未知
緑、緑、緑。
草、木、地面。
···茶色か。
野草を収穫し、
彼の住んでいた町をもう一度見るために、
青年は山を登る。
正直それほど高くはない。
だから登り下りすることは大して苦痛ではない。
何せ山に囲まれた町に住んでいたのだ。
登山や木登りを彼の人生で苦痛に感じたことは無い。
小鳥がさえずり、
虫が飛び交い、
草木が揺れる。
木漏れ日に照らされ、
所々に咲く花を視界に山を登っていく。
なんと平和なことだろう···。
究極生命体ヤルダ。
どこかの研究者が作りだし、
生みの親を殺し増殖したヤルダは、
やがて本能のままに世界へと進行を始めた。
奴らの存在がなければ、
今彼の味わっている平和はもっと広く美しいものだっただろう。
ほんの少し前までは、
彼にとって実感の湧かないものだった。
人を喰らう?
人工物や生命を腐敗させる?
紫色の大地?
身体を分裂して増殖する?
なんだその化け物は。
今でも実感が湧かない。
この山を登っていると更に夢だったんじゃないかと思えてくる。
あの宙に浮く少女や半分が腐敗した町が、
たった一晩の夢だったんじゃないかと。
彼は逃げた先の町で会話した男に放たれた言葉に意地で反抗したものの、
少しずつ心が揺らいでいた。
全て夢であってくれればいいのに。
そんなことを考えている内に、
目的の場所に辿り着いた。
山の頂上、
町を見下ろせる少し大きな岩の手前に、
彼は着いた。
「よっこらしょっと···」
岩に手をかけ、
飛び上がりながら足を乗せ、
滑らないように身体全てを岩の上に乗せる。
仁王立ちのような体制をとり、
手でおでこの辺りにひさしを形取り、
町を見下ろす。
「············おいおい、なんだよそれ!」
青年は慌てて岩を飛び降り山を下った。
彼の視線に映ったのは、
小さな人間と白い翼の生えた人間のようなものだった。
「ちょっと···なによこれ···」
ハミィは自分の見たものが信じられず、
後ずさって見つめるしか無かった。
人間にしては大きすぎるその体躯。
赤い血管の浮き出た白い肌。
大人が何人も抱き込めそうな巨大な翼。
金色の長い髪が風に流れ揺らぐ。
血管に流れる赤い血液が脈を打つ。
細く美しい肌や胸に浮き出る筋肉。
一糸まとわぬそれは中性だった。
目を閉じ宙に浮くそれは、
まるで神話の天使を彷彿とさせる。
しかし、
赤い血管が物語っていた。
ヤツらの特徴そのものだった。
「こいつ···ヤルダ···なの···?」
ハミィが剣を握る手に力を込め、
ゆっくり正面へ突きつけていく。
(なんで人間の姿なんかに···こんなやつ聞いたことすらない···)
切っ先がヤルダに向き、
警戒するハミィが姿勢を整えた時、
それは起こった。
キィィィィィィィィィイン。
「ちょっ!?やばい!!」
翼を広げ慌ててハミィが空へ飛ぶ。
そしてヤルダを中心に、
視界が真っ白に包まれた。
「ぁぐ···っ」
猛烈な勢いの爆発。
規模そのものはさして大きくないものの、
飛び上がったハミィの翼と背を焼く程度には強力な威力。
魔力が巡っている彼女の身体を焼くほどの威力。
それはきっと、
かつて戦争に使われていた核兵器よりも危険な熱量。
地形が抉れ、
周囲のものが吹き飛び、
残った半分の町すら焼き払い、
山々に引火し、
巨大な黒煙と炎が残った。
ハミィは翼と背に魔力を多く流し、
回復をしつつ上昇していく。
身体ごと振り向いたハミィが、
焼かれた背を守りながら、
ヤルダから視線を離さないようにする。
依然としてヤルダは目を閉じ、
頭ごと下ををむいたままだ。
口は閉じられ、
腕はぶら下がり、
足もぶら下がっている。
翼で少しでも浮いていなければ倒れた姿勢のままなのだろう。
翼が今の軸となっているようだ。
(なんなのあれ···今までのと格が違いすぎる···背中痛い!)
涙目になってきた。
仲間···シルフ達を呼ぼうにも、
無線機を持ってきていない。
だからといってこいつをほっといて片道30分程も飛んで戻る訳にもいかない。
「あーもう!なんなのよもー!」
次に動き出す前に、仕留める!
覚悟を決め、
ハミィが空から地上へ、
ヤルダ目掛けて急降下し···
「え···!?」
翼を翻し、
ヤルダから少し離れた、
焼き払われた町の残骸が散らばる方へ飛ぶ。
1人の青年が、
そこにいた。