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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第一章 人を知る
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第三十二話 ジルベール邸での攻防②

 

 試すような笑みで彼は問う。


「君は一体何者だい?」


 いつか来るとは思っていた質問がついに来た。この男なら気が付くだろうし、それ自体は問題ではない。重要なのはどこまでを話して、どこまでを隠すか。花屋を始めた時からずっと積み上げてきたもの、それを守れるか否かが試される。


「質問の意図が分かりません」

「じゃあもっと具体的な話をしよう」


 ジルベールは居住まいを正した。彼は敢えて芝居がかった風に語り始める。まさに喜劇だと言わんばかりに楽しそうな口調だ。


「あるとき、この街に奇妙な花屋が現れた。扱う花はどれも見たことがない。店主の顔も分からない」

「おかしな花屋ですね。でも売れそう」

「あぁ、売れたさ。僕が目をつけたんだ、売れないはずがない」


 彼は本気でそう言っている。そう言い切れる程の自信と実力が彼にはある。天才と名高きレーベン卿。彼の慧眼が街に巣くう化け物を捉えた。


「花を見た瞬間ビビッと来たよ。この花は特別だ、この花を売ってる人物に会わねばってね」

「会ったらどうでした?」

「色々な意味で驚いたね。まさか少女だとは思わなかったよ」

「私もジルベール様が思っていたより若くて驚きました」

「意外だったかい?」

「こんな屋敷に住んでいるから、もっと年配の方かと思いましたよ」

「僕は家具や装飾に興味が無いからね。金を使うべきものは他にあるんだ」


 こほん、と軽く咳をした。話が逸れたようだ。語り部は元の物語へ軌道を修正する。


「花はたくさん売れた。光る花は常夜灯代わりとして使われ、甘い香りは人々の心を掴んだ。霧の花は観賞用として金持ちが買っていく」


 花は広く散った。たくさんの人が買い求め、今や下層部ではちょっとした噂になっている。世にも美しい花を売る名店あり、知りたい者は下層部までと言われる程だ。


「そして変死体が出始めた。原因も分からないまま次々と人が倒れていく。泣きながら、笑いながら、もしくは絶望しながら死ぬ姿に人々は恐怖したよ」

「でも、最近は変死体が出ることも減りました」

「そうだ、確かに減った。防人(さきもり)は未だ原因究明に躍起になっているけどね」


 防人の調査はあまり上手くいっていないらしい。戦うのが得意な彼らには向いていないのだろう。逆に魔法省はジルベールが主導の下で変死体の研究が進んでいる。彼の影にもう一人の才女がいるのはまた別の話。


「ちなみに、僕が所属している魔法省については知っているかい?」

「魔法の研究を主とする組織で、確か森の調査も行っているのでしたっけ」

「その通り、よく知っているね。魔法省が最も力を入れて、それでもなお全く進んでいない調査が微睡(まどろ)みの森だ。更に言えば、森の調査は魔法省しか行っていない。他の連中は死の森に近づくのを恐れているのさ」


 いつの日だったか、自殺をしようとしていたスラム街の男を思い出した。本質は違えどやっていることは同じ。魔方省も死地と分かって森に踏み入る。人はやはり愚かだ。


「自ら死地へ向かうのは愚かです。誰だって、死にたくないのが生き物ですから」

「ハハッ、手厳しいな。僕は気にしないけど、他の魔法省の人間が聞けば大変だよ」


 真実のために身命を()すのが魔法省。それを侮辱する発言だ。だが、ジルベールはどこ吹く風と受け流した。彼は魔法省の顔のような存在であるはずだが、全く気にした様子がない。


「でもね、そんな同僚達の死によって分かったこともある」

「分かったこと?」

「あの霧に包まれた人間は恐らく幻覚を見る。内容は人それぞれだろう。トラウマを思い出す者や、若かりし頃を思い出す者。実際、帰ってきた同僚の(しかばね)は様々な表情をしていたよ」

「そしてそのまま霧の世界に囚われる、ということですか」

「その通り」


 会話の終着点が近付いている。彼の思考がどう着地するのか。そして、それが何を意味するのか。選択の時は刻一刻(こくいっこく)と迫っている。

 途中、屋敷のメイドが果物を持ってきてくれた。見るからに高そうな果実だったが、ジルベールは一切手をつけず、当然ティアも口にしない。結果、高級な果実はすべてララの胃袋に収まる。


「察しが良い君なら、もう僕が何を言いたいか分かっているんじゃないかい?」

「買い被りです。人間の考えていることなんて分かりませんよ」

「本当に? まぁ、君がそう言うなら続けようか」


 そう言いつつも、自らの考えを話すジルベールはとても楽しそうだ。答え合わせをするように、少しずつ話す彼の顔は少年の如く輝いていく。


「変死体の死に様と、霧に囚われた同僚の死に様……似てるね」

「似てるでしょうか」

「似てるさ。森を知らない防人達には分からないだろうが、僕からすれば酷似しているよ」

「偶然というのは良くあることです。私とジルベール様が出会ったからこの薬が生まれたように、変死体と森の霧が似ているのも偶然ですよ」


 ティアは否定した。彼女の肩では相棒の猿がニヤニヤと笑っている。メイドに出してもらった果物を食べながら、ティアの言動を楽しんでいるのだ。相棒の窮地を笑うなんて酷い奴だ。


「断固として認めない、か。じゃあ違う話をもう一つ。僕は先日、変死体が出たとある屋敷を見に行ったよ」

「魔法省の仕事では無いですよね?」

「うん、僕の個人的な趣味だ」


 悪趣味ですね、とは言わなかった。彼が悪趣味なのはとっくに分かっていること。


「そこには泣きながら死んだ男性、そして傍らに見覚えのある花が咲いていた。真っ白で美しい花だったよ。温度が下がった部屋の中には花の香りが残っていた」

「死体の(そば)で咲く花とは、なかなか粋ですね」

「アッハッハ! その意見には同意だよ」


 ジルベールが訪れた屋敷では、珍しい花が飾られていた。どれも見覚えのある花達だ。淡く照らす燐螢花(りんけいか)、甘い香りを放つ落楼草(らくろうそう)、そして、死体の隣に咲く幽玄草。それを見たときのジルベールは三日月の如く口を歪めたという。


「冗談はさておきこれが結論だ。突如現れた変死体は様々な表情で死んでいた。森の霧は人間の潜在意識に影響を及ぼす。そして変死体の側には君の花」

「……」

「変死体の原因は、君の幽玄草じゃないのかい?」



 重い沈黙が流れた。互いに言葉を発せず、ララの咀嚼音だけが聞こえる。あーあ、とでも言いたげな白猿はやはりムカつく顔をしていた。

 この世の全てにやり直しは無い。やり直せればと思うことは至極当然で、それは決して叶わないことだ。だから、いつだって責任が重くのし掛かるのだ。捨てられない責任は軽いようで重かった。


 破りたくない沈黙を、破ったのはティアである。仮面の下、彼女は一体どんな表情をしているのだろうか。白猿が興味深そうに黄金色の瞳を瞬いた。



「そういえばあなたは天才でしたね」

「そうさ、僕は天才なんだ」


 ふふ、と小さな含み笑い。笑ったのはティアだった。




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