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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第一章 人を知る
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第二話 選択と結果

 

 繁栄と衰退の象徴、トーカス。目まぐるしい発展と広大なスラムを併せ持つのがこの街だ。微睡(まどろ)みの森とも近く、少しずつだが森の調査も行っている。各地から成り上がろうとする者達が集まることで街は混沌とし、激しい競争から落ちた者はスラムへ流れた。


 そんなスラムの一角。少女の首が闇夜を舞った。


 最後まで生きようと足掻いた彼女は、その瞳を大きく見開いたまま地面を転がる。コロコロと、べたべたと、表舞台から裏方へ。やがて、明るく照らされた広間から暗がりに入った少女の首がゴーレムの足元で止まった。


 少女の首は虚ろな瞳で化け物を見上げる。一連の光景をゴーレムはただ無言で傍観(ぼうかん)していた。



「おいおい兄貴、飛ばしすぎですよ」


 へらへらと笑いながら一人の男が近付いてくる。一歩、また一歩と、逃げることも出来たはずだが、何故かゴーレムは動くことが出来なかった。初めて目の当たりにした人の醜さにショックを受けていたのかもしれない。

 やがて、男は闇に一歩踏み込むことで初めてその存在に気付いた。闇から見つめる緋色の瞳だ。



「!? な、なんだこいつ!?」


 裏の仕事をするだけあって、酔っていても反応は素早かった。相手の正体がゴーレムだと分かるや否や、瞬時に剣ではなく腰に携えた鎚矛(メイス)を構える。鎚矛(メイス)は一般的に聖職者の持つものだが、持ち運びやすさと技術が無くても扱えることから好んで使う戦士も多い。そして、硬い土で覆われたゴーレムには剣よりも鎚矛(メイス)が最適。その判断は正しかった。


「おら!」

「おい待て!」


 リーダーの男が止めようとするが間に合わない。鎚矛(メイス)はゴーレムの頭部へ吸い込まれるように叩き込まれる。しかし結果は。


 ガチン!!


「痛っ!!」


 予想外の強度に男はつい鎚矛(メイス)を落としてしまった。なんという硬さだ、と男は驚愕する。腕力に自信があったはずが相手は傷一つ付いていない。それもそのはずだ。相手は微睡みの森を生き抜いた化け物なのだ。ゴーレムはそんな男を静かに見下ろした。



『わた――敵――』


 男とも女とも取れぬ不思議な声が、ひび割れたトーカスの路地裏に反響する。ゴーレムは、まだ不馴れな言葉で懸命に話そうとした。ゴーレムには戦う意思がなく、そもそも彼らと関わるつもりもない。他種同士の争いの場に偶然通りかかっただけである。

 しかし現実は男達に見つかってしまい、言葉が伝わらないため敵意がないことも示せない。それが逆に男達の不安を煽ってしまった。


「ヒッ、なんだこいつ!」

『待――て――』


 男は思わず背を向けた。その背に向けてゴーレムは手を差し伸ばす。もしこのまま逃げられたらゴーレムが現れたことが街に広まるだろう。そうなると毎晩街に忍び寄ることが難しくなる。将来的には街に住むことを考えているゴーレムにとって、今彼らを逃がすのは得策ではなかった。


(とにかく彼を止めよう)


 ゴーレムの意思に呼応するように、土で出来た手が地面を突き破った。ゴーレムの土を操る力だ。巨大な手は真っ直ぐ男に襲いかかった。ここでゴーレムは気付くべきだったのだ。人間の体とゴーレムの体は違うことに。気が付かなかったが故、それは起きてしまった。


 ――グシャッ。


『あ』


 いとも容易く男は土の手に潰されて命を散らした。人間との初めての接触にゴーレムは焦ったのだ。人間という生物の脆さを測り間違えたゴーレムは、つい普段通りの力で握り締めてしまった。魔物を殺すときと同じ力で握れば当然こうなってしまう。


「うわぁぁあ!!」

「嘘だろ!?」


 男達は恐怖した。さっきまで酒を交わした仲間が簡単に殺されてしまい、その相手は見たことも無いゴーレム。逃げ場の無い場所で始まった唐突の出来事に脳が追い付かず、酔いなんて一瞬で吹き飛んだ。


 男達と同じように、ゴーレムもまた戸惑っていた。もっとゆっくりと話せば、もしくは魔法を使わなければ結果は変わっていたかもしれない。しかし現実は変えられず、こうなってはもう遅い、とゴーレムは開き直った。せめて謝罪の言葉を述べよう。人は「ごめんなさい」で許し合うはずだ。


『ご――さい、間――え――』


 謝罪の言葉は男達に届かず、むしろ化け物が奇妙な唸りを上げているように思えた。ゴーレムは残った男達に一歩近付く。しかし、彼らとの距離は縮まらない。謝罪の返答として返ってきたのは刃の応酬だった。


「この化け物が! よくも殺りやがって!」

「たかがゴーレムのくせに!」

「だから待てお前ら!!」


 残った仲間達はリーダーの男の制止を無視してゴーレムに襲い掛かる。それを見たゴーレムは静かに諦めた。対話は不可能だ。ならば殺すしかないだろう。ここで逃がせば自分の身が危なくなる。


(……仕方ない)


 緋色の目が仄かに光ると、男達は土の牢獄へ瞬く間に囚われてしまった。地面を突き破って現れた土塊が男達を無慈悲に閉じ込める。ふわふわと宙を浮く土の塊からは、くぐもった男達の声が聞こえた。

 そして、抵抗する間もなく牢獄は、グシャリと嫌な音を立てながら潰れた。だから手を出すべきじゃなかったんだ、と気弱そうな声が聞こえたような気がする。しかし、彼らの命は土塊と共に砕け散った。


 男達を殺してからゴーレムは気が付く。


(……一人足りない?)


 リーダーの男だけ居ない。恐らく逃げたのだろう。頭を務めるくせに根性が無いものだ。ゴーレムは呆れたが、今更追っても遅いだろう。広間の火はかき消され、コロコロと転がる坂瓶と歪な土塊だけが残っていた。


 ゴーレムは首だけになった少女を見つめた。暗い相貌は今もなおゴーレムへ訴えかけているように思える。そもそも、この少女を助ける気は初めから無かったのだ。「人間」という異なる種族の争いに首を突っ込むつもりはない。興味があるから知りたいという、好奇心に突き動かされただけの土くれだ。


(一人逃がしてしまった以上、この体では居られない……)


 傍観者であれば良い。そう思っていたが、考えを改める時がきたようだ。先ほど逃した男は明日にでもゴーレムのことを街に知らせるだろう。そうしたら深夜に探索することも難しくなる。問題なのはこの体。化け物と呼ばれるゴーレムの体。代わりになる()()が必要である。


 ゴーレムは少女の頭を大事そうに抱えた。男達を意図しない形で殺してしまったため、綺麗な死体は一つだけ。ゴーレムの赤い瞳と、忌み子の瞳が交差する。目を合わせたら不幸になるらしいが、果たして本当なのだろうか。やはり人間の考えることは面白い。


(うん、これにしよう)


 ゴーレムの口がパカッと開いた。可愛らしい見た目とは対照的な、鋭い牙が月明かりに反射する。頭を丁寧に持ち上げて、首だけになった少女と向かい合った。


『いただきます』


 良かった、今度はちゃんと言葉にできた。少女はゴーレムの中へ飲み込まれる。出来る限り噛み砕かないように体も飲み込んだ。

 やがて、土に覆われていた体が変化し始めた。ごつごつとした手足は華奢で細くなり、闇夜に似合わぬ白い肌へ。殺された少女と異なる点といえば、瞳の色と、髪の毛の色である。瞳はゴーレム特有の緋色の目、髪は藍色で先端になるほど白い。ゴーレムによる擬態としては上出来だ。


 足元には少女が付けていた指輪が落ちていた。綺麗な細工が施された紅い宝石の指輪だ。よく見ると裏側に文字が彫られている。

 ――ユースティア・ファルメール。

 殺された少女の名前であろう。その名前を見た瞬間、ゴーレムは何故か忘れてはいけないような気がした。



(ユースティア……この娘の名前か)


 ユースティア。この体をくれた少女の名を、ゴーレムは胸に刻み込む。


 (この娘がユースティアと言うなら、今日から私は“ティア”と名乗ろう)


 拾った指輪を手にはめると、月明かりに照らされて神秘的な光を放つ。偶然にも、ティアの瞳と同じ深紅の輝きであり、皮肉にもゴーレムによく似合っていた。この指輪も宝物として大切にしよう。深紅の輝きを浴びながらゴーレムは心に決めた。

 ゴーレムは静かに広場を離れた。残ったのは不可解な土の塊だけだ。住人は不思議に思うだろうが、まさか中に人が死んでいるとは思わないだろう。


(ちょっとした騒ぎになるかもしれない)


 どちらにせよ、死んだはずの少女が街を彷徨(うろつ)いていては問題になる。しばらくは街に出向くのを控えないといけないかもしれない。そう考えたゴーレムはどこか悲しげに立ち去っていった。


 ○


「やばいやばいやばい……!」


 男は無我夢中に路地を駆け抜けていた。少しでも早くあの化け物から遠くへ、ただその一心で依頼者の元へ逃げる。一目見た時から何かおかしいと思ったが、仲間が突然現れた手に潰されたときに確信した。あれが街で噂になっている赤目の化け物に違いない。


「あいつはやばい……! たかがゴーレム一匹だろ!? ありえねぇ!」


 死んだ男達は今までずっと支えあってきた大事な仲間だった。腕っぷしもいいし、裏社会の中ではそこそこ名の知れた方なのだ。決してゴーレム一匹に遅れを取るはずがなかった。まるで悪夢を見せられているかのような気分だ。


「ゼェ……相手が悪かった? 俺たちが手を出したから? ゼェ……ふざけんな!」


 仕事を終えて疲れた体に鞭を打つ。既に足が限界を迎えつつあったが、それでも男は走り続けた。長年裏の仕事をこなしているうちに染み付いた勘が、逃げろと叫んでいる。それが男は悔しかった。とっくに汚れきった手をこれでもかと握り締め、血がポタポタと地面に落ちる。


「くそっ、レーベン卿の元まで帰ればこっちのもんだ……あいつらの、ジャックの仇は必ず討ってやる……必ず!」


 一人逃げ出した男の哀れな叫び。誰かに届くこともなく、夜の闇に消えていった。




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