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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第三章 人を愛する
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第百十八話 才女の特別講義

 

 二人の友人が各々の動きを見せる中、ミリィはとある講師のもとを訪ねていた。西棟の最上階、学園を見下ろすような開き窓のある一室。沢山の薬品が綺麗に整頓された部屋で彼女は待っていた。


「待っていたわ。あなたとは一度話してみたかったのよ」


 肩ほどで揃えた金髪の女性がミリィを出迎えた。彼女の名はフィズ・コーペンハット。魔法省の才女と謳われる研究者であり、シェーナ学園に勤める講師の一人だ。紺色のローブを羽織った彼女はミリィを歓迎した。


「今日はありがとうございます。私もフィズさんとは話してみたかったですよ」

「あら、嬉しいわ。天下のファルメール家からそう言ってもらえるなんて」

「コーペンハット家も歴史ある家でしょう。それにトーカスは王が移り変わる街。王の血に価値はありません。ファルメール家は今代はお父様が街を治めていますが、次代がどうなるかなんて分かりませんよ」

「でもあなたは玉座を狙っているのでしょう?」


 ミリィは肯定の意を笑顔で返した。


 庶民の出であるロスヘルトと違ってフィズは貴族の人間だ。しかもジルベールと縁が深く、魔法省の中でも特に名の知れた人物である。ミリィの口調も丁寧になるというものだ。


「それで何を聞きたいのかしら?」

「最下層の花と墜落者について。正直なところ、魔法省は何か掴んでいるのではないですか?」

「最下層ねぇ。まぁ知っていることもあるけど知らないこともある、ってところかしら」


 ちなみにフィズは中立派だと言われている。魔法省と防人の間をのらりくらりと彷徨っているため、こういった情報をスラスラと話してくれる。しかし、逆にこちらの情報も広まってしまうため扱いが難しい人物だ。


「そもそも、最下層なんてものは昔からあったのよ。最近になって急に話題になったのは街の人が増えたから。つまり最下層へ墜ちる者が増えたってことね」

「昔というと?」

「ずっと昔よ。トーカスができる前からあると思われるわ」

「最下層は人の手で作られたわけじゃないってことですか?」

「最下層の全貌を知らないけれど、あれほどの規模を人の手で掘るなんて不可能よ。まぁ時間をかければ可能かもしれないけどね。でも……」

「そんな手間のかかることをする王はいない」

「そういうこと」


 フィズは本棚に立てられた大量の資料から一つ抜きだした。少し古びた資料をペラペラとめくりながら、フィズ・コーペンハットの特別講義が始まる。


「最下層はかつて地中で形成された巨大な洞窟だと思われるわ。それがやがて地上と繋がり、下層に住むスラムの人々が洞窟に住み着いた」

「それが最下層の始まりですか」

「そうね。日の光を捨てた人々が集う最下層の地下街……トーカスの七不思議なんて言われてたりするわ」

「わざわざ最下層に住むのは何故でしょうか。暮らすだけなら下層スラムでも十分だと思いますが」

「それは私にも分からないけど、理由なんて人それぞれじゃない? 日の下で暮らせなくなった。最下層の暮らしが魅力的なものだった。もしくは今とは違う場所に行きたかった。あなたは、ここではない何処かに行きたいと思ったことないかしら?」

「昔は思っていましたが、今は思わないです」


 私もよ、とフィズは笑った。才女にも色々な事情があるのだろう。彼女は机に飾ってあった花瓶の花を手に取った。生けられていたのはかつて落楼草(らくろうそう)と呼ばれた花だ。


「最下層に魔物がいるかは不明だけど、あまり心配する必要はないと思うわ」

「人が生活している以上、危険な魔物はいないはずですからね」

「その通り。最下層は未知の領域だけど魔物の心配をする必要はない。でもそのかわりに、花が咲く」


 フィズの細い指が花弁を弾いた。ふわりと鼻腔をくすぐったのは落楼草(らくろうそう)の懐かしい香りだ。


「不思議ですよね。人の体から花が咲くなんて」

「私達研究者にとっては不思議でもなんでもないわ」

「?」

「あら、知らない?」


 ――人は死ぬと美しい花を咲かせるのよ。


 彼女があまりにも当たり前のように言うものだから、ミリィの体は無意識のうちに震えた。人は理解を越えた現象や物事に恐怖を覚えるらしい。



「ふふ、冗談よ」

「……信じましたよ」

「ごめんなさい。でも、その可能性は大いにあるわ。魔法省がかつて微睡みの森に調査を行ったのは知っている方かしら?」

「生還者はわずか数名。生き残った者も数日後には全員が亡くなった聞いています」

「実はその話に続きがあるのよ。それから何日も経ったある日、研究のために保管していた彼らの体からは綺麗な花が咲いたわ。命を吸い取ったように彼らの死体を苗床にしてね」

「そんなことが……」

「事実よ。今でもその花は魔法省で慎重に研究されている。そういえば数年前に、似たような花が市場に出回ったことがあったわね」


 あれこそ出所が分からなくて不思議だったわ、とフィズは言った。ミリィは脳裏に幽玄草を思い浮かべた。あの花が全て白かったのは、森に横たわるゴーレムの亡骸から生まれたからかもしれない。


「人の想いが集まって魔素が生まれるなら、人の残滓が花になることだってありえるわ。人から生まれた魔素が人に害を及ぼすのもおかしな話だけどね」

「トーカスの葬儀が水葬というのも関係しているかもしれませんね。水の都は死人の体を川に送るから、人の体から花が咲くのを私達は知らないとか」

「推測の域を越えないけれどそうかもね。他の街では聞いたことがないから、やはり霧が影響しているのかしら……」


 そうそう、とフィズは思い出したように口を開いた。


「少し話が逸れるけれど、魔法省では今とある研究を行っているの」

「……私に話してもいいのですか?」

「別にいいわよ。あれは()にしか出来ない研究だから」


 ミリィは落楼草(らくろうそう)とは違う香りを感じた。これは恋する女の香りだ。年頃の乙女であるミリィはそういった香りに敏感であった。


「ジルが主導で行っている研究があるのだけど、それがどうやら終わりそうなのよ」

「ジル……ジルベール卿ですか。かの天才は何を研究されているのです?」

「そう、その天才。彼はついに霧を克服する方法を見つけたの。まだ試験中だけど、私達が死の霧を越える日は近いわよ」


 フィズもまた未知の探求者の一人。研究について語る彼女の瞳には炎があった。開かれた瞳孔の奥に見え隠れする深みの炎。人の深み、世界の深み、もしくは未知の深み。彼女もまたジルベールに連なる人間である。


「何度も失敗を重ねた結果、ようやく成功が見えてきたわ。きっと()()による実験が功を奏したのね。人の想いが魔素を生み出すならば、魔素が集まった時に人はどうなるか。興味深いわ」


 “彼、凄いでしょ”とフィズは笑った。ジルベールは素晴らしい研究をしている。それは世のため人のためになる。

 少なくともフィズはそう思っているのだ。


「一つ心配なのは、ジルの体が未だに包帯まみれなことだわ。三年前の傷がまだ癒えていないのかしら」


 フィズは心配そうに眉をひそめた。美しい女性は顔をしかめても美しいらしい。


 人は誰しも秘密を抱え、見たくない真実を世界から抹消する。目を閉じて、耳を塞いで、無自覚の幸せを日常と思いながら生きている。いつかそれに気付く日が来るとしても、それは目を背けた結果でしかないのだ。




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