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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第三章 人を愛する
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第百十四話 笑う者達

 

 アストレアが去った後、部屋にはモーリン分隊長とシュルベルク班長が残った。


「私は彼女を気に入ったぞ。あの威風堂々とした立ち居振舞いは中々のものだった」

「彼女はうちの班でも特に優秀ですから。此度の任務も問題無いでしょう」

「一等兵に留まる人材では無いと思うのだがな」

「昇進を望まぬ珍しい防人ですね」


 二人の和やかな会話が続く。内心ではどんな考えを巡らせているのか、本人にしか分からない。表面上は仲の良い上官と部下の関係であった。


「此度の任務によって、シュルベルク班長は分隊長への昇進が決定したそうだぞ」

「それは本当ですか?」

「それだけ切り裂き魔に頭を悩ませられていたのだろう。これもアストレア一等兵の活躍のおかげかもしれんな」

「なるほど……優秀な部下を持つことができて幸いです」


 急な昇進にシュルベルクは驚いた。もしかしたらエルカルト隊長の力添えがあったのかもしれない。後程、手土産を用意して挨拶に行くべきであろう。


 エルカルト隊長とフィーリン隊長の派閥争いは徐々に激しくなっていた。自分に協力的な隊員を昇進させて、派閥の強化を狙う二隊長。その結果として未熟な分隊長が急増し、防人の腐敗を進めてしまった。

 組織の腐敗よりも明日の我が身である。自分勝手な人間達が防人という組織を腐らせた。腐敗の先に何が待つのか、未来を見据える隊員は少なかった。


「空席である大隊長の地位にエルカルト隊長が就任すれば、空いた隊長の枠を分隊長が争うことになる。昇進が決まったお主も私の敵になるというわけだな」

「お手柔らかにお願いしますよ。私はまだまだ未熟者ですから」

「ハッハッハ、どの口が言うのやら。年季の差を見せてやるわ」


 豪快に笑うモーリン分隊長をシュルベルク班長は冷たく見据えた。顔こそ笑顔だが目は全く笑っていない。そのことにモーリンが気付く様子もない。


(肥え太った豚など相手ではない。むしろ他の分隊長の方が厄介だろうな)


 エルカルト派の筆頭といえば数名の顔が思い浮かぶ。一番の障害は彼と懇意なライナー分隊長だろうか。フィーリンの義娘のピルエット班長も昇進が近いと聞く。どちらにせよ早めに動かなければならないだろう。


 シュルベルクは隊長になった自分の姿を夢想して笑うのだった。


 〇


 防人本部には連絡事項が張り出される掲示板が立てられている。防人内外の出来事や今後の方針等を共有するものだが、その中にひと際目立つ張り紙があった。危険かつ重要な任務を表す赤色の依頼書には、クォーツ隊長の名義で内容が記されている。


「最下層の調査任務を行う。日時は未定。調査期間も未定。目的地の危険度も未定である。途中で離脱することは不可能であり、調査隊に加わる隊員には同意書への署名が必要。同行者はクォーツ隊長、ピルエット班長、及びアストレア一等兵。残り一名の同行者を募る」


 張り紙の内容を興味深そうに読み上げる少女がいた。軽く癖のある髪が腰ほどまであり、利発そうな瞳がくりくりと輝いた。依頼書を眺めながら頷いたり首を傾げたり。どうやら悩んでいる様子の少女に別の隊員が声をかけた。


「アンバーじゃないか。まさかその依頼を受けるつもりか?」

「そのつもりですけど、駄目ですか?」

「止めておいた方がいいぜ。クォーツ隊長といえばフィーリン派の人間だ。ただでさえ派閥争いが激化しているのに、そんな依頼を受けたらエルカルト派から睨まれるぞ。調査内容だって不明なものばかりだ。手を出さないのが賢明だぜ」

「ふーん、なるほど。面白そうですね」

「おい、俺の話を聞いていたのか? まさか報酬金につられて言ってるんじゃないだろうな? 確かに赤の依頼書は巨額の報酬が用意されるが、それだけ危険があるってことだぞ?」

「私はそんな安い女じゃありませんー。ご忠告ありがとうございます。が、私はこれを受けますよ!」

「はぁ……俺は止めたからな。どうなっても知らねーぞ」


 去っていく同僚の後ろ姿にアンバーは舌を出した。こんな美味しい依頼が転がっているのに受けない理由がないのだ。最下層に向かうのは正直言うと嫌だが、隊長がいるのであれば話が別だ。うまく取り入ってもらえば昇進間違いなし。ジルベールに報告するネタにもなるため一石二鳥だ。

 おまけに同行者の二人は防人でも有数の腕利きである。

 ピルエット班長といえば三年前の襲撃戦で活躍した隊員の一人だ。事情があって班長の地位に収まっているが、本来なら分隊長でもおかしくない人物である。アストレア一等兵は言わずもがな。

 魔法省のスパイとして暗躍する彼女にとって、この依頼を見過ごすわけにはいかなかった。


「ふふん。私もようやくツキが回ってきましたかね~」


 ご機嫌な様子で依頼書を剥がすと、跳ねるようにクォーツ隊長の元へ消えた。




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