第百六十九話 翻弄される者達
将棋倒しのように倒れたゴーレムの下敷きになって、一人の騎士が死んだ。地面から突然現れたゴーレムに噛みつかれた女術師は両足を失い、やがて地中に引き摺り込まれた。またある者は粗末な剣を扱ったことで武器を砕かれ、なす術もなく地に伏した。
しかし、ただ土くれに蹂躙されているわけではない。阿鼻叫喚の光景が広がる中、逆に彼らを狩る者もいる。経験豊富な戦士は地形を利用しながらゴーレムに囲まれないよう立ち回った。孤立しないよう仲間と協力し、着々とゴーレムの数を減らしていく。咄嗟の判断は経験によって培われるものだ。甘い話に釣られた実力不足の戦士がふるいにかけられた。
もしも、ここが樹海の中でなければ、もしくは、ゴーレムが地中から現れるようなことがなければ、犠牲者はもっと少なかっただろう。戦士団の陣形を嘲笑うように四方八方から襲撃され、泥沼な状況が繰り広げられた。
「孤立するな! 出来る限り固まって背後を取られないようにしろ!!」
「無茶を言うなよエルカルト! 奴ら、地面から急に現れるんだぜ!?」
「なら下を注意しながら戦え!!」
「だから無茶だって言ってんだろ!」
エルカルトが中央に立って指示を出し、仲間を庇うようにリーリーが弓を穿つ。ノルマンの大棍棒がゴーレムの頭を粉砕し、ビスケットが悲鳴を上げながらちょこまかと逃げ回る。一人を除く全ての戦士がゴーレムに立ち向かうが、圧倒的な数の暴力にじわじわと仲間が倒れていった。
あまりに手痛い森の洗礼にエルカルトは不安を覚えた。本当に踏み入って良かったのか。自分たちは取り返しのつかない場所に来てしまったのではないか。不利な状況に陥るほど不安は大きくなるばかりであった。森を越えた先に何があるのか分からない。犠牲に見合う価値が本当に眠っているのかも分からない。彼らはただ、天才と怪物の狂気に踊らされているだけかもしれない。
「右、出過ぎだ!! チッ、中央後方で新しいゴーレム発生、気をつけろ!!」
「矢が足りなくなるぜっ、いくら何でも多過ぎだろう!?」
「ゴーレム……魔物……俺が倒す!」
「頑張れノルマン〜、その調子で私を守って!」
「戦えビスケットォォ!!」
幾つもの怒号と、同じだけの数の悲鳴が戦場に響いた。
戦士団が奮闘をする一方で、前方を進むカルブラット達もまたゴーレムの襲撃に遭っていた。もっとも、現れた瞬間にジルベールの魔法によって撃ち抜かれるため被害は少ない。無傷とまではいかずとも多くの傀儡兵が生存した。
(戦士団の練度が低い……有志の集団はこんなものか。しかし、あまり数を減らされるのも困るな)
カルブラットは傀儡兵に指示を出すと、最低限の兵士だけ残して戦士団の援護に向かわせた。傀儡兵は強力だが数が少ないのだ。故に貴重な戦力である。戦士団をみすみす死なせるわけにはいかないが、傀儡兵を失うのはもっとまずい。判断は迅速に。決断は慎重に。
「ジルベールは前を抑えろ。他の傀儡兵は後方へ、魔法で援護をしてやれ」
「……」
返事はない。されど彼らは期待通りの成果を出してくれる。傀儡兵は魔法省の天才が生み出した傑作だ。正確にいうなれば、ジルベールとフィズの合作だ。抑えの効かない二人の欲望が彼らを生んだ。二度と常人に戻れぬ哀れな兵士たち。そこに意思はなく、大義名分もない。用意された台本をこなすだけの人形たちである。
傀儡兵は後方へ向かった。戦士団と土くれが入り乱れる地獄へ。足取りは不確かに、相貌はぼんやりと。されど歩みに迷いはない。
○
傀儡兵が参戦したことで、戦士団は僅かに持ちなおした。色とりどりの魔法が飛び交う。それだけで戦況を覆す。魔術師とはそれだけ強力な人材なのである。後方から機械的な挙動で魔球を生み出す彼らに戦士団は感謝の意を表した。
「……魔法はやはり偉大。悔しい」
「悔しい? ノルマンは魔法を使いたいのか?」
「違う。一つの魔法が戦場を支配出来てしまうことが、悔しい」
「それは仕方のないことでしょ。私だって魔法が使えたらいいのになーと思うけれど、無いものをねだっても意味がないわ。生まれ持った武器で戦うしかないのよ」
「それは正しい。でも、古い考え。新興都市では新たな発明をした。魔術師に打ち勝つための、新しい武器」
「えっ、その話すっごく気になるんだけど、ここで言うの? もう少し落ち着いたところで聞きたいわ」
ノルマンは身丈ほどありそうな棍棒を振り回しながら語る。自分に言い聞かせるように、新興都市がいかに素晴らしいかを説くのだ。戦場に嵐が巻き起こった。中心に立つのは大男。新興都市が生んだ戦士である。
「新興都市は強い! 新たな発明が湯水の如く生まれ、俺たちの未来を照らしてくれる!」
「それは心強いわ。ちょうど今、その魔物に襲われているんだけどね!」
ビスケットが屈んだ上を、破壊の棍棒が振り抜いた。鉄と土くれが衝突し、人間が生み出したとは思えない衝撃が走る。押し出された空気が波となった。衝撃波が辺りの土くれを吹き飛ばす。彼がノルマン。新興都市から昇る綺羅星。頭上で起きた規格外な破壊に、ビスケットは目を丸くした。
「俺は、森の資源を求めて来た! ここに眠る未知の資源があればもっと強固な都市を作れる! 栄誉なんていらない。魔物や他都市の脅威に怯えることのない平穏が欲しい!」
殺意が込められた棍棒は一度に二匹のゴーレムを屠り、吹き飛んだ屍が他のゴーレムを巻き込んだ。更に地面から這い出ようとしたゴーレムの頭を潰すと、巨躯の男は天高々に咆哮する。彼が武力。力こそが正義だ。ノルマンの活躍に戦士団の面々が沸いた。
「いい顔するじゃん、彼。俺も狩人の血が騒ぐってもんよ」
「防人に欲しいな」
「うちの用心棒に雇いたいわね」
「お前ら勧誘する前にやることやれよ!」
ノルマンはその大きな体格も相まって大いに目立った。彼に追随するように幾人もの戦士が雄叫びを上げながら突貫する。下がり続けていた士気がここにきて盛り返し、ゴーレムを駆逐せんとばかりに次々と打ち砕いた。
「ノルマンに続け! 一気に叩き潰すぞ!!」
「ゴーレムを押し返せ!」
「倒した数は覚えておけよ! 後で手柄になるからな!」
空気が変われば戦場が変わる。傷ついた戦士に治療薬を与えながらビスケットは安堵の息を吐いた。一時は混乱に陥った戦士団も冷静さを取り戻し、何とか乗り越えられそうだと周囲を見渡す。
砕かれたゴーレムの核がそこら中で魔素を放出していた。人の想いが魔素を生み、ゴーレムが魔素を喰らうならば、ゴーレムの魔素もまた人の想いの結晶である。行き場を失った魔素は宙に溶け、やがて腹を空かせた聖霊の餌になるか、もしくは忌みとなって誰かの心を蝕むか。どちらにせよ、滞留した魔素が森の空気を冷たくする。やがて霧のようになって戦士団を覆った。
「これで最後だ!」
ノルマンが最後の一匹を叩き潰した。同時に、戦士たちが大きな歓声を上げた。鋭敏な感性を持つリーリーも安心したような表情を浮かべ、構えていた弓を背中に戻す。辺りには大量の核が転がっており、傷の浅い者は我先にと拾い集めた。ゴーレムの核は高値で売買される貴重な素材だ。戦いが終わったばかりだというのに警戒心のない彼らをエルカルトは呆れたように見つめた。
だが人よ、気を抜くな。森には魔素を好む猿が住む。彼らは狡猾で、俊敏で、そして何よりも残忍だ。霧の中を風の如く駆け回り、たとえ霧が無くとも自ら生み出すことで幻想世界を形成する小さき魔物。
彼らは人間という種族が嫌いだ。大嫌いだ。故に、もしも人間が森に侵襲したならば、彼らは明確な殺意を持って歓迎するだろう。意思なきゴーレムとは異なる知恵と力、魔物が恐れられる所以たる魔素の力を使って侵入者を排除するに違いない。
「ウォォォォオオ――」
大棍棒を振りかざして勝ち鬨を上げるノルマン、その首がぬるりとずれた。目は見開いたまま。何が起きたのかもわからぬ表情で、新興都市の戦士は地面に顔をつける。最初に異変に気が付いたのはリーリーだ。彼の首元に立つ一匹の白い猿を見て、彼はわなわなと瞳を震わせた。
戦いは終わっていない。




