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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第一章 人を知る
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第三十四話 ジルベール邸での攻防④

 

「ユースティア……?? いや、そんな筈は……」


 ジルベールが動揺するのは無理もない。彼女の姿は亡きユースティアと瓜二つである。同一人物だといっても過言ではないほどだ。あの日、ユースティアは死んだ。自らの命令で殺したはずの彼女がここにいる訳がない。


 ふわりと一陣の風が舞った。


 ジルベールは剣を抜いたのだ。鞘から抜き放たれるや否や、次の瞬間にはティアの首筋に刃をあてがう。誰かが言った。人は冷静さを失ったとき、力で解決しようとする、と。ジルベールは冷静さを失っていた。いや、冷静だからこそ、あり得ない状況に混乱していた。


 至近距離で二人は見つめ合う。ジルベールの瞳は揺れ動いた。瞳だけではない。首に当てられた刃もカタカタと震えている。近くで見る彼女はまさにユースティアだ。長い睫毛(まつげ)も華奢な首筋も、間違いなく彼女のものだった。


「あなたはそうやって、また私を傷付けるの?」

「ふざけるな。君はユースティアじゃない。彼女は死んだはずだ」

「死体を確認したわけじゃないでしょ?」

「僕には優秀な部下がいてね。首を跳ねたと報告を受けたさ」

「あー、あのリーダーの男ね。パニックになっていたみたいだし、間違って報告しちゃったんでしょ。本人に確認してみたら?」

「もう居ないさ。だから君の文言を証明することは出来ない」

「口封じ? ジルベール様怖いね」


 ジルベールが少しでも力を入れれば首が飛ぶ。そんな状況下でも、彼女は余裕のある態度で話した。微笑を浮かべるティアはとても刃をあてられているとは思えない。


(この余裕は何だ?)


 彼女の瞳に恐れはない。それがジルベールにとって恐ろしい。刃を突き付けられて動じないのは狂っているか、もしくは化け物だろう。化け物、そうだ化け物だ。彼女は花屋の皮を被った何かだ。


「答えてくれ。一体これはどういうことだい?」

「分かっているでしょ? 私はユースティアだよ」

「ユースティアの髪は黒い。瞳もだ。けれど、君は違うじゃないか」

「気分転換をしたんだ。似合っている?」

「似合っているよ。似合いすぎてまるで別人だ」


 互いに引かない。もはや意地である。


(らち)が空かないゼ。そいつは頑固だからナ」

「うるさいよ。見てないで助けたらどう?」

「キキッ、そんなの必要ないくせに」

「ララと言ったかな。いよいよ君の体も本気で解剖したくなったよ」

「それは勘弁ダ。森にでも行って捕まえて来な」

「ほう、森かい?」


 あっとララが声を漏らした。ティアが咄嗟に睨むが時すでに遅し。口の軽い猿め。


「もう、バカ」

「やはり君たちは森について知っているんだね?」

「さぁ、どうだろうね」

「その言い逃れは苦しいゾ、ティア」

「あなたのせいでしょ」


 彼女はため息を吐いた。緊迫した状況のはずなのに、彼女達の会話にはまるで緊張感が無い。ジルベールの優位性を嘲笑うように、ティアとララは自分たちのペースで話していた。


「仕方無い。ジルベール様、取引しようよ」

「この状況でかい?」

「嫌ならいいよ。私も話さないもん」

「……」


 ジルベールは逡巡した。天才の頭脳が目まぐるしい勢いで回転し、どう答えるべきかの最適解を探す。


「内容を聞こうか」

「私は幽玄草について話す。代わりに、ジルベール様は私を殺そうとした理由を話す。どう?」

「ほう……君の正体については無しかい?」

「だからユースティアだってば」

「……一旦、そういうことにしておこうか」


 彼の表情は未だに幽霊を見ているかのようだ。ティアは覚えている。あの日、スラムの男達が「ファルメール卿の娘」と言っていたことを。酒に酔って漏らした彼らの言葉を忘れていない。その言葉の重要性を、あの時は理解出来なかったが今は違う。ファルメール家には大事な妹がいるのだから。


 ジルベールはすぐに答えなかった。再び訪れる沈黙は短いようで長い。話さなければ彼女の秘密を知ることは出来ないだろう。そして、思っていた以上にその秘密は重い。彼女に話すか、それとも互いの秘密を胸の中にしまうのか。ここが天才と化け物の分水嶺。


「……分かったよ。ユースティアについて話そう」

「じゃあ取引成立だね」


 ジルベールが剣を引く。ティアは嬉しそうに笑った。


 ◯


 ジルベールが落ち着いたところで二人は取引を始めた。ユースティアだと言い張る彼女のことを、彼はまだ信じていない。しかし、このままでは平行線を辿るだけだ。彼女についてはまた今度、今は森と花についてジルベールは集中することにした。


「結論から言うと、幽玄草は微睡(まどろ)みの森の花だよ」

「では、君たちは森に入ることが出来る、と?」

「そりゃ、ララは魔物だからね」


 白猿がこてん、と首を傾げた。それはお前もだろ、とララの瞳が訴える。ティアは話を合わせろと睨み返した。


「ララが森に入って花を集めているということかい」

「そういうこと。当然だけど私は入れないからね。変死体に関しては本当に予想外。まさか微睡みの霧と同じだとは思わなかったよ」

「キキッ、あの霧は魔物に効かないからナ」

「幽玄草の霧と森の霧は同じなのかい?」

「多分同じだよ。森の霧と違って薄いから沢山集めないと意味が無いけどね」

「あぁ、それで変死体は金持ちが多かったのか。納得したよ」


 ジルベールは頷いた。


「僕らは森に入れないのかい?」

「無理だと思うよ。微睡みの霧は決して人間を通さない。森に住まう魔物を外敵から守るためにね」

「なんと……」


 彼は天を仰いだ。


「僕の未知が目の前にあるのに、届かないというのは何とも辛いものだ」

「人を辞めたらいいよ。人じゃなければ、森はあなたを拒まないから」

「どうしようもなく欲を抑えられなくなったら、僕は人を辞めるかもね」

「キキッ。そのときは仲良くしようゼ」


 普段の調子が戻ってきたようで、ジルベールの雰囲気が少し軽くなった。その方がお互いに好都合だ。堅い空気を彼らは好まない。


「ジルベール様なら、私を防人につき出すなんてことはしないよね?」

「よく分かっているね。僕はそんなことしないさ」

「流石ジルベール様だ。幼い頃からの付き合いなだけあるね」

「いいや、それはユースティアのことだ。君との付き合いはそれほど長くないよ」


 ジルベールという人物は正義感で動かない。彼を動かすのは知識欲のみだ。それは集めた情報からも分かるし、一緒に居れば嫌でも分かってしまう。


 彼の言葉を聞いてティアは安心した。賭けは成功だ。話す相手を間違えなかった、それだけでまずは十分である。


「ちなみにさ。変死体を生んだ私のことを、あなたは悪だと思う?」

「聞く相手を間違えているさ。善悪に僕はこれっぽっちも興味がない。君が人を殺そうと街を破壊しようと、僕は気にしない……いや、街を壊されると友人が悲しむから駄目だな」

「……ふふ、そっか」


 ティアは笑う。彼女の微笑む姿はユースティアにそっくりで、ジルベールは思わず目を逸らした。

 窓の外にはトーカスの街並みが広がっている。日が傾き始めており、人々は足早に路地を歩いていた。そして、その向こうには微睡みの森。森を囲う霧によって、その全貌は計り知れない。


「君は不思議な人だ。ユースティアのようにも見えるし、別人のようにも見える。冷静に考えればユースティアのはずがないのに、僕の本能は認めてくれないんだ」

「本能のままに生きたらいいのに」

「そもそも、君は仮面を脱ぐ必要なんて無かったはずだ。恐らく、もっと他の逃げ道があったんじゃないか?」

「あったけど、脱がなくてもあなたは見抜いちゃうよ。それに……」


 ティアも同じように窓へ目を向けた。視線の先には微睡みの森が広がっている。この屋敷からは故郷がよく見えた。


 退屈で、無意味で、それ以上に寂しかった。ララ以外に話し相手は居らず、無為な日々がただ過ぎ去っていった。感情を持ったが故に苦痛が生まれる。周りは全て敵だ。そもそも、あの頃のララは仲間ですらなかった。本当に、本当に人間の街は眩しかった。


『友達の秘訣は、互いの秘密を教え合うことよ』


 いつかの友人が言った言葉を胸に、彼女は小さく呟いた。仮面と一緒に彼女の本心も少しだけあらわになる。


「これが私の最善だからさ」


 消え入りそうな少女の独白。ジルベールへ届いたかは彼にしか分からない。




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― 新着の感想 ―
[一言] >>「いいや、それはユースティアだ。君とはまだ数年だと思うよ」 町に来てまだせいぜい2か月ほどかと思ってたけど、ジルベールと知り合って数年たってる? いったい町に来て何年たったんだろ。。。
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