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お伽の街編:みんなが期待の学術会

 

 ローベンスタッドの星見塔。長い歴史と伝統があり、多くの探求者を世に送り出してきた。

 今日はその集大成である学術会だ。ローベンスタッドの探求者が一度に集結するという珍しい機会であるため、街の外からも多くの見物客が訪れる。彼らが求めるのは刺激的な体験だ。未知の技術、難解な数式、眠れる魔素、なんだって良い。学術会は新たな世界を見せてくれるという期待を胸に、人々は星見塔へ集まるのだ。


「パクルーム会長ではないですか。今年はどんな様子ですか?」


 審査席に座る老人が顔をあげた。彼の前には若い男が立っている。新進気鋭といわれる探求者の一人だ。彼は人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「優秀な者は集まっておるようじゃが……目を見張るような者が現れるかは怪しいのう」

「ハッハッ、いつも言っているじゃないですか。その言葉は聞き飽きましたよ。探求者の質は上がってきていると思いますが、パクルーム会長は厳しいですね」

「わしはのう、ジルベールのように心が沸き立つような探求者を待ち望んでいるのじゃよ」

「兄のような、ですか?」

「奴は鮮烈じゃったぞ。特にレーベンの名を授かってからは著しかった。いまだ半分の機能しか解明できていない星見魔具、そのうちの三つは奴が発見したものじゃ。それだけではない。特異魔素の観測。新たな魔道具の発明。どれも今のローベンスタッドには欠かせないものばかりじゃな」

「いやー、身内ながら信じられないような功績ですねぇ」

「お主も星見魔具の謎を一つぐらい解明してみせい」

「これは耳が痛い」


 適当に流す青年を見たパクルームは呆れたようにため息をこぼした。やる気を出せばこの男も「良い線」まではいくだろう。しかし、かの天才と比べれば物足りない。


「わしが悲しいのは奴がローベンスタッドを捨てたからではない。奴を手放すしかなく、そして今もなお奴を越えられる者がいない街そのものが悲しいのじゃ」

「おっしゃる通りです」

「否定してみせい馬鹿者――」


 パクルームの言葉を遮るように、会場から歓声が湧いた。学術会が始まるようだ。星見塔の内部で開かれるため会場は円形になっており、ビザーレ・サーカス団の劇場を連想させる。何重にも積み重なる観客席はほとんどが埋まっていた。


「私は準備があるので失礼します。会長もごゆっくりお楽しみください」


 優雅な礼をしたあと、男は会場の袖に向かった。彼も探求者の一人として発表の場が用意されている。面倒だがこれも義務。会長に油を売っている場合ではない。


 ○


 舞台袖は塔の壁に沿って用意されており、窓からはローベンスタッドの街並みを見渡せる。学術会当日とあって観光客が目立つようだ。ゆっくりと受付に向かっていると、見覚えのある男が壁にもたれかかっていた。


「やぁ、ルークじゃないか。調子はどうだい?」


 ルークは近年の研究について書かれた書物を読んでいたようだ。発表前だというのに勤勉な男である。彼は鋭い目付きのまま顔を上げ、知人だとわかると本を閉じた。


「ジェンドールか……いつも通りだ。特に緊張もしていない」

「つまらない回答だね。たまには君が慌てる姿を見てみたいよ」

「俺だって慌てるときもある。学術会は慣れているだけだ」

「何度出ても緊張する人が大半だと思うけれど」


 他の探求者は余裕のなさそうな者ばかりだ。ぶつぶつと壁に向かって話す者や、研究内容が間違っていないか何度も確認する者。学術会の結果次第で進退が決まるのだから皆必死である。むしろ、余裕そうにぶらついたり関係のない本を読んでいる方が異常だろう。


「そういえばアストレアはどこにいるんだい?」

「まだ見ていないな。遅刻なんてことはないと思うが……」

「心配かい?」

「ふん、競争相手が減って助かる」


 そう言いつつもルークは辺りを見渡していた。受付の近くで本を読んでいたのも、もしかしたらアストレアを待っていたからかもしれない。


「――すっ、すみません、発表者はここで合っていますか?」


 噂をすれば何とやら。アストレアの声が受付から聞こえた。見れば探求者のコートを羽織った少女が慌てた様子で駆け込んでいる。まさか本当に遅刻しかけるとは。ルークは呆れつつも安心したような表情を浮かべた。


 アストレアは無事に中へ通されたようだ。受付を抜けた彼女はキョロキョロと周りを見渡す。そして、ルークと目が合うや否や脱兎のごとく隠れた。アストレアとは思えないほどの速さだ。


「おい、なんで隠れる?」

「るっ、ルーク! 何の用ですか!?」

「お前がいつまで経っても来ないから待っていたんだろうが」

「私を……?」


 彼女はきょとんと首を傾げた。まるで彼女の知っているルークは自分を待ったりしないかのように。


「まぁまぁ、取り敢えず間に合って良かったね。また夜遅くまで実験していたのかい?」

「えーっと、まぁそんな感じです……」


 誰だこいつ、と疑問を浮かべるアストレア。ジェンドールは違和感を感じつつも話を続けた。まさか中身が別人とは思いもよらないだろう。


「今回はパクルーム会長も観に来られるから、皆のやる気が段違いなんだ。アストレアも負けないように頑張ってね」

「パクルーム会長……?」

「おい、まさか会長の顔を忘れたんじゃないだろうな?」

「もっ、もちろん覚えていますとも! 格好いいおじさんですよね!」

「あれをおじさんと呼ぶのは無理があるぞ」

「やだなぁ、冗談ですよルルーク」

「ルークだ」


 軽い掛け合いをしていると、受付から順番を知らせる声が聞こえた。ジェンドールの番号だ。


「おっと、そろそろ私の番みたいだ。二人は後半だったよね?」

「アストレアが先でその後に俺だ」

「了解。ちゃちゃっと終わらせて君たちの発表を楽しむとするよ」


 ジェンドールが去ったことで二人きりになった。口を開くたびにボロが出そうなため、アストレアは居心地が悪そうにそわそわする。可能であれば一人になりたい。しかし、この場を抜ける都合の良い言い訳が見つからない。


「随分と苦労していたみたいだが、間に合ったようだな」

「なんでわかるのですか?」

「間に合っていなかったらそんな風に堂々としていないだろ」

「わ、私って堂々としています?」

「あぁ、ふんぞり返っているな」

「そんな馬鹿な」


 内なるゴーレムが顔を出したか。アストレアは気を引き締めた。今は寂しがり屋のゴーレムではなく、ローベンスタッドの探求者なのだから。


「俺の度肝を抜くと豪語していたが、これなら期待できそうだ」

「げっ、そんなこと言いましたっけ?」

「その無愛想な顔を驚かせてやる、と言われた時は驚いた」

「言ってない! 絶対に言ってないです!」

「いいや、言ったぞ」


 言ったのか、とアストレアは頭を抱えた。自宅のベッドで眠っているであろう、彼女を恨む。こうなると下手な発表は出来なくなった。否、もともと全力でやるつもりではあったが、逃げ道がなくなってしまった。


「まぁ……いいでしょう。期待していてください」

「珍しく自信満々だな」

「それはもちろんです」


 アストレアは開きなおって胸を張った。ルークの目を真っ直ぐ見返して宣言する。


「今日の私は一味違いますから」


 ○


 学術会はつつがなく進行した。言い方を変えれば特に変わり映えのしない発表が続いた。観客席の一番豪華な場所に座るパクルーム会長はつまらなさそうに頬杖をつく。


「やはり微妙じゃなぁ。どこかで聞いたことのなるような研究ばかりじゃ。探求者の質が下がっておるのう」


 新興国の技術を真似たもの。ろくに試行されていない的外れなもの。ジルベールの二番煎じ。時代遅れの古い考え方。かの天才がいた頃のように心を踊らされることはない。パクルームとしては、神の存在を否定してファルス教に真っ向から喧嘩を売るぐらいの勢いがほしいものだ。

 口を曲げる老人にジェンドールが近付いた。パクルームは彼の顔を見るなり更に皺を深くする。


「お気に召しませんでしたか?」

「お主が一番ひどかったわい。他の者は曲がりなりにもやる気を感じたが、お主は最初から手を抜いておった」

「ハハッ、流石は会長。鋭いですね」


 男は困ったように笑った。特に反省が感じられない態度だ。新進気鋭と呼ばれた男の落ちぶれにパクルームは失望した。


「……ローベンスタッドを出るつもりか?」

「ええ、近々」

「ふん、お主もジルベールのようにトーカスへ向かうつもりかの」

「兄のあとを追ってもつまらないので他をあたりますよ。まだ決めていませんが面白い街がいいですねぇ」

「ローベンスタッドを捨てて何が探求者じゃい」

「いいえ会長。探求者だからですよ。我々は常に歩み続ける者たちだ。輝かしい名誉も約束された地位も必要ない。だから兄は街を去ったし、私も自分の道を行くつもりです」


 男はもっと言いたいことがあったが、胸の中にしまった。


(街を腐らせるのはあなた方のような老人ですよ)


 上に立つ人間は若者であるべきだ。瞬く間に変化する時代において、老人の描く未来はあまりにも古い。高い場所から愚痴をこぼすばかりで、考えることをやめてしまったパクルームこそが学術会を腐らせる原因ではないか。

 男は語らない。口にしたところで意味がなく、進言するほどの愛着もないから。


「ご安心ください会長。若い芽は育っていますよ。若い、芽はね」

「含みのある言い方じゃのう」

「いえいえ、ほら見てください。もうすぐ彼女の出番です」


 男はステージを示した。魔道具の灯りに照らされて、栗色の髪が揺れている。探求者・アストレアの登場だ。




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