表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第三章 人を愛する
148/204

第百四十八話 ダンスは彼が教えてくれた

 

 復讐霊(レヴァナント)はその名の通り復讐心によって甦るのが普通だ。抱え込んだ想いが鎖となって彼らを縛り、復讐を果たすまで成仏出来ない悲しき魔物。劇団長パルテッタも、ファルメール家に対する憎しみで甦った亡霊である。

 彼らに比べるとシェルミーは特別な存在だった。憎しみではなく愛を抱いて甦った彼女を復讐霊(レヴァナント)とは呼べない。彼女を縛る鎖はパルテッタへの愛だけであり、不死者(アンデッド)を超え、復讐霊(レヴァナント)をも超越した死神と呼ばれる魔物の刃は、地を揺るがすほど重いのだ。


「敵の力量を見誤ったかい、隊長さんよ! それとも焦ったのかい!?」

「くっ、余裕そうだな死神!」

「先輩、右!!」

「あほか! 狙いはお前だ!」


 死神の一薙(ひとな)ぎは鉄をも砕く。咄嗟に受け止めきれないと判断したクォーツは避けようと左へ飛んだが、彼女の狙いは初めからピルエットであった。地面に突き立てた鋏を引き抜くと同時に、地を這うような瘴気がピルエットを襲った。「ひゃあ〜!」と情けない声を上げながら上空へ吹き飛ばされるピルエット。追撃とばかりに死神の刃が飛んでいく。


「人外じみた跳躍力ですね!」

「そりゃあ私は魔物だからさ! 君も人とは思えぬ膂力(りょりょく)だよ!」


 花園の空に火花が散った。空中で刃を切り結ぶ両者、その衝撃は大気を揺らす程だ。しかし、拮抗したのは一瞬であり、ピルエットの刃が弾かれた。


「落ちな!」


 破壊の権化がピルエットを叩き落とした。「うひゃあ〜!」と再び情けない声を上げながら、しかし華麗に着地を決めるピルエット。彼女もまた人並外れた身体能力を有している。


「おらぁ!!」


 シェルミーの着地を狙ってクォーツが刃を滑らせる。彼の剣は平凡だ。愚直に真っ直ぐ、ただ振り下ろすだけの凡人の剣。しかし、いくつもの修羅場を潜り抜けた彼の経験が、剣を振るうべきはここだと言っていた。


「そんな剣が通用するとでも!?」

「思わないさ、俺だけならな!」


 当然の如く防がれたクォーツの刃だが、無理な態勢で受け止めたシェルミーに小さな隙が生まれる。たった一瞬、凡人なれば隙とも分からぬ細き光。だが、王たる瞳を持った少女は僅かな隙も見逃さない。いつの間にか死神の背後を取ったミリィが、がら空きの背中に剣を突き立てた。


「私だって戦えるのよ!」

「ほう、やるねぇお嬢さん! 三年前の私なら、それも、通用しただろうさ!」


 されど、届かない。シェルミーが足元に鋏を突き立てると、彼女を囲うように瘴気が爆発した。可愛らしい悲鳴を上げながら吹き飛ばるミリィ。ギリギリ間に合ったピルエットが彼女を受け止めた。


 強い。強いとは分かっていたが、あまりにも埒外(らちがい)な暴力。調査隊の半数以上を失っているから、なんて言い訳は通用しないだろう。人と魔物の圧倒的な力量差がそこにはあった。苦悶の表情を浮かべるクォーツとピルエット。死神の力量を鑑みれば充分に善戦しているといえよう。そもそもが超越種。彼女こそが、亡霊の頂点。


「あぁ、パルテッタが泣いている。君達には聞こえないのかい、死してなお止まない彼らの泣き声が、君達は感じないのかい、彼らの怨嗟が、まだ死ぬなと言っている」


 シェルミーが言葉を紡ぐたびに、花園の温度がみるみる下がるようだった。身も凍るような寒気に身震いをし、ふと足元に目を向ければ、這うような冷気によって霜が降りていた。ここは良くない。ここは、あまりにも死に近すぎる。聞こえるはずのない幻聴が洞窟の空に木霊した。


「さぁ来なよ、共に踊ろうじゃないか。こう見えて私はダンスが得意なんだ」


 死神シェルミー。彼女はまだ、堕ちる。


 ○


(なんつう力だよっ、くそ!)


 死神の猛攻を受けるクォーツは焦っていた。堅実な彼は決して無茶をするタイプではない。それでもシェルミーを討つと豪語したのは、討てるという自信があったから、そして()()が駆けつけると信じていたから。


(早く来てくれよ、頼むから、早く!!)


 他力本願、それを恥と思う若さは捨てた。足止めが出来れば上出来だ。もしも英雄譚が語られるならば、アストレアやピルエットは煌々と輝く綺羅星で、自分は彼らのように輝くことが出来ないだろう。

 それでいいのだ。それで愛する者を守れるならば喜んで礎となろう。魔物だろうが悪魔であろうが、街を守れるならば何だって構わない。


(早く――)


 才無き男が剣を振るう。


 ○


 ピルエットも焦っていた。自分の刃が通じないのはまだいい。それだけならば、時間をかけることで勝機が生まれる可能性がある。問題なのは、死神が未だ底を見せていないことだ。


(まだ本気じゃない、本気を出すほどじゃないってことですか……嫌になりますね)


 死神の剣を避けられているのは、ほとんど直感に近いものだった。目では追えていない。ひりつくような死の気配を何度も感じた。しかし、判断力に関しては尊敬してる先輩が戦うと言ったのだ。だからここは退いてはいけない場面なのだ。


「一介の、班長には、荷が重いでしょ!!」


 若い頃は戦いが楽しいと思っていた。背負うものが増えるにつれて、戦いが苦しくなった。失うことが、怖くなった。積み上げたものが思っていたよりも高くなっていて、何とか崩すまいと奔走した。

 必要なのは暴力だ。他者を寄せ付けない圧倒的な力が必要だ。しかし、それは孤高の力だ。武に限らずあらゆる分野において、突き詰めた者はその誰もが孤独を愛し、何も積み上がらぬ恐怖と戦い、未来があるかも分からぬ道を選べた人間だ。少女は英雄となるか。少女にその覚悟はあるか。


 ピルエットは柄を握る手に力を込めた。彼女の血は温かい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ