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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第四章 人に準ずる
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第百八十三話 地底から地上へ

 

 地上の様子を口早に伝えられたティアは悲しそうな顔をした。ついにこの日が来てしまったのだ。ジルベールが一線を越えた。かの天才は誰にも止められない。ジルベールが天才である限り避けられぬ未来であった。破滅の道しか残されていないと分かっていても進んでしまう人種。故に彼は探求者。


 リーベが一振りの剣を差し出した。剣、と呼ぶには少し歪な形をしている。手に持つだけで生気を吸い取られそうな冷たい刃だ。受け取ったティアは目を細めた。


「これを持っていきなさい。死神の刃を小さく加工したものです。こんな最果ての地に眠らせておくよりも、あなたが持っていた方がいいでしょう」


 シェルミーの得物である巨大な鋏から切り出したナイフだ。流石は管理者。鉱石を材料とした鋏であれば変質させることも容易であるらしい。捻れた刀身は死神の苦悩を表しているみたいである。シェルミーの想いが染み込んだ剣をティアは大事に腰へ差した。


 周りに浮かぶ月光虫が急かすように明滅した。太古の魔物が早く行けと言っている。丁度良い頃合いだ、そろそろ地上へ向かうとしよう。アディが剣槍を背負い直して来た道を戻ろうとする。彼の眼前に広がるは黒の湖。底が見えないほど忌みが染み込んだ死の塊。たとえ黒鋼であろうとも二度渡るのは危険である。


「もう一度湖を渡るつもり? 私は構わないけれど、あなたの体が持たないかもしれないよ」

「そうは言っても渡るしかないだろう。それとも、何か抜け道をしっているのか?」


 アディの疑問に対して少女は得意げに笑う。細い指先を天井に向けて、彼女はこう言うのだ。


「丁度いい近道があるじゃない」




 約四年前、ファルメール邸を亡霊が襲撃した。首謀者はとあるサーカスの劇団長だ。防人の奮戦と外部の手助けによって亡霊は撃退され、首謀者の男は夜を照らす大爆発とともに消えた。


 その爆発が空けた大穴はトーカスの地を貫き、最下層深くの花園にまで達する。当然ながら人の手で塞ぐことは叶わず、ファルメール邸は移設を余儀なくされた。

 奈落までの直通便。人の街トーカスと、花の街アースガルタを繋ぐ大穴だ。


「それで、どういった風の吹き回しなの? 私とあなたは……うーん、なんだろ、愉快な関係ではなかったはずだよね」

「……」

「だんまり? せめて話し相手ぐらいにはなってほしいなぁ」


 ティアは軽い足取りで跳んだ。彼女が足を踏み出すたびに、壁から土が盛り上がって即席の足場を作っていく。長い年月が生んだ地質によるものか、それともティアの魔素を含んでいるからか、人が飛び乗ってもびくともしない頑丈な足場だ。そうして生まれた螺旋階段が上へ、上へと繋がっていく。


 ()()()()()

 最下層からもう一度帰還するよりも、大穴を使った方が圧倒的に早いだろう。そう提案したティアは、ゴーレムの力で螺旋階段を生み出した。穴の直径は反対側が視認できないほどの広さを誇り、無数に入った亀裂からは月光虫が顔を覗かせる。

 白と黒。少女と男。地上の出口が見えないほどの大穴は、最下層という地がいかに深いかを思い知らせるようだ。そこら中が暗い闇に覆われており、月光虫がいなければ足元すら見えないだろう。淡い光に見守られながら二人は階段を上った。


「力を貸してほしい。ジルベール様が、乱心された」

「それは元からでしょ」

「……突然、微睡みの森を越えると言い出したんだ。俺がいくら止めようとしても聞く耳を持たず、周囲も不自然なほどジルベール様に肯定的で、意を唱える者は誰もいなかった」


 黒鋼はティアの軽口を聞き流した。


「恐らくカルブラットの仕業だ。奴が屋敷に来た日から様子がおかしくなった。フィズ様の研究所から従属化の薬が減っているのも確認されている」

「カルブラットに操られているってこと?」

「そうだ! 卑怯な手を使ったんだろう……まさかジルベール様が遅れを取るなんて……」

「なるほど。こうなる日は予想していたけど、随分と早かったのはそういうことか」


 ティアは眉を下げた。彼女がよくする癖のようなものだ。どうしようもないな、と達観したような表情を浮かべる。


「俺が止めなければならなかったんだ。フィズ様がジルベール様の決定に反対するはずがないのだから、俺だけが暴走を止められた。なのに――」

「止められなかった、と。まぁ仕方ないってやつじゃない?」

「仕方ない?」

「あなたの言葉で止まるような人間なら、とっくに私が止めているよ。ジルベールは決して折れない。それが彼の生きがいだから。つまりは優先順位の問題さ」


 優先順位、と繰り返しながら、アディは前を歩く少女を見つめた。確かに彼女の言う通りかもしれない。かつて自分の最優先はサルバ班長の仇を討つことだった。しかし、今は仇である少女の力を頼っている。

 笑い話にもならないだろう。昔の自分が見たら殴り飛ばすに違いない。しかし、アディは自らの意思を殺してでも天才を救いたい。ただ、その一心のみである。


「生きがいってのは簡単に捨てられるものじゃない。良くも、悪くもね。しかも、大抵は自分に足りないものを求めるから、しんどいし遠回りばかりしてしまう。重ねて、重ねて、全部崩れて、積み直して」


 ティアは鈴のような声音で話す。アディの答えを待たずに彼女は続けた。


「目を閉じたって頭から離れないし、手を動かしている間も思考の片隅に漂っている。生きがいは自分そのもの……いや、自分を縛る鎖のようなもの。だから、自分を捨てられる覚悟がないと人は変われない」


 ティアは足を止めて振り返った。まるで重力が存在しないように、白銀の髪がふわりと浮いた。人形のように整った顔が淡く照らされる。柔らかく、儚げに、彼女は瞳を合わせない。


「分かるかな? 私が化け物だと揶揄されながらも街を守ろうとするように。ジルベールが無謀だと理解していながら、未知に心酔するように。そして、あなたが危険を(おか)してまでこの地へ来たように。どんなに逃げ道を用意したって、行き着く先は同じだよ。それなら、仕方ないと受け入れて、初めから吹っ切った方が楽でしょ」

「街が襲われ、大勢が命を落としてもか?」

「ジルベールなら躊躇わない。彼、頭がおかしいから」


 ティアは再び歩き始めた。彼女は迷うことなく前を見つめる。亀裂の前を通るたびに月光虫がカラカラと鳴いた。彼らも励ましてくれているのだろうか。淡い光が道標(みちしるべ)となって大穴の空へ繋がっていく。


 二人の会話はこれでおしまいだ。白黒の間に沈黙が降りた。互いに目指す場所は共有できた。ならば、これ以上の会話は不要であろう。足を急がせるのが最善策。過去の遺恨は最下層においてきた。険悪な空気とは程遠く、むしろ、この沈黙は穏やかだ。


 やがて地上の狂騒が聞こえた。戦いの場は近い。


 ○


 中層部の戦いは巨躯の獣によって地獄へと化していた。もはや戦いですらないだろう。獣が暴れるたびに冗談なほど地面が揺れ、体勢を保つことも難しい。魔物が天を舞う。人が壁の染みとなる。フィズの生み出した最高傑作は期待以上の働きを見せた。


「流石は私のかわい子ちゃん! そのまま後ろを抑えてちょうだい!」


 フィズは上機嫌に声を上げた。巨躯の獣は彼女が偶然手に入れた素体によって生まれたものだ。どうやら魔素との親和性が異常に高かったらしく、フィズですら予想できなかったほど強大な獣に生まれ変わった。嬉しい誤算とはまさにこのことだ。


「初陣としては素晴らしい結果だわ。あぁ、この光景をジルに見て欲しかった……」


 強いて言うなれば、防人の妨害が予想以上であった。隊長格の男とやけに身軽な少女によってフィズの獣も損害を受けている。しかし、巨躯の獣を出した以上は心配無用だろう。かの獣に敵う者は防人にいないはずだ。微睡みの魔物は未知数であるが、フィズの手応えからすれば脅威でないと判断した。


 熱を帯びた視線を森へ向ける。森を燃やす炎は収まる気配を見せず、それがフィズの心を安心させた。絶対に間に合わせてみせる。不動の決意が覇気となって立ち昇る。


 フィズの心は様々な感情が入り混じって混沌と化していた。愛する者への心配、不安、もしくは研究成果に対する高揚、自尊心。今ならば街を一つ潰すことすら出来そうな気がした。ジルベールとフィズ、二人が揃えば何でも実現できる。未来を選ぶ権利がある。


 フィズは無意識のうちに笑みを浮かべた。自らの視野が森にのみ向けられる。地底から新たな脅威が這い上がっているとも知らずに。


 ○


 下層部の南門に現れた管理者、樹海の霧鹿は目を細めた。


 元よりこの戦いに関わらないつもりだったのだ。しかし、想像以上に人という生き物は弱く、このままでは街が滅んでしまうことを危惧した。それはいけない。故に前線で猛威を振るう銀鎌を潰した。


「キュル」


 樹海の霧鹿は管理者だ。管理者は森を守らねばならない。

 そして、森と街は共存しているのが管理者の共通の考えだ。人の想いが魔素を生むのだから、人がいなければ魔素は枯渇する。魔素が枯渇すれば森は朽ちてしまうだろう。魔物も、忌みも、全ての起源は人間だ。


 しかし、森に火を放ったのも人間である。理屈ではなく感情で語るならば、霧鹿は今すぐにでも街を潰してしまいたかった。それができないのは霧鹿が管理者であるから。銀鎌が管理者に足る力を持っていながら、認められなかったのもこれが理由だ。


「また化け物が現れやがったか……」


 霧鹿の前に槍を携えた戦士が立った。管理者からすれば矮小な存在だ。それは男も分かっているだろうに、彼は悠然として槍を構える。男の後ろに立つ戦士達も、皆が同じような顔をしていた。樹海の霧鹿という明確で強大な敵を前に、怯むことなく剣を向ける者である。


「キュル――」


 森を燃やしたのは人間だ。しかし、人間の街は必要だ。嘆かわしいことに、それらを調整し管理するのが霧鹿の役目だ。


 街は潰さない。だが、何の報復もしないというのは霧鹿の矜持が許さない。故に、()()()()()痛手を与えることにしよう、と霧鹿は決めた。街の人間は殺す。街を襲う魔物も殺す。そして、誰もいなくなった街に人が住み着くように誘導する。それが彼の思い描く未来予想図。管理者の責務と若干の八つ当たりを抱いて樹海の霧鹿は吠える。




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