第三話ー嗚呼、姪の成長、妹の企み!-
-バタン-
開いた扉を一旦閉め直す。
まあ、なんだ。何事にも心の準備は必要だな、うん。隣にいるやよいも口をあんぐりしている。
「やよい、もう一度開けるぞっ!」
「う、うん。たまちゃん。」
やよいは何かに捕まっていないとこの現実を受け止められないという具合に、俺の服をギュッと掴んだ。
そして俺は何事もなかったかのように扉を開け直す。
「お兄様、お帰りなさいませ。」
そこには、この3年間で成長した少女の姿があった。長い髪も後ろで綺麗に整えられ(後で聞いた話だがギブソンタックというヘアスタイルらしい)、品のある着物を着たはづきは四つ指をつきながら玄関先でお辞儀をしていた。それは俺の心を掴むには十分な程美しい所作だった。このような感想を頂いたのが俺だけでないことを隣のやよいの姿が物語っている。
「はづき、なの、か?」
「はい。叔父様、お姉様、お帰りなさいませ。長い道中本当にお疲れさまでした。」
そう言って立ち上がるとはづきは俺たちの横をすり抜け、通路を空けた。
「どうぞ、早く中に入ってゆっくりなさって下さい。」
はづき、本当にはづきなの。あのはづ吉がこんな、はずは、ない!!絶対何か裏があるはず。そう思いながらやよいは横を優雅に通り抜ける妹を目にする。その時、はづきの目がチラっとやよいを捉える。そこには勝ち誇ったかのような、何とも言えない眼差しがあった。やっぱり、この子、昔と変わっていない。やよいは姉妹の直感でそう感じ取った。
「じゃ、じゃあ、部屋に入ろうか、やよい。」
「そうね、この場は取りあえず中に入りましょう。」
荷物をサッと預かったはづきは二人が先にリビングへ入るのを確認すると、荷物を華奢な体で運び入れながら密かに右拳でガッツポーズを作る。お姉ちゃん、これからが本当の勝負よ!この3年間、拓馬叔父様と引き裂かれた、私のこの想い、絶対に成就させてみせるわ。そんなことを思いながら、今後のことを想像しながらニヤニヤを抑えるはづきであった。
リビングのソファーに腰を下ろすとようやく俺は安堵した。そして、改めて部屋を見渡す。出国する前と違い、調和のとれたセンスの良いインテリアに囲まれていた。このセンスはやはり・・・。
「そう言えば、歌織さんは?」
お茶をテーブルに用意しながらはづきはその問いに答えた。
「歌織お姉様ならただ今買い物に出かけていらっしゃいます。」
「本日の夕食は期待してほしいとのことでした。さあ、お姉さまもそのようなところに、立たれてないでどうぞお座りください。」
とやよいのお茶を拓馬の向かいに置く。そしてはづきは自分のお茶を拓馬の横に置き、そのまま隣に腰かけた。
「はづき、ちょっと近くない!?」
「お姉様、はづきは3年間もお二人の傍を離れて暮らしておりました。それでも歌織お姉様と二人で帰りをお待ちしていたのです。とっても寂しかったのです。」
そう言いながらはづきは更に拓馬との間を詰め、そして胸を押し付けながら腕を絡めた。
「ちょっ、はづき!いい加減にしなさい。たまちゃんも迷惑しているじゃない!」
「まあまあ。はづきも寂しかったのだろうから。そのぐらい許してやろうよ、なっ!」
「たまちゃん、あまっ~い!甘々だわ!コンデンスミルクより甘いわっ!何で3年前はづきを日本に置いていったのか、ぜ~んぜん分かってな~い!」
「お姉様、はづきは変わりました。あれから反省して、歌織お姉様と何度も話し合い、そして生まれ変わりました。ですから、本当に、本当にっ・・・。グスン。」
「ほら、はづきも久しぶりに会えて嬉しかっただけなんだよ。な、やよい。」
「たまちゃんがそう言うなら、今は言わない、だけど・・・。」
俺は話題を変えようと、俺は二人の四月からの生活について話し始めた。
「そう言えば、二人とも今年から大学生と高校生か。本当に大きくなったな。俺も嬉しいよ。二人を引き取ってから、だいぶ経つけど、本当に二人とも綺麗になった。天国の兄さんもきっと喜んでいるな!」
「ちょっとたまちゃん、出合ってから何年かちゃんと覚えていてよね!あれから6年よっ、大事なことなんだから、しっかりしてよ。」
「そうそう、二人ともまだ小学生と中学生だったもんな。本当に時が経つのが早いなあ。」
「拓馬様、わたくしも今年の春からエリス女子大付属に通う女子高校生になります。後で制服姿をお見せいたしますね。日本の制服は久しぶりでしょうから、ぜひご堪能下さいませ!」
「お、おうっ。」
俺は更に押し付けられる姪の大きく成長した膨らみに戸惑いながらも、それを隠すようにお茶に手を伸ばした。
「そう言えば、お風呂を沸かしていたのでしたわ。宜しければお姉様、長旅の疲れを癒してきてください。その後に拓馬様もどうぞ。」
「ちょっ、ちょっと、それならたまちゃんから入ってもらった方が良いわ!ね、たまちゃん、日本のお風呂にたまには入りたいって言ってたわよね!」
「あ、そう言えば、そんなことも言ってた気が・・・。じゃあ、せっかくだからお言葉に甘えて。」
拓馬が浴室に向かう途中、はづきが事前に用意していたと思われる浴衣とタオルを手渡した。
「どうぞ、上がったらこちらにお着替えなさってください。」
「あ、ありがとう。何だか、本当にはづきは気が利くな。久しぶりの我が家だから助かるよ。」
ーバタンー
浴室のドアが閉まった後、一瞬の静寂が訪れた。
「そろそろ、本当のこと話したらどう?はづ吉。」
そう言って、やよいははづきの顔を見据える。
「そうですわね、拓馬様が湯浴みをしている間だけ、少しお話しましょ、お・ね・え・ちゃ・ん。」