十夜 真相へ
前回のあらすじ「メリーさんに遭遇」
―「警察署」―
「バカヤロー!」
朝、部長に昨日の夜の事を話したら大声で怒鳴られた後に鉄拳制裁が入る。
「いた~~!!痛いじゃないですか!!しかも女性に暴力なんて!」
「大馬鹿をやったんだ。これくらいは当然だ!それともこの前の被害者みたいに頭を捻じ切られたかったのか?」
「いいえ……そんな趣味はありません」
「前にも言ったが、命をそう簡単に張るような真似は止めろ。そんなのを癖にされては上司としてはたまったもんじゃないし、今回は運が良かっただけで次はどんな目に合うか分からないからな?」
そう言って部長が鋭い目つきで私を見る。
「……すいませんでした」
私はその鋭い眼光に何の言い訳もせずに頭を下げた。メリーさんに実際あった時よりこっちの方がよっぽど怖い気がする。
「まあ、叱るのはこれ位にしといてやる。メリーさん本人から情報も聞けたようだしな」
「ええ。まあ……」
「どんな内容か話せ」
「分かりました」
部長に言われて、部屋に集まった同僚全員に昨日の事を話す。何人かは首を傾げたり、嘘だろう?と疑うような目で私を見てくる。
「お前、寝落ちして夢を見たんじゃないか?」
私を嘘つきで見てくる一人に小見先輩もいる。
「しっかり起きてましたよ!寝ていません!」
「でも、乙女チック過ぎるだろう?そんな話をどう信じようと……」
「あら?私は信じるわよ?」
部屋に久美さんが入ってくる。
「あなたが朝早く持ってきた髪を分析したけど恐らく同一人物……じゃなくて人形になりそうよ」
「それは本当か?」
「ええ。由紀ちゃんの言う通り彼女は実際にメリーさんに遭遇してるわ」
同僚達からざわめきが聞こえる。
「となると人形が本当にひとりでに動いて、人間に危害を加えてるってことか?」
「さっき廊下で聴いた由紀ちゃんの証言通りなら間違いないわね」
「そんなの信じら……」
「まあ、納得っすね」
体育会系の同僚が納得した表情で頷いている。
「いや?なに納得してるんだよ?幽霊だぞ?そんな……」
「でも、相手がそんな存在だとなれば今までの犯行方法が普通では無いのも納得だしな」
「千葉さんもか?」
「2週間以内にメリーさんを探さないと佐々木の身が危ないんだろう?だったら、こいつを信じて捜すべきだと思うぞ?」
「でも、どうやって?」
「……メリーさんが言ってた言葉に嘘は無いと思うんです」
「どうしてだ佐々木?」
「会話してて嘘を付いている雰囲気が全くなかったんです。メリーさんが殺しを遊びと言った時さえも……」
「それは人形だからだろう?」
「小見。落ち着け。とりあえず佐々木の話をまとめるぞ」
部長がそう言って、一度全員の話を止めさせる。その後、部長に言われて再度、メリーさんとの会話を今度はゆっくりと話をする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―1時間後―
「話をまとめると、今回の事件の首謀者はメリーさんという人形。そしてその持ち主であるヤヨイという人物はすでに死んでいると思われる!」
「そして、一緒にいたメリーさんは遊ぶ相手がいなくなったために何らかの方法でネットの繋がる他人の家に忍び込み事件を起こしている。そしてメリーさんに殺人を遊びと教えた何者かがいる……?」
「とりあえず事態の収拾するにはメリーさんを発見して捕らえることが優先ですね。そして肝心のメリーさんの今の居場所ですが……」
「大きな揺れ……震災のことですね。となると隠れた狭い場所というのは冷蔵庫みたいな場所ですかね。ヤヨイという女性は子供……ですかね?」
「もしかしたら人形店の女店主って可能性もありますよ。津波から逃げようとして飲食店や漁港なんかで使う大型の業務用冷蔵庫に緊急避難した可能性もありますから」
「あの子っていってましたよ?」
「佐々木。お前が見たその人形が百年単位の年代物のアンティークとかなら大体はあの子扱いだろう?」
「あ、なるほど。というより小見先輩しっかり考えてくれたんですね」
「常識を捨てて、大真面目に考えたよ……ったく。とにかく冷蔵庫のような密閉性の高い場所に避難、津波の被害には一時的には助かったが、その後、冷蔵庫から脱出できずに窒息、または衰弱を起こして死んだと考えられるというところですか…部長?」
「だな……となると海沿いか?」
「それだとかなり広いですね。下手すると島に打ち上げられてたり……いや?海の中の可能性も?」
同僚の一人が地図を持ってきて皆が見える位置で広げる。
「……今回の事件は県内のみで発生している」
部長が事件のあった場所に赤ペンでバツ印をつける。他の同僚もそれに続けて印をつけていく。すると意外な事実が分かる。
「この海岸辺りが怪しいですね。この海岸から円形状に広がってる感じです」
「それでも広いな……しかも島も含んでるぞ?」
「そこには地元の警察署と協力して不審な物が無いか調べましょう」
「よし!皆!今回の事件の犯人は人では無い可能性がある。中には戸惑う者もいると思う。しかし、中にはこのような事件も少なからずある!今回のこの事件はその例として捜査して欲しい!そしてこれ以上の犠牲者を出さない!いいか!」
「「「「はい!」」」」
大きな返事をして全員がそれぞれ動き出す。
「佐々木。俺達は海岸辺りで聞き込みだ。この数か月の間に不審な物が起こったり見つかっていないか訊くぞ!」
「はい!」
私は小見先輩と一緒に部屋を後にするのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「車内」―
「全く……無茶しやがって」
「だからすいませんって」
「それで済むか……ったく」
車に乗って海沿いの道に出るまで、ずっと愚痴を言われる。途中までは親身になって聴いていたが、あまりにも長いので窓の外を眺めてやり過ごそうとする。
「おい。聞いてるのか?」
「聞いてますよ……」
震災のせいで荒れた海岸、町並みを眺める。あの頃は倒壊した建物の瓦礫や流された船が地面に転がっていた。キレイになった町並み……あの時から時間がかなり経ったことを思い知らされる。
「……お前の母ちゃんでべそ」
「聞いてますよ」
「聞いてねえだろ!」
小見先輩にほっぺを引っ張られる。
「いたっー!何をするんですか?しかも運転中ですよ!」
「聞いてねえからだろう!……で、何を考えてるんだ?次の標的がお前になったからか?」
「いいえ……キレイになったなと思って」
再び私は窓へと視線を移す。
「お前この辺りに住んでいたのか?」
「いいえ。ただ、こことは違う海沿いの町ですけど住んでましたよ」
「なら被害に遭ったのか?」
「その時は親の都合で市内に引っ越しして直接の被害はなかったですよ」
「それってつまり間接的に被害には遭ったってことだろう」
そう訊かれた私は一度小見先輩を見ると、運転に注意しながらもこちらに視線を向けている。別に隠すことも無いのでそのまま話す。
「幼馴染がのまれました。一度、避難したのに忘れ物を取りにって……」
「……変な事を訊いてすまなかった」
「いいえ。私なんてまだ優しい方ですよ。もっとつらい目に遭った方々もいますから……」
「そうか」
「それから毎年、あの子のお墓の前に行って花を手向けてるんです。玲香、花が大好きでしたから。今年はどんな花を送ろうかな……」
「その前にお前があっちに行きかねないだろう」
「ふふ。そうですね……もしかしてメリーさんもあの日の被害者なのかもしれないですね」
「……かもな。ただ、それでも俺は捕まえるぞ。遊びで殺しなんてされてたまるか」
「ですね」
小見先輩はそう言って黙って車を走らせる。先ほどから見ていた外の景色が再び海に代わると漁船が穏やかな海を走っている。
あの日……幼馴染が心配になった私は両親に頼んで、住んでいた地元に車を走らせてもらった。時間はかかったが何とか近くまで来れた私はそこから徒歩で瓦礫などで荒れた町を歩いた。そこで玲香のおばさんに会って……そして、玲香が津波にのまれたこと知った。それを知った後に悲しい気持ちで見たあの濁った海を忘れたことは無い。
信号機で車が停まった振動で意識があの頃から現在に戻る。するとその近くに防波堤に止まった海鳥が
見えた。海鳥が空へと飛び立ちあの海へと向かっていく……この海にあの頃の面影はない。
「玲香のやつ……バカなんだから……」
忘れ物……思い出の写真が詰まった携帯電話。それを取りに行ってのまれるなんて。
「本当に……」
今さら何を言っても遅く……そして、この世にいない幼馴染を思いながら私は愚痴をこぼすのだった。