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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第四章 人に準ずる
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第百七十五話 天才の起源

 

 カルブラットの案内で街の各所を巡ったジルベールは、流石に疲れたような表情をしていた。もちろん楽しかったのは事実である。一般人は近寄りもしないような裏街道は見て回るだけで心が踊った。


 歩き慣れた様子のカルブラットが何者なのか気になったが、問い質すようなことはしなかった。彼が誰であろうとジルベールにとってはどうでもいい。ただ案内人としてトーカスという街を見せてくれれば満足である。


 気が済むまで街を歩き、あっという間に日暮れとなった。心はもっと街を探索したいと叫んでいるのだが、残念ながらジルベールの足は限界である。娘のユースティアもいつの間にか父の背中で眠っていた。傾いた夕日に照らされる街は、昼間と違った印象を抱かせる。


「俺の屋敷に泊まるといい。今から宿を探しても時間がかかるだろう?」

「いいのか?」

「広い屋敷だ、別に構わんさ。それにお前の話も聞きたいからな」

「ぜひ泊まってください。私達だけでは持て余していますから」


 遠慮を知らぬジルベールにとっては願ってもない申し出だ。なにせ人の流通が激しいトーカスはとにかく宿が多い。まさに玉石混交。中には法外な値段を要求する宿も少なくないため、帰る金を失った旅人がそのまま居着いてしまうことも珍しくないといわれている。


 その日の晩、カルブラットが有数貴族だと知ったジルベールは驚愕した。



「ジルベール! 私と遊んで!」

「僕は忙しいんだ。まだ行ったことのない場所が沢山あるのだから、ユースティアと遊んでいる暇はない」

「じゃあ私も一緒に行く!」

「……ユースティアだって暇ではないだろう? 今日は作法の勉強があると聞いているぞ」

「そんなもの抜け出すわ!」


 あとでカルブラットに文句を言われそうだと思いながらも、ジルベールは少女の手を引いた。何だかんだで自分も遊びたいようだ。故郷では研究詰めだったが故に、誰かと遊んだ思い出はほとんどない。たまに話しかけてくれる同年代の女の子もいたが、次の日には何故か避けられるようになった。フィズは「気にしなくていいのよ」と慰めてくれたが、ジルベールは自分に魅力がないのだと落ち込んだものだ。


 ジルベールとユースティアはすぐに仲良くなった。ユースティアも遊ぶ相手がいないらしく、ジルベールと通ずる部分があったのだ。カルブラットが案内してくれたのは旅人が喜ぶような名所が中心だったが、ユースティアはもっと庶民的な場所を勧めてくれた。庶民的といっても、多種多様な文化が雑多に混ざり合う光景は十分に刺激的だ。ジルベールが目を輝かせたのはいうまでもない。


「ユースティア……一応聞くけれど、貴族の娘がどうして路地裏の市場に詳しいんだい?」

「私の遊び場だからだよ?」

「ふむ、僕としたことが馬鹿な質問をしたようだ」

「ジルベールは馬鹿なの?」

「やかましい」


 おでこを指で弾かれたユースティアは不満気な顔をした。


「お父様にも打たれたことがないのに」

「そんな大袈裟な。というか君は一体どんな生活をしているんだ?」

「毎日お屋敷で勉強よ! 作法とか、ダンスとか、それから――」

「屋敷の抜け出し方とか?」

「気がついたら外にいるの。きっと妖精に連れていかれるのだわ」

「物好きな妖精もいるものだ」

「むぅー……」


 頬を膨らませる少女にジルベールは笑った。冗談だと頭を撫でればすぐに笑顔になる。ユースティは見上げるような視線でジルベールに尋ねた。


「ジルベールは研究者?」

「そうだよ。トーカスからずっと西の方にある街で暮らしている。材料を集めに街の外へ行くことも多いかな」

「いいなぁ。私もお外の世界に行ってみたい」

「ユースティアはあまり外へ出ないのか?」

「お父様が許してくれないの。本当は私、外を冒険してみたいのに」

「貴族の娘では難しいだろうね。でも、そうだな、僕の研究を手伝うって名目なら連れ出せるかもしれない」

「本当!? じゃあ、地下に広がる花畑とか、水の中で暮らす人々の街とか行ってみたい!」

「ハハッ、そんなものが実在するなら僕も行ってみたいね」


 ジルベールが屈んで同じ目線にすると、珍しく真面目な表情を向けた。



「僕も君もまだ子供だから、今すぐには無理だ。でも、いずれ僕が君に世界を見せてあげよう。こんな狭い世界ではなくて、もっと広大な、神秘の果てにまで連れて行ってみせる。だから、それまでは我慢だよ」

「でも、それっていつなの?」

「僕が実力を認められて、独り立ちが出来るようになってからかな」

「えー、まだまだ先じゃない」

「ふん、僕に任せればあっという間さ。一年……二年……まぁ数年の辛抱だね。それまでは僕が外の世界を聞かせてあげる。君が知らないこと――未知を集めよう。そして、いつか君が大きくなったら一緒に外の世界へ冒険をしようか」

「本当に!? またお話を聞かせてくれるの!?」

「あぁ、もちろんさ。だって――」


 ジルベールの碧眼(へきがん)が太陽に反射した。ユースティアは、彼の瞳を通して世界を見た。ただの錯覚、そしてジルベールが見せてくれる未来。


「僕は未知の探求者だからね」


 少年は声高々に宣言をした。


 ○


 トーカスから帰還したジルベールは、息をつく間もなく長老達に呼び出された。向かう先はローベンスタッドの星見塔、その最上階に近い場所だ。普段は式典などに使われる広間には名だたる長老が集まっていた。入室したジルベールは形式上の挨拶をし、空いている席に座る。


「ご足労感謝する。まずは星神様に祈りを捧げようではないか。今日、皆が集まれたのも星の導きによるものだ。我らを見守りし天主、主は我らに恵みを与え給う。かの聖寵に我らは感謝奉り――」


 円形の広間で大長老が祈りを捧げる。毎度ながら長ったらしいものだ、と心の中で悪態をつきながら、ジルベールは両手を前に組んだ。彼に信仰心なんてものはない。敬虔なふりをしながら次の研究について考えているほどである。


 祈りが終わった後は大長老による授与式が行われた。功績をあげた者から順に大長老の前で跪き、主より賜った名誉ある名が与えられるのだ。順番はすぐに回り、ジルベールは広間の中央へ進んだ。


「其方に、夜と生きる者・レーベンの名を与える。我らがローベンスタッドに更なる貢献を期待しよう」

「……ありがとうございます」


 大長老から貰った名は、ジルベールにとって首輪のように感じた。逃げないように繋ぎ止める鎖だ。神童と持てはやされた自分を他都市に渡さまいと、それらしい理由をつけているだけである。

 全くもって馬鹿馬鹿しい、とジルベールは少年でありながら思った。有能な人間がより適した環境へ移ろうとするのは当然だ。他都市を恐れて首輪をつけるなんて愚かである。自分はこうなってはいけない、と頭を下げながら決意した。



 式典が終わたジルベールが研究室に戻ると、部屋にはフィズが待っていた。ジルベールが名を貰ったことが嬉しいようだ。満面の笑みを隠そうともせずにジルベールへ近寄った。


「ふふん、あの頑固頭達もついにジルを認める気になったわね」

「そんなわけないだろ。俺がトーカスに行ったのを聞きつけた爺どもが、焦って首輪を用意しただけだ。と言っても、俺には必要ないものだがな。どうせこの街に長居するつもりはない」

「ん? それってつまり……」

「あぁ」


 ジルベールは一拍空けた。


「ローベンスタッドを出るぞ」


 周りに聞かれていないか警戒しながら言った。そもそも警戒しなければならないのが変な話だが。彼の言葉を聞いたフィズが不安そうに見つめてくる。


「……フィズも来るか?」


 フィズの顔がパァーッと華やいだ。仕方ないから付いて行ってあげる、と言いながらも彼女の頬は緩んでいる。普段は淑女然とした彼女にしては珍しい表情だ。

 フィズと一緒ならローベンスタッドを出る日もそう遠くないだろう。ジルベールがそう安心した時である。


「ちなみにジル」

「なんだ?」

「あなたの服から女の香りがするんだけど、どういうこと?」

「……は?」


 ジルベールは唖然と口を開けた。




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