第三十九話 静かな夜
「あー、疲れた」
「賑やかな場所だったナ」
話し合いが終わって本部を後にする二人。隊長と呼ばれる男は筋肉隆々の大男だった。名をマルカスというらしく体格もさながら声も大きい。ララが思わず驚いたほどだ。
結果、隊長は花をたくさん注文してくれた。おかげでティアの懐はほくほくである。即断即決、恐らく彼は仕事が出来る男なのだろう。ついでにパーティーにも招待してくれた。勿論ティアは行くつもりだ。だって楽しそうだから。
「ララもパーティーに行くよね?」
「当然ダ。お前だけ抜け駆けは許さないゾ」
「ちゃんと連れていくから大丈夫だよ」
今後の楽しみがまた増えた。初めての祭り、初めてのパーティー。これだから街暮らしをやめられない。どん、どん、と震えているのはティアの核か、それともトーカスの地か。街全体がお祭りムードに包まれる。
「それじゃあ行こっか」
「そうだナ。丁度良い時間ダ」
二人は、とある場所へ向かった。
◯
見えてきたのは中層部に建てられた巨大テント。ビザーレ劇団である。実はパルテッタに招待されたのだ。既にショーは始まっているようで、熱狂した歓声が外まで聞こえてくる。
「ちょっと遅れちゃったみたい。入ろっか」
「あぁ、久しぶりダナ」
中に入った途端、熱風が髪を撫でた。観客の熱気は十分に高まっており、人々の視線がギラギラと輝いている。彼らはまるで麻薬に溺れたように胡乱な瞳で歓声を上げた。
「わーお、すごい熱気だ」
「相変わらずの大盛況だ。ほら、パルテッタが出てくるゾ」
パルテッタが出演すると聞いて駆けつけたが、どうやら間に合ったようだ。金髪をオールバックにした道化が舞台上を歩く。背筋を伸ばして威風堂々と、自分こそが劇団長だと言わんばかりな様子だ。黒い衣装を着たパルテッタは軽く一礼をした。
「パルテッタの演技って珍しいの?」
「いつも進行役として舞台の片袖に立っている男だからな、俺は一度も見たことがない。たまに人形劇をしていたくらいダ」
「人形劇? 道化なのに?」
「中々面白かったゾ。人形の出来も良かった」
「へぇー、意外だね」
彼は一体どんな演技をするのだろうか。想像もつかないし、それが楽しい。分からないからこそ胸が高まるのである。彼が招待するということは、よほど見せたいものがあるに違いない。
やがて緩やかに音楽が流れ始め、曲に合わせて彼は踊り始めた。滑らかな曲線を描きながら道化は優雅に舞う。世にも奇妙な道化のダンスをとくとご覧あれ。
「彼、踊れたんだ」
「俺も知らなかった」
観客は静かに見惚れた。彼の優雅な舞いが観客を魅力していく。彼の長い手足は踊りに良く映えた。時には鞭のようにしならせ、時には指先まで真っ直ぐ伸ばし、体全体が躍動する。
「上手いね」
「上手いのカ? 俺には分からんゾ」
「ごめん、やっぱ分かんないや」
「キキッ! 適当ダナ」
上手いのは確かだ。しかし、何故かティアには手を抜いているようにも見えた。まるで誰かに頼まれて仕方なく踊っているような雰囲気。街で鍛えたティアの観察眼は騙されない。あの耽美な笑みすらも道化の演技に見える。
そうして曲の合間の小休止。舞台袖から一人の女性が現れた。非対称な髪を綺麗に結い上げ、いつも見慣れたパンツスタイルとは異なる衣装を着ている。
「シェルミー!?」
ティアは思わず声を上げた。幸いここは一番奥。周りに人はいない。
彼女が着ているのは白のドレスだ。ひらひらとしたレースは女性らしい印象を与え、絹のような素材が光球に照らされて輝く。普段はあまりしない化粧も軽く施しており、まるで別人のようである。
今宵、仕立て屋は乙女となる。
シェルミーは舞う。誰も彼女のことを奇抜な服屋だと揶揄される人間とは思わないだろう。自ら造り上げたドレスは、黒を纏うパルテッタと対になっていた。彼女は満面の笑みで幸せを刻む。
「すごいすごい! シェルミー格好いいじゃん!」
「キキッ! あいつ、あんなに踊れたのカ!」
友人の晴れ舞台、興奮は治まらない。曲はいつの間にか激しくなり、それに合わせて彼女は情熱的に踊る。息のあった演技は流石の二人と言えよう。いつもは冷静なシェルミーが花のように笑い、穏やかなパルテッタも優しげに微笑む。
クライマックスは高速ステップだ。道化と乙女は、一夜限りの夢を踊った。
◯
舞台後、ティアとシェルミーはたくさん話した。夜深く、月が星空に馴染む下で、二人は互いの思いを語り合う。劇が終わった後のビザーレは静まり返っており、まるで生きている者が誰もいないかのようだ。
良かったよ、と言うと珍しく照れるシェルミー。彼女いわく、パルテッタが一度だけ踊る約束をしてくれたとか。嬉しそうに話す彼女は見たことがない顔をしていた。
テントの中には色とりどりの小さな花が飾られている。彼女の店の名前でもある、ガーベンという花らしい。花言葉は究極の愛。残念ながらティアの花では無かったが、無数の花弁からは乙女の香りがした。
花の隣には人形も飾られている。恐らくパルテッタが作ったのだろう。ララが上手いと言っていたが、確かに店で売られているものと遜色ない出来栄えだ。
「パルテッタとは長い付き合いだけど、踊ってくれたのは初めてなんだ」
彼女はビザーレの過去を話してくれる。ビザーレがまだ小さかった頃の、山あり谷ありだった話。パルテッタは小さかった劇団をずっと支えてきたらしい。今の栄光を得るまできっと何年もかかったのだろう。
何故ララが抜けるのに反対したのかと聞くと、パルテッタが独りになるからという。彼は親しい友人が居らず、そもそも人との関わりが少ないらしい。人が嫌いなんだとか。珍しい人間もいるものだ。
「そう言えば、ここっていつも静かだね」
「ショーが終わると皆寝てしまう。起きているのは私達だけだよ」
友人と過ごす二人だけの夜。初めて、友人と夜を語り明かした。疲れているだろうに、互いに帰るという言葉は出てこない。
トーカスの夜は全てを包み隠してしまう。彼女の姿も、聞こえるはずの鼓動も、息づかいさえも……何もかもだ。人は誰しも秘密を抱き、知ってほしいと知られたくないの狭間を迷いながら夜を明かす。化け物も、化け物ではない者も。
この日の夜はとても静かだった。




