のような明るさは無かった。
「お疲れ様、頑張ったね。また来年は一緒に回ろうよ」
「うん!」
ティアとミリィは約束した。忘れないように指切りをする。来年のウィーン祭では今年以上に楽しむのだ。これは未来を楽しむためのおまじない。先の事なんて分からないけれど、少女達の顔は溢れんばかりの笑顔であった。
二人の指が離れるのと、会場に悲鳴が響いたのは同時だった。場所は中庭、悲鳴の主はユノベーラ。血相を変えた彼女が会場に走り込んで来たことにより、会場のダンスは中断となる。
○
離れた所からティアとミリィを見つめる影が三つ。一つはジルベール。一つはカルブラット。そしてもう一つは――。
「あの子が噂の花屋さんか。美しい娘じゃないか」
防人長ゼクトーア・ゼンヴルト。長い髪を後ろで束ね、柔和な顔をしている。
「ああ見えて強かだよ。僕が探りを入れてもスルスルと躱してしまうんだ」
「お前はいつも回りくどい。なに、俺がやってやろう」
「カルブラットこそ無理だね。力に屈服するタイプじゃないよ」
トーカスに住む人間ならば知らぬ者は居ないこの三人。昔からの付き合いであった。互いに気の知れた仲、酒が入れば舌も回る。
「ゼクトーア、最近の防人はどうだい?」
「若い層に勢いがある。危なっかしい部分もあるがな。三隊長もまだまだ現役、防人の未来は明るいさ」
「そうだな。俺も昼の試合を見ていたが、若い連中も中々やりおる。特にあの小僧がいる班は伸びるぞ」
「クォーツ君の班か。うちの屋敷の護衛を頼んだときも良い働きをしてくれたよ」
ジルベールは若手で特に勢いのある班を思い浮かべた。
「そう言えばカルブラットの甥が一緒なんだっけ?」
「少し残念な所もあるがな。出来た甥だ」
「イージアか。あれは確かに出来る男だ。怪物の素質がある」
「それは誉めているのか?」
葡萄酒を片手に彼らは語り合う。天才と怪物と武人、彼らはそこにいるだけで輝きを放った。それぞれ異なる道を極めた者、その引力は見るものを惹き付ける。それが長、それが王。
会場の誰もが遠巻きに怪物達を様子見する。彼らの語らいに割り込む者は相応の勇気がいるだろう。怪物の雰囲気にのまれない胆力、並ぶだけの位、もしくは才がもたらす迫。そのどれかが無ければ隣に立つことは出来ない。
そんな中、ジルベールに声を掛ける女性がいた。サラサラとした金髪が揺れる。一体誰が、と会場の者は目を向け、そして女性の正体に納得をする。
「ジル、ここにいたのね。探したのに見つからないから苦労したわよ」
「フィズ、来ていたのかい」
「そりゃあ来るわよ。私が来ないと魔法省の顔が立たないでしょ」
フィズ・コーペンハット。ジルベールに並ぶと謳われる魔法省の才女だ。ジルベールと同じ西方の出身であり、ジルベールの過去を知る唯一の女性だといわれている。
「コーペンハット嬢。魔法省が誇る才女とお会い出来て光栄だ」
「ご機嫌うるわしゅう、ゼクトーア様。お話中にごめんなさいね」
「構わないさ。そいつの後始末でもさせられているんだろう?」
「その通り。ほら、早く行くわよ。ジルが残した仕事のせいで大変なんだから」
「んー、僕はもう少しパーティーを楽しみたいんだけどなぁ。それに仕事といっても雑事でしょ? 僕はそんなのに興味無いよ」
「興味無くてもやるのよ。あなたがやればすぐ終わるんだから、ほら」
天才は引きずられながら去っていった。旧友が苦笑しながら見送る。
ユノベーラの悲鳴が聞こえたのは二人が去ってからだった。




