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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第一章 人を知る
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第十八話 ビザーレ・サーカス団

 

 人間達は龍を知らない。お伽噺に出てくる幻の存在。願いを叶える神様だとか、魔物を束ねる魔王だとか、色んな呼ばれ方をしている。


 化け物は知らない。街は常に移り行く。当人の思惑なんて関係なく、気がつけば追いて行かれてしまう。昨日隣にいた奴が今日はいない。神隠しなんてよくあること。


 無知は罪だ。それは人も化け物も変わらない。


 ◯


 天に轟くファンファーレ。踊り子達が舞い、道化がおどけて客を惹く。大陸屈指のビザーレ・サーカス団はトーカス中層部にて開催された。幾重にも重なったサーカステントは、その口を大きく開けて客を待つ。ここから先は別世界だ。一夜の夢を楽しむために大人も子供もチケットを握りしめる。中層部は普段のトーカスとは別種の熱気に包まれていた。


「わぁ、楽しみだね!」

「私はサーカスを見るのは初めてだけど、ミリィは見たことがあるの?」

「私も初めて!」


 既にサーカステントの前は長蛇の列が出来上がっていた。並ぶ人々の顔はみな、夢見る子供のようにキラキラとしている。始まりの合図は日暮れと同時だ。高揚する周囲の空気につられてティアも胸の高まりを隠せないでいた。


「見てあれ!」


 ヒュー、と火の玉が打ち上がった。赤い軌跡を残しながら天高く昇り、やがて心地よい破裂音と共に周囲を照らした。サーカスの始まりを告げる花火だ。歓声が上がり、列は少しずつ動き出す。


「凄い……」

「うん!」


 仮面越しに見えた夜空の閃光はとても美しかった。花火の残光が名残惜しそうに夜空へ消える。これが見られただけでも、来た甲斐があったとティアは思う。森にいた頃は空を見上げることすらしなかった。大樹に覆われた空を美しいと思うこともなかった。人間は街の空も彩ることができるようだ。


「あれ、ティアさんじゃないですか」

「うん?」


 花火に見惚れる二人へ声がかかる。振り返った先には二人の防人(さきもり)。ピルエットとアディだ。劇団の警備をしているのだろう。日暮れだというのにご苦労なことである。

 アディは相変わらず静かな男だ。ピルエットの隣でただ仏教面をしている。果たして今日は一言でも喋るのだろうか。ティアは喋らないに賭けた。


「やっぱり。こんばんはー」

「こんばんは。ピルエットさん達もサーカスを見に来たのですか?」

「いえ、私達は仕事ですよ。ビザーレは規模がでかいので人手が足らないんです。私はお二人とゆっくり喋っていたいんですけど……」

「……仕事だ」

「だそうなので、お先に失礼します。ビザーレを楽しんで下さいねー」


 そう言って二人はテントの中へ入っていった。仕事なのだから当然だが、この長蛇の列を並ばなくていいのは少し羨ましい。

 列は少しずつ亀の歩きを進める。ようやく列が入り口の近くまで進むと、二人の道化が向かい合うように立っていた。客は彼らの前でチケットを差し出している。券を受け取った道化は、かたかたと芝居がかった動きで客を笑わせた。


「お姉ちゃん、あのピエロは喋らないの?」

「そうだね。ピエロは身動きだけで表現をするらしいよ」


 パフォーマンスをしていた道化とはまた別の人だろう。それぞれ異なった化粧をしており、ティアを担当したのは怒った顔の道化であった。前にならって券を取り出す。よく見ると他の人達とは色や装飾が違っていた。ティアのチケットは金で縁取られている。ミリィが特別に用意してくれたのかもしれない。あとでもう一度感謝しよう、とティアは思った。

 チケットを渡すと、怒り顔の道化はおどけて見せた。顔に似合わず滑稽な動きをする道化に、ティアは思わずクスリと笑ってしまう。


 “ありがとう”と感謝の言葉を掛けて奥へ進んだ。一瞬道化と目が合った気がしたが、偽りのメイクは真実の顔を隠してしまう。唯一、嘘をつかないはずの瞳は何も語らない。何となく違和感を感じたが、立ち止まるわけにはいかなかった。


 ティアは夢の世界へ誘われる。


 ◯


 紅いカーテンの奥はまさに別世界だ。扇状に広がったステージには黒い幕が降ろされ、観客席は次々に埋まっていく。伝染する熱気と高まる期待。始まる前から観客席は興奮した空気に包まれる。いかにビザーレ・サーカス団が人気かは一目瞭然だ。


 天井は闇に覆われて見えず、幾重にも重なったテントが外の風景を遮断する。宙をぷかぷかと浮かぶ光球が優しい明かりで観客を照らした。全て魔法が織り成す神秘の世界。多彩な魔法によってビザーレは独自の世界観を繰り広げる。


「凄い人!」

「これだけ広い観客席も全部埋まっちゃったなぁ。流石大陸一を誇るだけはある」


 目に映るは人、人、人。どの人も格好を見れば裕福であることが分かる。ティア達が座っているのは観客席の中でも前の方、ステージがよく見える位置だ。富豪向けに用意された特等席である。普段なら感じるはずの視線も、今日だけは違った。今の彼らにとって、不気味な仮面を付けた人物など眼中にないのだ。



 やがてステージの黒幕が上がった。観客席のざわめきがスッと静かになり、皆一様にステージを見つめた。ステージに上がるは一人の道化だ。受付の道化ではなく、外でパフォーマンスをしていた道化である。輝かしい金髪をオールバックにした彼は白い顔に笑顔を張り付けていた。頭に被ったシルクハットを前に回して一礼すると、観客席から大きな拍手が沸き上がる。


「お待たせしました。今宵はビザーレにお集まり頂きありがとうございます」


 彼の声は低く、穏やか。道化に似つかわしくない声だが、不思議と人々の耳によく通った。喋らない道化が唯一声を発する場である。彼は笑顔のまま続けた。


「私はビザーレ・サーカス団の道化が一人、パルテッタでございます。我々が提供するのは一夜の夢。今夜だけは俗世を忘れ、本能のままにお楽しみください」


 パルテッタはステージから見渡した。数百の視線を浴びながらも、彼は緊張した素振りを見せず堂々としている。あの瞳にはどんな景色が映っているのだろうか。張り付いた笑顔の奥には黄金(こがね)色の光が見えた。


「あのピエロは喋るのね」

「彼は特別みたいだ。さ、舞台が始まりそうだよ」


 ミリィとささやき声で話す。壇上(だんじょう)のピエロが大きく手を広げた。


「夜は長い。しかも今宵は名月です。美しい夜の下、我らビザーレが未知の世界をお見せしましょう。では、前口上はこの辺りで――」


 彼の合図と共に、ステージの両脇から花火が吹き出した。燃え上がった炎は、パルテッタの頭上で華やかに踊る。綺麗な魔法だ。人々はワァッと声を上げた。弾けとんだ火の粉は、やがて小さな光となって彼らの頭上に星の海を創る。


「ミリィ」

「うん?」


 ミリィが顔を向けた。ふわりと銀髪が舞い、くりっとした瞳がティアを見つめる。


「今日はありがとう。最高の一日になりそうだよ」


 その言葉を聞いて、ミリィはにっこりと笑った。やがて舞台が動き出す。道化が生んだビザーレ劇団がトーカスの地を震わせる。ここには嘘しかない。道化が笑っているのも嘘、白化粧が笑顔を作っているだけ。名月も嘘、今宵の月は三日月だ。嘘ばっかりの世界。しかし、観客はそれらが嘘だと理解した上で楽しむ。


 一夜の夢が始まった。




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