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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第二章 人を学ぶ
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第五十三話 祭りと屍

 

 カボチャ頭は颯爽とステージを降り、誰も居ない裏手へと向かった。鳴り止まない拍手が聞こえてくる。ぐぐっと背伸びをし、周囲に人が居ないのを確認すると被り物を脱いだ。ふわりと白藍混じりの髪がこぼれる。


「あー、楽しかった」

「接戦だったナ。見ていてひやひやしたゾ」


 何もない空間からララが現れる。くるりと回りながら彼女の肩に乗った。


「強かったね、ピルエット。私の方が強かったけど」

「ゴーレムと人間を同じにしちゃいけないゼ。最後なんて、もし人間だったら避けられなかったゾ」

「あはは、そうかもね。私もヒヤッとした」


 ティアはヒビが入った右腕を見た。ピルエットの嵐のような暴力に耐えきれなかったのだ。ポロポロとこぼれる虚構の皮、その奥には懐かしき土色の肌が見えていた。それをティアは哀しそうな目で見つめる。


「そもそも、なんで大会に出たんダ? ただの好奇心カ?」


 ララは当然の疑問を口にした。敢えて危険な橋を渡る必要は無かったはずだ。現にピルエットは強かった。いつカボチャの被り物が外され、正体がバレてもおかしくなかったのだ。


「好奇心はもちろんあったんだけど、防人の実力を確かめたくて」

「実力?」

「うん。ピルエットは普通の人間よりも明らかに強いし、防人にはあんなのがゴロゴロいるんでしょ。だから、私の力がどこまで通用するのかなって思ったの」

「敵の実力を知るためカ」

「そそ。何が起きるか分からないからね。ピルエット以外にも仲が良い人いるし、出来る限り防人とはぶつかりたくないけど、無知が一番怖いからさ」


 幸か不幸か、仲良くしてくれる防人の存在はティアにとって大きい。それは防人の情報が入るという意味でもあるし、交遊関係としてでもあるし、はたまた店の客としてでもある。


「でも……いつか、ぶつかる時が来るかもしれないね」


 ティアは何となくそんな予感がした。もちろんそうならないのが一番であり、そうならないように行動している。しかし未来は分からない。どれだけ気を付けても避けられないものがあり、その時に必要なのはきっと覚悟だ。


「そうならないと良いナ」

「そうだねぇ」


 漠然とした不安は拭えない。じわじわと迫る未来は明るいか、それとも――。


 そんな想像をしていると、ステージの方が騒がしいことに気が付いた。歓声ではなく、怒号。明らかに何か問題が起きた様子だ。時折叫び声が聞こえてくる為、ただ事ではないかもしれない。


「何か起こったみたいダ」

「そうみたい。さて相棒、どうしよっか。ステージの様子を見物しにいくか、それともさっさと逃げちゃうか」

「見に行く、と言いたいが……お前は逃げた方が良いんじゃないカ? 防人の実力は測れたし、この後の試合に出るつもりは無いんダロ?」

「そうなんだよねー。騒ぎに乗じて逃げたい。でも騒ぎは気になる。困ったなぁ」


 そう言う彼女の顔は「気になって仕方無い」という様子だ。相棒はため息をついた。


「やめとけ。逃げるゾ」

「あれ、乗ってくると思ったのに。面白そうダとか言ってさ」


 ティアは拍子抜けしたような顔をした。いつものララらしくない反応に少し戸惑う。彼は、剥がれ落ちたティアの右腕を見つめながら言う。


「最近のお前は危なっかしい。この前のパン野郎だってそうだし、この大会だってそうダ。楽しむのはいいがほどほどにナ」

「……ララに説教された」

「キキッ、俺だって色々考えているんダ。それに、騒ぎなんてすぐに防人が片付けてしまう。俺達はもっと楽しそうな場所へ行こうゼ」

「はーい。じゃあ、露店でも見て回ろっか。パーティーはどうせ夜なんだし」


 二人は会場に背を向け、少し名残惜しそうに去った。ウィーン祭に現れた謎のカボチャ頭。後に語り継がれることになるのは、また別のお話である。


 ○


 時は少し遡り、ピルエットの試合後。カボチャ頭に負けたピルエットが観客席で愚痴をこぼしていた。あと少しだったのだ。「最後の突きが外れるわけがない」と悔しそうな顔をしていた。隣ではクォーツが宥めている。


「元気出せよ。良い試合だったぜ?」

「それでも悔しいんですー。あの試合に勝っていたら隊長と戦えたかもしれないんですよ?」

「隊長と戦いたいって……そんなこと言うのはお前ぐらいだろうな」


 ステージには彼らの隊長が試合を行っていた。試合と言っても一方的だ。隊長格ともなれば、一般の参加者など相手にならない。


 防人隊長マルカス。クォーツ達の直属の上官にあたる人物であり、鍛え抜かれた巨躯の体を持つ者である。純粋な力のみで叩き潰す姿に怯えぬ者はいない。今もあわれな対戦相手はかの暴力によって宙を舞っていた。


「む?」


 異変が起きたのは、彼らの試合が終わった時だった。入場口からふらついた足取りの男が入ってきた。前屈みで顔は見えず、腕はだらんと垂らしている。マルカス隊長はすぐに相手の正体に気付き、警戒するように目を細めた。


 ――あれは不死者(アンデッド)だ。


 半透明の体を持ち、腹に響くような唸り声を上げている。死んでも死にきれない哀れな亡者だ。隊長に向かって真っ直ぐ歩いてくる様子は、どこか悲壮感を感じさせた。亡者が現れたことによって観客席から悲鳴が上がる。


「祭りの音頭に誘われて、哀れな屍が顔を出したか」


 マルカスは一閃で斬り捨てた。観客が安心したのも束の間。


 ボコ、ボコボコ。

 地面を突き破る亡者達の手、その数は無数。流石のマルカスも焦りが見えた。会場内のあちこちから不死者(アンデッド)が現れ、その数をどんどん増やしていく。


「街中にこれほど大量の亡者が……これは一体、何が起きている……?」


 戦えない観客は我先にと逃げ出し、違う意味でお祭り騒ぎになっていた。呑気に応援していた防人達も剣を抜き、突如現れた不死者(アンデッド)の群れに応対する。


「なんか面白いことになってますねー」

「そんなこと言ってないで、さっさと行くぞ!」


 ピルエットも当然戦いに身を投じる。ピルエットにとっては物足りない相手だが、緊急事態のため仕方無い。続々と現れる亡者が防人を襲う。



 結果的にいえば、隊長格と一部の強者達によって不死者(アンデッド)はみるみる数を減らした。いくら数が多いと言えども、防人の手に掛かればすぐだ。幸い被害も殆ど出なかったが大会は中止となってしまった。流石にこれ以上続行は出来なかったのだ。


 大会を楽しみにしていた防人は残念そうな様子だ。しかし、気持ちを切り替えて祭りを楽しむ。波乱万丈もまた一興、ウィーン祭はこれからだ。




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