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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第二章 人を学ぶ
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第三十八話 いざ、防人本部へ

 

 今日も店を開けば客が入り、変な男はパンをくれる。若干肌寒くなり始めた季節だというのに表街道の熱気は凄い。特に食べ物を売っている出店からは怒鳴り声のような声が上がっている。彼らに比べれば花屋というのは比較的静かだ。ティアの隣では満腹になったララが昼寝をしている。


「はい、まいどー」


 ありがたいことに、花はよく売れる。最近は花の種類も増えて店先が色鮮やかになった。知名度も上がってまさに順風満帆。小さな積み重ねがようやく芽吹き始めている。


「お、繁盛してるじゃん」

「クォーツさん、お久しぶりです」


 現れたのは珍しく一人のクォーツだ。黄土色の短髪が風に揺れた。風の噂では班長に昇進したそうだが、言われてみれば少し大人びたような気がする。


「今日は一人なんですね」

「皆忙しくてなぁ。あ、いや、俺だって忙しいんだけどさ」


 取って付けたように彼は言った。もしかしたらサボりだろうか。慌てている様子に少し笑った。


「そういえば先日……と言っても何ヶ月も前ですが、リーベさんとお会いしましたよ。綺麗な方ですね」

「おお、流石ティアさん! 分かってるなぁ」

「店も紹介して下さったそうで、ありがとうございます」

「こっちこそ、ティアさんの花のおかげで喜んで貰えたんだから感謝してるぜ」


 本当にリーベのことが好きなのだろう。彼女について話す彼の顔は華やいでいた。軽い口調のため誤解されがちだが、クォーツは誠実な男である。ティアの花を買ってくれる人は皆良い人だ。彼の想いがいつかリーベにも伝わることを祈った。


「あ、そうだ。もうすぐウィーン祭じゃん? そのときに、うちの本部でもパーティーを開くんだけどさ。そのための花を注文したいんだ」

「ウィーン祭……確かトーカスの生誕祭でしたっけ?」

「そそ。下層部から中層部にかけての大きな祭りだぜ」

「へぇ~、いいですね。花はどれくらい必要ですか?」

「どれくらいだろう、出来る限りたくさん……?」


 なんとも曖昧な答えだ。彼自身も詳しく把握していないようである。班長がそれでいいのかと心配になったが、クォーツらしいと思えば納得した。


「よし、あれだ。ティアさんを一度本部へ招待しよう」

「連行する、の間違いでしょうか?」

「あはは、違うよ。見てもらった方が早い気がするんだ」


 ティアは空を見上げた。太陽が頭上を通るまでもう少し時間がある。昼まではお店、というのが最近の日課だ。今から閉めるのは少々早い。


「昼からなら空いてますので、もう少し待って貰えますか?」

「おっけー。急に頼んで悪いな」


 彼は申し訳なさそうに謝った。元々用事は無かったので構わないし、防人(さきもり)の本部には興味がある。敵情視察には丁度良い。むしろ敵地に潜伏する謎の間者みたいでわくわくした。



 クォーツが去ったのを確認すると、ララがパチッと目を開けた。いつの間にか起きていたようだ。


「防人といえば俺達の敵ダロ。大丈夫なのカ?」

「安心してよ。私、防人の友達多いもん」

「……大丈夫なのカ?」


 ララの不安は積もるばかり。心配性な猿だ。


「そんな心配しなくても、ただ顔を出すだけだから大丈夫だよ。そんなことより、防人本部でパーティーだってさ。面白そうじゃない?」

「人間の集まりに興味ないサ。美味いものが食えるなら別だがナ」

「食いしん坊め。まぁでも、パーティーっていうんだから美味しい食べ物も用意されるんじゃない?」

「それなら行くゼ!!」

「あっはは、やっぱり食いしん坊だ」


 ティアは楽しそうに笑った。祭りだとかパーティーだとかよく分からないけれど、クォーツの嬉しそうな雰囲気は伝わった。街も普段より活気づいているし、何かが始まりそうな期待が胸を膨らませる。


「ウィーン祭があるし、明日ぐらいにはジルベール様の所へも行かなくちゃいけない。店だって休んでばかりいられないし。大忙しだよ」

「キキッ、せいぜいバレないように頑張ってくれ。厄介事はどこぞの天才様だけで十分だからナ」


 呑気な会話をしていると客がやってきた。世間話はここまでだ。金を稼ぐぞ、とティアは意気込んだ。


 ◯


 午後、防人本部へ訪れた二人。

 木造で飾り気の無い建物には、防人達が忙しそうに出入りしていた。中は広々としており、備え付けられたソファーでは数名の兵士が談笑している。出迎えてくれたのは当然クォーツだ。あれからずっと待っていたのだろうか。防人は案外暇なのかもしれない。


「あれ? ティアさんじゃないですか」


 ティアに気付いた防人の一人、ピルエットが声をかけてきた。どうやら他の仲間と話していたようだ。見知らぬ防人が、チラチラと様子を伺ってくる。


「おい、あれって……」

「あれが噂の……」


 ひそひそ声が聞こえてくる。仮面姿のティアが現れて、防人本部は密かに湧いた。今話題の花屋を一目見ようと、少しずつ人が集まってくる。彼らはティアの格好に驚き、続いて肩に乗った猿に好奇の目を向ける。そして、仲良さそうに話すピルエット達を羨ましがるのだ。


「なんか視線を感じる……」

「みんな興味津々なんですよー。人気者じゃないですか」

「私が防人に人気とは……中々面白いですね。皮肉が効いてて上手いです」

「そうですかね? ティアさんはジルベール様のお気に入りですし、気になるのは仕方ないですよ」


 特に気にする様子もなく、ティアは彼らの視線を受け流した。好奇な目を向けられるのは慣れている。それに彼らの視線は不快に感じるようなものではない。


「キキッ!」

「お、ララさんも同意してるみたいですよ」

「こいつは面白がってるだけなんで気にしないで下さい」

「キッキッキッ」


 猿は甲高い声をあげる。魔物が防人に好かれてどうするんだ、とララの瞳が言っていた。分かってるさ、うるさいな。ティアは軽く睨み返した。ちなみにそんな目を向けるララだが、ピルエットに頭を撫でられて気持ちよさそうな表情を浮かべている。防人に好かれているのはどっちだろうか。


 そんなティア達に声をかける者がいた。


「よっ、俺も混ぜてくれよ」

「うわ、イージアじゃん」


 クォーツが露骨に嫌そうな顔をした。イージアと呼ばれた青年はクォーツと同じぐらいの年齢と思われ、長い髪を後ろで束ねている。まるで女性みたいに綺麗な顔だなと観察していると、彼はティアの姿を見るなり柔らかい笑顔を浮かべる。


「ちゃんと話すのは初めてだな。俺はイージア、よろしくね花屋ちゃん」

「おい、それ以上寄るな。お前がいると防人の風格を誤解される」

「ひどいなぁ。何か言ってくれよ、ピルエット」

「嫌ですー。尻軽男は引っ込んでて下さい」

「うわ酷い言われようだぜ。慰めてくれよ花屋ちゃん〜」


 何だかんだで仲良さそうな様子だ。イージアはまるで会ったことがあるような言い方をしたが、もしかして店に来たことがあるのだろうか。ティアは記憶を探ってみると、そういえばいつも違う女性と店に来る男性がいた気がする。


「……あっ、もしかして女性にいつも叩かれている人ですか?」

「あっ、そうそう。その覚えられ方はちょっと微妙だけど、よく花屋ちゃんの店には行ってるよ」

「お前……ティアさん、こいつから離れてください。悪影響しかないですよ」

「先輩の言う通りです。イージアさんの言うことは全部無視して――」

「ちょっと、イージア! 置いてかないでよ!」

「うぉ!? ごめんごめん、そう怒るなよユノベーラ」


 また人が増えた。ピルエットの言葉を割って入るように現れたのは派手な女性だ。いかにも気の強そうな顔でイージアに文句を言う。この調子だともっと増えそうだ。ティアはさっさと用件を済ますべき、と判断した。


「クォーツさん、行きましょうか」

「そうだな。あいつらは放っておこうぜ」


 呆れてたようなクォーツに案内されて、ティアは本部の奥へと案内される。


 ◯


「さぁ、着いたぞ」


 彼が案内した部屋はとても広かった。まさにパーティー会場に相応しい。既に準備が始まっているようで、美しい装飾の下にたくさんのテーブルが並べられている。


「イージア、今日の約束覚えていているわよね?」

「ん? 何かあったっけ?」

「もう! 一緒に食事に行く約束でしょ!」

「痛て! 痛てて! ごめんごめん、そう怒るなって」


 後ろが(やかま)しい。何故この二人は付いて来たのだろうか。やんややんやと騒ぐ彼らはきっと暇なのだろう。ティアは後ろを無視して話を続けた。


「ここが会場になるんだが……しまったな、花を使うのか俺には分からないんだ。イージアは知っているか?」

「俺だって分からないぞー」

「隊長を呼んで来ましょうか? さっき見かけましたよ」

「あぁ、悪いなピルエット。呼んできてくれ」

「はーい」


 ピルエットが呼びに行った。しばらくはここで待機だ。ティアはぐるりと会場を見渡した。今はまだ地味であるが、きっと当日は華やかなパーティーになるのだろう。そして、そこにはティアの花が沢山飾られるのだ。

 ティアは想像した。自分の花がパーティー会場を彩る様を。燐螢花(りんけいか)が光を放ち、落楼草(らくろうそう)が甘い空気で包む。会場に訪れた人々は、それらの花を見て尋ねるのだ。あの素敵な花は何ですか、と。


「……いいね」

「キキッ!」


 ポツリと溢した言葉を相棒は聞き逃さない。流石はララ、大きな耳は飾りじゃないのだ。会場で自らの花が褒められる光景を想像したティアは、仮面の下で密かに微笑んだ。


「そう言えば、また妙な噂が出ているんだってな」

「噂? この街は毎日が噂で持ちっきりですよ」

「噂、というか事件というか。以前、赤目の化物がいるって話題になっただろ?」

「あれかー。結局本当か嘘か分からなかったな」

「それそれ。どうやら、また現れたらしいぜ」


 ティアとララは目を合わせた。「あなたの仕業?」と目で問えば、ララは首を振る。赤い瞳は魔に属する者の証拠だ。つまり街中に魔物が現れたということになる。自分たちの他にも物好きな同族がいるのだろうか。


「ティアさんも気を付けなよ。最近は神隠しだってよく起きてるし、いつ化け物が出たっておかしくないからな」

「まぁトーカスだからなー。この街なら何でもありっしょ」

「イージア、お前はもっと別のことに気を付けるべきだぞ」

「アッハハ、分かってるって」


 クォーツは胡散臭げな目を向けた。ユノベーラも頬を膨らませている。賑やかな連中だ。


 そうこうしているうちに、ピルエットが帰ってきた。彼女は大きな体格の男を連れている。おそらく話にあった隊長だろう。交渉を頑張るぞ、とティアは気合を入れた。




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