六夜 行き詰まる捜査
前回のあらすじ「進化する都市伝説」
―その日の夕方「警察署」―
「おとり……か。でも、それは無理だろう?」
「ダメですかね?夜パソコンの前で作業をして……自分を餌に相手に来てもらうんです!」
「却下だ。そもそもそんな危険な事をさせられるか」
部長からダメだしをもらってしまう。
「ただ……お前の言う事も分かる」
「なら、それに近い方法で何か作戦を?」
「そうだな……とりあえずはそんな勝手な事はするなよ。刑事である以上は命を懸ける事もあるが、こんな右も左も分からないままで部下を投げ出すなんて事は俺が許さん。いいな」
「分かりました。失礼します」
私はため息を吐きつつ、自分の席に戻る。
「いい案だと思ったのにな……」
「部長の言う通りだっつの」
小見先輩がカップを私の前に出す。
「まだ、相手がどんなやつなのか絞れていない。そもそもあんな騒動を起こす方法も分からないんだぞ。あまりにもリスキーだ」
「護身術とかいざとなれば拳銃を……」
「バロー!それでもなんだよ。よくある命懸けの捜査っていうのは事前に念入りな下準備と捜査をして、いよいよ犯人を捕まえるぞ!って時が命を懸ける時なんだよ」
「捕まえる時だけですか?」
「そうだ。そもそも命を粗末にする警察官が、市民の安全を守って欲しいと思うか?」
「それは……」
それで自分は守られるかもしれない。しかし、そのせいで死なれたら気分が悪いに決まっている。自己中心的な人なら、それが警察の仕事だろう!とか言うのだろうけど……私には無理だ。
「ちょっと……」
「だろう?だから犯人とどうしても直接会うことになる逮捕時が一番気を引き締めないといけないんだよ。それ以外は……ほどほどがいいんだ」
そう言って、小見先輩は自分のコップに口をつける。私も釣られて淹れてもらったコーヒーを飲む。
「すいませんでした」
「分かればいい。……それであのマスターから何か助言を貰えたのか?」
「小見先輩の言うオカルト系なら」
「だ・か・ら!そんな訳が無いだろう!ったく!」
小見先輩はそのまま一気にカップの中を飲み干した。
「分かってますよー。ただ、もし実在する人が起こしているとしたらかなりの愉快犯とは」
「まあ。そう言うな普通は」
「……犯人の目的って本当に何なんでしょうね?」
「藪から棒にどうした?いきなり過ぎだろう?」
「だってこんな手間のかかるやり方ですよ?何かメッセージがあるのかなって」
「メッセージか……」
「そもそも、この事件、単独犯なんっすかね」
小見先輩と話していたら、そこに体育会系の同僚がやってくる。
「そこはお前と同意だ。こんな手の込んだ事をするんだ一人とは考えにくい」
「小見先輩が言うなら間違いなさそうっすね。でも……変なトラックとかワゴンとかの目撃情報が無いんですよね」
「何でワゴンにトラック?」
「それはっすね……まずは実行犯!これがいないと殺人なんて出来ないっすよね?その次にその人がネットをやっているか確認する人物。今までの犯行で被害者の直前の行動がネットをやっていたことをリアルタイムで分からないと待つことになるっす」
「それなら二人だから一般の車両で十分じゃないのか?」
「あの上半身が粉々になった被害者っすよ。あんなの特別な機材が無いと無理と思って調べたっす」
「なるほどな」
「でも……他社のパソコンをリアルタイムで調べるにはウィルスだったり専用のソフトをインストールとかしないと無理ですよね?」
「はい。そこも確認してるんですが……鑑識からは何も発見できなかったと、もしかしたら監視カメラ的な物も考えたんっすけど……」
「見つからなかった……か」
「はいっす……」
そう言って同僚が椅子に座って、肘を机に当てて頬杖をついた。
「でも、そうしないとネットをやっている人物を襲うなんて芸当出来ないと思うっすよね」
「そうだな……」
2週間感覚で2~4日連続で犯行を犯し、しかも犯行に及ぶ人物は全員、ネットを見ていたという共通点……さらに犯人は人の上半身を粉々に出来る……いるのかな?そんな人が?
「そういえば佐々木」
「はい?」
「終業時間だ。今日は大人しく帰れ」
「え?」
「しらばっくれるな。お前が残って、この事件を調べてるのは分かってるんだ。しっかり休んで頭の中をスッキリさせろ」
「で、でも……先日の事件から2週間で」
「先回り出来るのか?」
「……出来ません」
「お前の気持ちは分かる。かと言って、悔しいが犯人を待ち伏せにすることは出来ない。ならしっかり体も頭も休めてこい」
「……分かりました。それじゃあお先に失礼します」
「おお。お疲れさん」
私はそのまま傘を出し外に出る。近頃の天気は雨ばっかりで嫌になってくる……。
「コインランドリーに行こうかな……」
溜まった洗濯物を片づけようと思った私は足早に警察署を後にするのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―深夜「パーキングエリアに止めている車の中での話」動画配信者たちの視点―
「ほ、本当にやるのか?」
「当たり前だろう?それに何も起きねえって」
「そうそう!だってい僕達、移動してるんだよ?どうやってヤルっていうのさ?」
「それはそうなんだが……」
「いいか?俺達が売れるには少し危険な事をしないといけないんだよ。まあ安全は確保するけどな」
「あ~!分かったって!じゃあ行くぞ!」
「おう!安全運転でな!」
「じゃあ始めるよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌日「警察署」―
昨日の夜まで降っていた雨は上がり、スッキリとした空が広がっていた。
「おはようございま~す!」
「おう……おはよう」
部屋に入ると、そこには元気のない小見先輩が。というより不機嫌そう?
「小見先輩?どうかしたんですか?」
「ああ……これだこれ。全くバカなことを……」
「これ?」
パソコンを眺めると動画が再生されている。
「(はい!今回の検証は~~~……本当にメリーさんが来るかどうかで~~す!!)」
「……はあ~!?」
「(この移動する車内の中でメリーさんが現れるのか検証しま~す!!拍手ー!!)」
「拍手ー!!……じゃないですよ!!」
「お前の言いたいことは分かる。全く……」
小見先輩が頭を軽くかいている。死人が出ているこの事件の犯人を挑発するなんて、なんて馬鹿な事をしているのかということだろう。
「それでこれどうするんですか?」
「本当なら注意をしたいんだが……どこにいるか分からないしな。それに事件性も無い」
「そうですが……」
「二人共、ほっとけ」
声がして後ろを振り返ると、そこには部長がいた。
「おはようございます部長」
「ああ、おはよう。ゆっくり休めたか?」
「はい」
「そうか。今日は被害者本人ではなく、その家族の周りでトラブルが起きていないか調べてくれ。お前達はこの2人を頼む」
「分かりました部長」
そう言って、小見先輩が立ち上がる。
「部長……これ。いいんですか?」
「事件解決が優先だからな。これが遅くなれば市民から文句が出るのは当然だ」
「これも文句の一つということですか」
「そういう事だ。それに……」
「それに?」
「危険を知って、それをやるような奴をわざわざ助ける必要は無い。こっちには危険と知って怯えている大勢の市民を守るのが優先だ。だからこれに関しては自己責任でもある。だから気にするな」
「は、はい!」
「ということで!この二人の捜査頼んだぞ!」
「「はい!!それでは行ってきます!」」
部長に私達は挨拶して部屋を後にするのだった。この後に起きる大惨事を知らずに。