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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第三章 人を愛する
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第百三十話 今ならここも美しい

 

 地下に広がる花の街アースガルタ、その特異な慣習は留まることを知らなかった。


「おや、つぼみが咲いたよ」

「本当ね、お婆ちゃん。綺麗で似合ってるわ」

「カッカッ、そうかい。この歳になっても花を着飾れるのは地下の特権さね」


 老婆の体からまた一つ花が咲いた。徐々に増える小さな花弁は、命の残り火を表しているかのようだ。地下に暮らす人々はそれを美しいという。


(……)


 綺麗なのか?


 その疑問を心の中に留めたミリィは、自分を褒めてあげたいと思った。自分と彼女達とでは立場も経緯も違うのだ。地下街にとっての異分子はむしろミリィである。

 そんな考え事をしていると、老婆がミリィに話しかけてきた。


「探し物は見つかったのかい?」

「探し物?」

「おや、違ったかい。こんな最果てまで来るものだから、何かを探しているのかと思ったよ。観光に来るにはいささか味気ない場所だろう」

「あなたも何か探しているのかしら?」

「カッカッ、私はもう見つかったよ」


 老婆は地面を指差した。


「安らかな死に場所さ」


 ミリィは言葉を発せなかった。未だに人生経験の浅い彼女には、何と言えば良いのか分からなかったのだ。そんなミリィの雰囲気を老婆は察した。


「困らせる気は無かったんだが、すまないね」

「そんなことは……」

「私は老い先が短い身だから気にしなくていいよ。アースガルタに同情は不要。おまえさん達も今だけはこの街の住人だ。ここの慣習に習うといいさ」


 それだけ言うと老婆は去っていった。丸まった肩に花をいくつも咲かせながら、土籠(つちごもり)の外、仄かな光が集う暗闇へ消えていく。

 老婆が去ったあと、今度は花目の女性が口を開いた。


「私にも昔は大切な人がいました」


 おもむろに始まったのは彼女の昔話だ。右目に咲いた花を軽く触れて、まるで恋人を思い出すように優しく撫でた。


「あの人はファルス教の敬虔な信徒だった。私はそんなあの人が大好きで、布教活動のためにトーカスの街を回って……でも、ある日、彼は花に包まれて死んでいた」


 やはり人生経験が浅いミリィ、花目にかける言葉が見つからなかった。容易く共感できるような悲しみならば彼女はここに居ないだろう。求めているのは同情でない。慰めでも励ましでもない。


「ここにいると幸せな夢が見られるのですよ。探しても見つからないあの人と出会える。最下層の花が叶わぬ願いを叶えてくれるのです。なんて素敵なことだと思いませんか?」


 熱に浮かされたような表情で彼女は言った。いつの間にか周囲には何人もの花人が集まっていて、彼らはただじっと見守るように、ミリィの周りを囲んでいた。見渡す限り花という花。きっとここに人間はいない。


 花の街アースガルタ。そこは行き場を失った者が集う最期の場所だ。


 ○


 下層部を抜ける三つの影があった。人混みを避けて細い抜け道を通り、小川にかけられた橋から下層部の底を見渡して。ぐちゃぐちゃな、けれど独自の文化によって灰色に彩られた街並みは、ティアにある種の美しさを感じさせた。


「この街の雰囲気も少し変わったね」

「以前よりも活気があるナ。表街道が少し広がった気がするゾ」

「その反面、下層部のスラムも拡大してますけどね。今じゃ下層部の四分の一が貧民街ですよ」

「改革に置いていかれた人達かなぁ。かわいそうだけど仕方ないね。変化に順応する努力を怠り、誰かの救いを待つだけの彼らは等しく怠惰だよ。昨日の価値が今日、明日には無価値になっているかもしれないのに、思考を放棄して獣のように暮らすんだ」


 貧民街の人々は今日も今日とて屑漁りだ。たまに流れる鉄屑の中から貴金属の欠片を探し、換金したところでその日の飯にもありつけない金を宝物のように抱き締める。生活環境に気を配る余裕すらないのだから、貧民街はどこも酷い腐敗臭がした。


「たまにね、昔の常連さんを貧民街で見かけるんだ。目の色をすっかり変えちゃってさ」

「あぁ、花屋の頃の話ですか」

「アンバーは知っているんだ」

「ジルベール様から聞いてますよ。私はあなたの情報を集めるために雇われていましたし」

「なるほどナ。そしてオレ達に捕まったわけダ」

「むぅ、そういうことです」


 アンバーはぷくーっと頬を膨らませた。それを突っついて遊ぶララ。仲が良さそうで何よりである。

 実際に街を歩いていると、かつての常連に出会うことは多々あった。ティアに気がつく者はいなかったが、中には雰囲気を感じ取ったように振り返る者もいる。

 彼らは家族に話すのだろう。あの街角にあった綺麗な花屋はどうなったのだろう、と。いや、そんな会話をする気力すら残って無いのかもしれない。


 店をやっていた頃を思い出し、若干の寂しさを感じたティアは、気持ちを切り替えるように頭を振った。


「発展しているように見えるけど、実はもう限界がきているよ」

「この街が、ってことですか?」

「うん。増えすぎた人口、行き場の無い人々が最下層に追いやられる。カルブラットが何を考えているのか知らないけど、もうすぐ爆発するんじゃないかな」


 眼下に目を向ければ川に入って屑漁りをする男性と目があった。見るなと叫ぶような鋭い目で睨み返す男性も、かつては表街道で名を馳せた好青年だ。あの瞳に含まれた感情はきっと死ぬまで理解出来ないだろう。淀んだ後姿を流し目で見ながら、ティアは言葉を続けた。


「もしも彼らの不満が溜まりきった時、矛先はどこに向かうだろうね」

「そりゃあカルブラット様じゃないですか?」

「そこで収まればいいけれど……」


 収まらなかった時が怖いのだ。

 ティアは急かされるように歩を早めた。時間がない。街も人も自分自身も、誰も彼もが焦っている。




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