H0「緋香里side」
私から見て、その人は普通より劣っていた。
悪くはないけど、親が養子として拾ってきたのだという。
母の考えだけなら有用かもしれないけれど、父も居たのであまり信用ならない。
その人がこっちを向くのだが、私の心を見透かすような目に対して
冷たく接することしかできなかった。
私が悪いけど、どうしてもその目を向けられると反射して冷たくしてしまう。
でも、凛はすぐに慣れて懐いた。
そういう所は敵わないな、とは思うけれどあの人が来てからおかしくなった。
凛が前よりしっかりするようになって、父の帰りが早くなった。
それがこの2か月のうちに変わったのだ。
あの人が来てからの出来事なのだから、そういうことなのだろう。
だから、私は父に言ったのだ。
「あの人は、なんなのですか」
そんなに冷たく言うつもりはなかった。
「そうか、お前は上手くいってないんだな」
と、父も見透かすように言うのだ。少し調子がくるってしまう。
「ま、まあ、上手くいってないのは事実ですが…」
「自分の目で確かめるんだ、おーい。■□」
「大声出さないでくれって!」
ダメだ、まだ、その名前は聞こえない。
その人は、頭をかきながら手に資料のようなものを掴んで降りてくる。
研究者だから、母に近いのだろうかと思ったが、方向性が違うらしい。
「お前、凛と緋香里と喧嘩してこい」
「「はい?」」
私も意味が分からず、変な声を出してしまった。
ちょっとめんどくさいけど…とぼやきながら、その人は聞き直した。
「あぁ、俺に障壁張らせて中で戦えってことだな」
「そうだ、お前がちゃんと実力を出さないから緋香里は違和感を抱いているし、
凛も違和感を拭おうとして、お前を知ろうとしている。
兄ならもっとしっかりしている所を見せるんだ」
ここまで素直に言われると悪いことをした気分になってしまう。
流石に言いすぎなのではないかと思った。
「あ、あの…「いい、分かったから。ちゃんと実力を見せるよ…」」
その人は、被せて言ってくる。
「そうなれば俺が審判だな!」
父がこんなに空気が読めない理由が分からない。
がっははは!と豪快に笑っているが、この方法で解決させようとしているのは
本人なのだから…。
「凛!呼ばれているぞ!」
とその人が言うと、ドタドタと廊下を走ってくる音が聞こえる。
私が声をかけてもゆっくり歩いてくるだけで、あんなに嬉しそうに駆けてこない。
「なに、〇●△」
「なんか、喧嘩するんだってさ」
「ほへー、誰と誰が?」
「俺と、お前と緋香里さん」
さん付けされた事で私も察した。
やはり態度は悪かったのでないかと…。
「いいよ。本気でいいの?」
「仮にも兄だぞ。本気でやらないと俺の部屋に入るの禁止な!」
「えぇ…分かった。本気でやる」
少し、少しだけ羨ましいと思った。
妹とは双子ではあるが、小さいころから喧嘩したことも無く、
上手くやってきていたと思っていた。でも、その人の存在が2か月のうちに、
今までのアドバンテージを越えてしまったようで、もやもやしている気がする。
私は勿論勝つだろうと思っていた。
いや、もやもやを解消する八つ当たりの対象にしようとしたのだ。
そして、瞬殺された。
圧倒的な敗北というのを感じた。
気づいた時には、凛が序盤から隼からの「八分逆」を繰り出していて、
引き寄せた対象に零距離で魔法を打ち、逆に凛が壁に吹き飛び倒れ込んだ。
薄い膜のような障壁を身に纏い、深淵はこちらを見つめていた。
咄嗟に貫通力のある雷を浴びせた。
しかし、深淵は服を焦がすこともなく、こちらを見つめている。
私にはその次の記憶がない。つまりそこで倒れたのだ。
起きたとき凛と私の身体には怪我は直したその人は、こう言った。
「お前ら、強すぎないか?一般の学生のレベルを超えているんだが…」
私は言葉を失った。凛は口をぽかーんと開けていた。
「あのなぁ、ゼロ距離で魔法なんて打ったら人間は死ぬからな!
絶対絶対やめろよ!俺だから良かったものを…。
あと、緋香里さん?普通の人はあのレベルの雷を浴びると、死ぬからね?
撃たないとは思うけど、追い詰められた時に撃ってしまうようなら、
凛と同じだから…うん、やめてね」
私はこの言葉をよく聞いてなかった。
ただ、この人の困りながらも怒る顔を見ていた。
私はこの人の困った顔がどうしようもなく愛おしい。
そんなことを思ったことはない。
突き放していたのだから、この時が無ければ気づかなかった。
親もおかしくて、双子で信頼しきっている環境で、
本当に心配してくれる相手など、普通に心配してくれる相手なんて、
私は知らなかったのだ。この人の優しさを。
そう考えていたら、負けてしまったことはどうでも良くなっていて、
もやもやが凛に対して持つ嫉妬だと、その時気づくことが出来た。
少し放心していると聞き直してくるのだ。長い話をした事に気付いたその人は、
分かったのか?と。その時、私は確かに答えた。
「はい、兄さん」と。