第二十一話 二匹が二人になるまで
ビザーレのとあるテント、化け物は昔話に花を咲かせた。ティア達だけが知る森のお話。それは人間ならば知りようが無い森の秘話であり、もしジルベールが居たならば目を輝かせていただろう。
龍、番人、魔物、人。決して語り継がれない冒険譚を、彼女達は懐かしそうに話した。あの時の苦労も時と共に美化され、紡がれる言葉は心成しか弾んでいるようだ。
そうして話のネタが尽きた頃、ティアは口を開く。
「ねえ、ララ。私思うんだ」
ティアの口調が少し上がる。何が、とララは目で問い返した。
「人間の良さって、考えることだと思うんだ。常に考え、悩み、変化する。考え続けた先に答えを見つけることができる。それこそが私達と人間との違いじゃないかな」
「だが、考えない人間もいるゾ。死ぬと分かっていて森に踏み込む愚かな人間を沢山見てきたダロ」
「少し乱暴かもしれないけど、思考停止した人間はもはや人ではないよ。考えることを放棄した人間は魔物と変わらない。少なくとも、私はそう思う」
「ふぅん……じゃあ、この街は魔物だらけだナ。俺たちにピッタリじゃないカ」
ララが皮肉を飛ばした。悪魔、ないしは使い魔のような顔をしているララは笑うと怖い。ティアは見慣れているが、ミリィが見たら泣いてしまうかも……いや、彼女は存外タフな部分があるため大丈夫か。そんな場違いな考えが思い浮かんだ。
「で、私は考えたわけだ。あなたとこれからどうするか」
「どういうことダ?」
「率直に言うとね」
ティアは一度言葉を切る。劇中からずっと考えていたのだ。もしもララが昔と変わらず、好奇心だけで街に来たのならどうするか。自分や人間に危害を加える目的がないならばどうするか。結果的にいえば、ララは良くも悪くも変わっていなかった。森にいた頃から変わらず、彼の行動理由は面白いかどうかのみで決まる。
それならばティアも面白いと思う選択をしよう。
「私と暮らさない?」
ララは驚いたように目を丸くした。まさか誘われると思っていなかったのだろう。だから街に来てからもティアに接触せず劇団員として活動していた。故の驚愕。黄金色のクリっとした瞳が更に大きく開かれる。
「ふふ、そんな顔初めて見た」
ティアはクスクスと笑った。整った綺麗な顔が可愛らしく微笑む。その表情は殺されたユースティアとは少し違っている。氷のようなユースティアに対し、ティアはどこか儚い雰囲気だ。もっとも、そんな素顔も普段は仮面に隠されているため街の人々は知らない。彼女の笑った顔を見たのはララだけだ。
「驚いた?」
「あぁ、驚いた。街に来てから一番……いや、二番目に驚いたナ」
「そんな意外かな」
「お前はいつも独りだったから。意思があるのだから同族と違って他の魔物と組むこともできたのに、お前はずっと独りだった。そんなお前の口から一緒に暮らそうなんて言葉が出るとは思わなかったゾ」
「ララが言ったじゃん。私は変わったって。いつまでも昔のままではないんだよ」
ララは暫し迷う。いつの間にか大テントから聞こえる歓声は止み、辺りは静かになっていた。ビザーレの劇が終わったのだろう。二人の間に言葉は流れない。しかし、決して重くはない。ララが答えを出すまでティアじっと待っていた。
「一つだけ聞きたい」
「なに?」
「お前と暮らすのは楽しいカ?」
「……それを決めるのはララだよ。何が楽しいか、選ぶのは私じゃない。私は今の生活がすっごく楽しいし、毎日が面白いことでいっぱいだけど、それは私だけのもの。私が楽しいと思って選んだ結果だから満足している」
ティアはゆっくりと言葉を選ぶように語った。街で暮らすと決めた時から色々なものを選び、同時に切り捨てた。“後悔とは違う何か”も、受け入れた。だからこそ今が楽しいし、この幸せはティアだけが享受できるものだ。それに乗っかるだけの相棒なら、ティアは要らない。
「まぁ、こんな土くれの考えなんてアテにしても無駄だよ。ララがどっちを選択しようと否定しないし、私がララと暮らしたいのはその方が楽しそうだからさ」
「キキッ、そうカ……うん?」
ララは納得したように頷いたあと、何かに気がついたように悪戯っぽい笑みを向けた。ニヤニヤと笑う彼は、いつの間にか普段の調子に戻っている。ティアは「しまった」と思った。ララがこういう顔をするときはロクなことを考えていない。この猿は妙に勘が良いのだ。
「もしかして……俺と暮らしたいのは寂しいからカ?」
「……そんなこと無いよ。あなたと暮らせば色々と便利だからだもん」
「キキッ! よく言うゼ。オマエは寂しがり屋だからナ。どうせ自分が魔物だってことを隠し続けるのが辛いんだろ? だから同族の話し相手が欲しいのカ?」
「うるさいなー。そんなことより、どうするのさ」
なおも彼は甲高い声で笑っている。ムカつく猿だ。一度しめてやろう。
「いいゼ、付いていく。お前と一緒なら俺はずっと笑っていられそうダ」
「流石! そう言ってくれると思ってた」
「あ、でも飯は美味いものを用意してくれ。俺はこう見えて美食家なんだゼ」
「表街道については詳しいから任せてよ。とびっきり美味しいのを食べさせてあげる」
ララは胡散臭そうな顔をした。その顔も初めて見た気がする。今日は初めてが多い日だ。少し得したような気分になった。
「これからよろしくね」
数年ぶりに会った二人の魔物は、共に暮らすことにした。




