ブログ中毒
時刻は午前零時。お風呂上がりにパソコンデスクに座ることが、最近の私の日課。パソコンと言っても、仕事ではなく三ヶ月前に開設したブログへの投稿だ。
私の名前は恵子だが、そこではミカと名乗っている。年齢の割には古めかしい名前であることが幼い頃からコンプレックスだったけれど、ここで知り合った人は誰一人としてそんなことは知らない。普段の自分から脱却できるという事実がとても魅力的で、私がブログの虜になるまでそう長い時間は掛からなかった。
インターネットが接続されるまで暫らく時間が掛かるので、この間私はコーヒーを一杯飲む。どんなコメントが来ているかを心待ちにしながら。
ネットとは、現代の仮面舞踏会だと私は思う。実年齢や性別、職業等のプロフィールを公開している人も数多くいるけれど、それが真実のものだという保障はどこにもない。まあ、それらは文面から読み取れることも多いけれども、ネットの中での自分を〈演じている〉人も中にはいるだろう。
それが危険だ、不安だと世間は騒ぎ立てるけれど、だからこそ楽しいのではないか。実生活――所謂〈リアル〉では、素性がまったく分からない相手と頻繁に遣り取りする機会はない。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけれど、そんな人間自体がそういないからだ。
サイトのマイページを開くと、真っ先にコメント一覧を見る。いつも訪問してくれる七人の読者からだ。
全員のコメントに返信するこの時間が私は一番好きだ。他のブロガーの読者よりは人数こそ少ないかもしれないけれど、これだけの人が見ず知らずの私に関心をもっていてくれていることは確か。
それが純粋に嬉しいと同時に、快感でもあった。昼間はありふれたOLである私を、見てくれている人達がこの世界にはいるのだ。いや、正確にはミカというネット上の人格を見ていると言うべきなのだろうけど。
今日は何を書こう。深酔いした課長の話でも面白おかしく書いてみようか。というか、この読者の中に課長本人がいたりしたら、それはそれで笑える。
『こんばんは! 今日は課の飲み会がありました! 二次会で課長がベロンベロンになっちゃて、もう大変――』
冷え切った室内にキーボードの音だけが響く。口角をあげてこの文章を打ちこんでいる私を誰も知らないと思うと――カフェインが効いてきたことも手伝っているのだろうか。私の気分は室内温度とは対照的に高揚していった。