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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第三章 人を愛する
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第百四十四話 苦渋の分かれ道

 

 地下で王の子と死神が出会い、はたまた頭上の土籠(つちごもり)で天才が虐殺を繰り広げた。同時に発生した二つの波は洞窟の壁を伝って魔物一行の元にまで届けられる。


「「……!」」


 ティアとロスヘルトが胸を(くすぶ)るような暗い気配を()()()のは同時であった。土籠を下っていた二人は立ち止まり、ティアは下を、ロスヘルトは上を見上げる。その瞳は見極めるように細く、そして真剣な眼差しをしていた。


「え、え? 二人ともどうしたんですか?」


 アンバーが訳もわからずに困惑するも、二人の顔は険しくなるばかりである。彼女達が見つめるのは洞窟のずっと奥、見えるはずもない暗闇の先だ。常人なら感じ取れない気配――つまるところ魔素の機敏を明確に感じ取っていた。


「まずいな」

「うん、まずいね」

「悪いが俺は上へ向かう。もっとも、間に合うかどうか分からないがな」

「……本当にそれでいいの? この気配は恐らく、前に対峙した“黒鋼(くろがね)”だよ。彼がいるってことはあの天才(ばか)もいるに違いないし、他にも歪な気配を感じる」

「それでもここは俺の故郷だ。一度は嫌で逃げ出した街だが、譲れないものだってあるさ」


 上から感じる黒鋼の気配が以前よりも強大になっていること、そしてロスヘルト一人で相手するには気配の数が多すぎることを二人は理解している。

 それでも、ロスヘルトの瞳からは不退転の覚悟が感じられた。流石のアンバーもこれが別れの時であることを察して押し黙る。一拍の空白、先に口を開いたのはティアだった。


「私は……下に行くよ。愛する妹を守ることが私の最優先だから、もしあなたが上に戻ると言っても一緒に戦うことができない。私はもう止まることも、止まっていられる時間も無いの」

「知っている。全て覚悟の上でお前に協力したのだから、こんな未来だって予想していた。どのみち、このまま前に進めば上と下で挟み撃ちになるだろう。誰かが後ろを止めなければならないんだ」


 二つの視線が交差する。路地裏から始まった少女と男の物語、ここが二人の分水嶺だ。気まぐれに始まった物語なのだから、幕引きだって唐突なものだろう。

 ミリィの守護者がティアならば、ティアの守護者は恐らくロスヘルトだった。路地裏で彼女の不敵な笑顔を見た瞬間から、彼はずっと守護者であった。その役目を終える時が来たのかもしれない。


「どうしようもないね、私は、中途半端に賢いからあなたを止められないって分かるし、それが最善策だってのも分かる」


 ティアが悲しそうな顔をした。


「泥沼の中で生きてきた俺には、こういう仕事がお似合いだ」

「ううん、そんなことない。学園でのロスヘルトは本当に楽しそうだったよ」

「あれは……そうだな、確かに楽しかったかもしれん。初めて教鞭を振るったが中々難しいものだった。それも、過去の話だがな」


 悠長に喋っていられる時間は既に残されておらず、急がねば上も下も手遅れになるだろう。土籠で欲望のままに虐殺するジルベール、そして地底の花園にて待ち受けるシェルミー、どちらも放っておくことは出来ない。


「ロスヘルト、ちょっと屈んでくれる?」


 怪訝な顔でロスヘルトは片膝をついた。背の高い彼が丁度ティアと同じ目線になると、彼女はロスヘルトのもじゃもじゃな前髪をたくし上げ、彼の額に口づけを落とした。ロスヘルトが驚いたように目を丸くする。そんなに大きく目を開けられたんだと場違いな感想を抱いてしまうほどだ。


「とある街のおまじない。忠誠を誓う騎士にはおでこにキスをして無事を祈るんだ。あなたが黒鋼を討ち、ジルベールも倒して帰ってくると信じている。私を守ってくれるんでしょ?」


 彼女はいつの日か路地裏で見た時と同じ笑顔を浮かべた。燐螢花(りんけいか)に淡く照らされた彼女は相変わらず不敵な様子で、でも悲しみを押し殺しすように瞳が揺れていて、それがどうしようもなく美しかった。後悔を積み重ねて生きてきたロスヘルトだが、彼女を守ると誓った事だけは心から正しかったと思うことができる。


「あぁ、お前を一人にすると危なっかしいからな。ララとアンバーだけでは持て余すに違いない」

「一人じゃないよ。抗い続ける者は、次元を越えた先の『いつか』で繋がっている。だから、どんな結末になろうとも遅かれ早かれ再会するよ。たとえ道を失っても、二度と会えなくても、私達は確かにこの街で戦った。私達の生きた炎がこの街を熱く燃やすんだ」

「……まるで俺が負けるみたいな言い方だな。俺は死ぬつもりなんて全く無いぞ」

「それなら生きて戻ってきてよ。そしてまた一緒に街を散策するんだ。落ち着いたら花屋をもう一度始めたいなぁ。名前もちゃんと考えて、新しく花を集めて……その時はロスヘルトも店番をするんだよ?」

「花人が花を売るのか、同族に笑われそうだな。だが、それも面白そうだ」


 ロスヘルトが意を決したように立ち上がった。


「あいつのことは任せたぞ、ララ」

「キキッ、任せろ。あいつの隣はオレの特等席だからナ」


 ロスヘルトが背後へ翻す。どす黒い暗闇と対峙する彼の背中は、以前見た時の何倍も大きく映った。無骨な長剣を携えた男は土籠の闇へ駆け出した。幼い頃にトーカスを夢見て通ったこの道を、今度は大切な少女を守るために走る。彼の足取りには一片の迷いもなく、瞳には未来が照らされ、背中からは溢れんばかりの自信が感じられた。

 名も無き男が新たなる境地へ到達する。赤く滾るような覇気は『たった一つ』を守るために全てを投げ出した者の証だ。遠くなる背中を見送ったティアは小さく溢した。


「また、寂しくなるね。パルテッタさんも、マリエッタさんも、ナナシも、皆居なくなっちゃう。強がってあんなこと言っちゃったけれど、やっぱり別れは寂しいなぁ」

「……行くゾ。少し長く話しすぎたかもしれん」

「そうだね、行こっか。もう一人の友人が待っている場所へ」


 ティアもまた常人成らざる覇気を纏って花畑に踏み入った。彼女のオーラは白。清廉潔白を表す白は孤独と呼ぶにはあまりにも寂しい。沢山の人と触れ合い、魔素という名の想いを喰らい続けた彼女の体は、ぐちゃぐちゃになってしまいそうなほど壊れていた。それでも立ち止まれないというのだから、彼女もとっくの昔に狂っていたのだろう。




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