精霊
「今なら間に合うかな?」
「半分くらいなら間に合うんじゃないのー」
夕暮れ時、
夕日の照らす山々の中にある町を見下ろし、
宙に浮く2人の少女がいた。
その背に美しい白き翼を生やし、
巨大な剣を持った黒髪の少女。
そしてその背に赤と黒の手のような翼を生やし、
巨大な杖を持った赤髪の少女。
そして彼女らの見下ろす先に見えるのは、
町を徘徊し建物や草木を食い荒らす分裂し増殖した究極生命体ヤルダ。
赤髪の少女は、
ヤルダから目をそらさず杖を構える。
小さな右腕でヤルダ達に杖を向け、
左手を添える。
「バインド·ルークス·イルドラ·フィールド」
赤髪の少女が呪文を唱えきるその刹那、
ヤルダ達を囲うように4角の魔法陣が展開される。
赤く禍々しく光る魔法陣は足元からヤルダを照らし、
その陣の中に閉じ込める。
「ハミィ、存分に···暴れてきな!」
「了解シルフ!」
ハミィと呼ばれた黒髪の少女は翼を翻し、
巨大な剣を両腕で構えヤルダ達のいる陣の中に向けて滑空していく。
「はぁぁぁぁあ!!」
剣に宿る光が宙から地上へ、
流れ星のように迫る。
「消えてしまえええええ!!」
叫び声と共に地上に足をつけた瞬間、
目の前のヤルダの身体をハミィの剣が突き刺し、
身体を抜けた切っ先から白い魔光線を放った。
ぐぉぉぉぉと叫び声荒れ狂うヤルダ達に、
ハミィは次々と斬撃を決めていく。
首が飛び、
腕がちぎれ、
足が吹き飛び、
腹が抉られ、
様々な姿を持つヤルダが更に異様な姿へとハミィの剣によって変えられていく。
「はー···相変わらず凄いなー···」
杖を構えたシルフは感心した声をあげる。
「あの魔力と体力が他のことに使えたらモテるのにねー」
シルフの視線の先、
己の作り出した魔法陣の中でハミィが暴れヤルダが暴れ、
ヤルダ達のみが四肢をバラされ活動を停止させられていく。
何百もいるヤルダ達が数体に減ってきた頃、
シルフの耳についたヘッドホンから声が聞こえた。
「こちらネルル、状況を報告してください」
「はーい、こちらシルフ、いつも通りですよー」
ヘッドホンから聞こえた声の主、
ネルルはシルフやハミィ達が住む軍基地の作戦司令官だ。
司令官とは名ばかりの少女で、
軍基地にいると言っても、
少女たちは軍人ではない。
ただ頭がキレるという理由で指揮を任されているだけの少女だ。
「相変わらず雑な報告ですね、ちゃんと仕事してるんですか?」
不機嫌な声が聞こえる。
「してますよーだ、もう終わっちゃうよ」
ふぅと吐息をつき、
シルフが構えを解く。
魔法陣が消え、
後にはハミィと紫色に汚染された町の半分が残る。
ヤルダは活動を停止すると空気に霧散してしまうため死体は残らない。
「こちらハミィ、任務完了。帰投します」
地上にいるハミィの声がヘッドホン越しに聞こえてくる。
「ご苦労さまでした、お気をつけてお戻りください」
ぶつっと無線が切れ、
辺りには風と葉の揺れる音だけが聞こえてくる。
夕日とは沈むのが早いもので、
既に辺りは真っ暗になり早いうちに登り切っていた月が山々や町を、
少女達を照らす。
「ハミィ!お疲れ様ー!かえろー!」
シルフの声に反応し、
ハミィがこちらを見上げてからゆっくりと上昇してきた。
「今日もこれで少しでも、世界が救われますように···」
ハミィの呟きは、
無人の町の空気に消えていく。
白く輝く巨大な翼。
魔力の供給を失い静かに眠る巨大な剣。
ハミィは思う。
一体いつになったら、
奴らは消えるのだろう。
上昇してくるハミィを見ながら、
シルフは思う。
いつになったら、
私達は戦わなくて済むのだろう。
赤く光る幻翼と、
魔力を溜め込み僅かな赤い光を放つ杖。
月明かりに照らされ美しく光る彼女たちは、
終わり無き戦いに身を投じ続ける。
今も昔も、
これからも···。