Y4・K2:「屈辱を与えると愛が返ってくることもある」
恐れを抱くものが傍に居た場合、生物の本能で排除か逃走を選ぶ。
最も恐れる攻撃をされた場合、それをこちらが排除し対象を攻撃するのは問題ない事だろう。
なら、今は俺らの攻撃ターンと言ったところだか。
「主…」
「ん?どうした?」
「主、もう解除してやっても…」
「ダメだ、全く反省が感じられない」
銀色に光る髪、赤い瞳、平たい胸に俺より低い背。
今、グリモアと呼ばれるゼロの妹を正座させているのだ。
5分くらいだろうか。まあ、あまり覚えていないのだが。
風がグリモアを上から押さえつけて魔法の発動と体勢の立て直しを妨害して
強制正座させている。小学生が小学生に正座を強要している絵だが、
俺らの間ではおかしくないのでセーフということで。
「…土下座する手前の座り方じゃと教わったが…ここまでグリモアが苦しむとはのぅ…」
「…ゆ、許していただけないでしょうか」
「何についてだ」
「…下等と言ったことについてです!か、解除していただけないでしょうか」
「核を落としたこと、汚物と言った事については何も思っていないのか」
「そ、それは!!」
本音が見え隠れしているんだよな。
ゼロよりもかなり分かりやすい性格をしている。
まあ、さっきもお前とか言ってゼロを怒らせたので、ゼロと呼ぶようにしているのだが。
心の声が聞こえてしまうというのは厄介なものだ。
「…悔しい…私よりも姉さまと仲良く…」
「なあ、聞きたいことがあるんだが…」
「…早く解放してくださるなら答えましょう」
「回答を聞いた後の気分によるな…
なあ、いつからゼロはこんな喋り方になったんだ?」
「…それは、200年程前の事ですね。こちらの世界の本を読んでしまい変な喋り方に…」
「そうか、もう手遅れなのか…聞いて悪かったな」
ものすごく小さな声でグリモアは「…いえ…お気になさらず」とだけ呟いてうつむいた。
まあ、この姉妹喋り方がおかしいんだがな。
「な、なんじゃ!儂の喋り方は悪いのか!気に入っておるのじゃぞ!」
「まあ、気に入っているならいいけどな。
あと、グリモア。お前も敬語を勉強した方が良いぞ。なんか喋り方がおかしい」
「ま、まさか、私も~じゃ!とか付けていたり?!」
「いや、感染とかじゃなくて純粋にだな。たまに高飛車みたいになってる」
付けていたりと声が上ずっている所悪いが似ているわけではないんだ。すまないな。
姉妹は同タイミングでうつむいていた。やはりそういう所は姉妹なのか。
「ああ、もういい」
グリモアは中身で俺を下等とか思っていたわけじゃなさそうだと思う。
手を払うように振るとグリモアを押さえつけている風が解除される。
すぐに反抗してくるわけではないだろう。
何かと言って単純ではあるが、バカではないので
反抗するにしても現状を理解する時間を必要とするはずだ。
「あ、貴方の名前は何だ!」
お、喋り方を変えてきたな。
というよりこれが本来の見た目年齢にあった喋り方だと思うが。
「俺の名前は…何だ?」
「わ、儂に聞くのか?!知らぬぞ!」
「じゃあ、なんだ。付けてくれるか?」
「「なっ?!」」
またハモっているが、ゼロはまた緩んだ顔を浮かべ、
グリモアは少し黙った後に、無い胸を張って任せろとドヤ顔になる。
本当にこいつらは俺より年上なのだろうか。
もごもごと二人で話し合いをした結果出てきた答えは。
「優斗!じゃ、お主の名は!」
「なぜ?」
「儂らの世界で、マサトは幸運の象徴を指すからの!」
「私は、絶望とか不幸でもいいと思ったんだが…やめておいた」
「ん~?正座させてほしいのか?」
というと、ゼロの背中にグリモアは隠れてしまった。
よく見ると肩を小刻みに揺らしており涙目でこちらを見ている。ドラ〇エのスライ〇かな。
「く、屈辱を受けた、いずれ仕返しする…」
「わわ儂は無いんじゃな?」
気づいたらゼロも震えていたので、んなことしないよ、と言っておいた。
ゼロの記憶によれば、グリモアはヨーロッパ方面でホムンクルスを探していたはずだ。
何せ大陸が大きすぎるために時間がかかる。
もし見つけたとしても、それは莫大な敵戦力としてカウントされるかもしれない。
あまりにポンコツなグリモアに任せる訳にはいかない地域なのではないのか。
「なあ、そっちのホムンクルスの捜索はどうなってるんだ」
「5割ほど終わっている。それぞれ部下に地域を任せて捜索させているから」
「それで、アジア方面は?」
「わ、儂は捕まっていたからま…まだじゃな」
訂正。ポンコツなのは姉だ。むしろ妹は有能過ぎる気がする。
「済まないが、ヨーロッパ方面が片付いたら西アジア方面を手伝ってくれないか」
「勿論そのつもりだ。姉さまの助けになるのだからな!」
この姉は、その信頼に見合った働きをしているのだろうか。
疑問の種は増えるばかりだ。
「今後、攻撃的な行動をしなければこういう扱いはしないから。
もし姉に会いたくなっても攻撃してくるんじゃないぞ。普通に会いに来い」
「…2日に一度は来る」
「まあ、好きにしろ。ゼロの当初の目的通りに日本に魔法を浸透させ始める。
グリモアも同じように魔法を浸透させてくれ」
「姉さまより思考は回る…か」
どうやら賛成のようだ。
ホムンクルスが魔法を使用しているのは分かっている。
ならば世界に魔法を浸透させて人間に洗いださせるのも手としてはアリだろう。
人間に洗い出してもらって叩く方が少数で探すのより早い。
実際に敵対関係に近いわけだしな。まあ日本は敵対してない判定なのかもしれないが、
それによって事が都合よく運ぶかもしれない。
焦っている訳ではないが、俺とこいつらは寿命が違う。
先に死ぬことも考慮しなければならない。
死ぬまで穴を作った当事者探しを手伝わさせられる訳にはいかないからな。
「それで他にもいるのか?書庫は」
「いる。二人いたけど一人は死んでしまったから」
「じゃあ、もう一人は何処にいるんだ?コンタクトは取れるか」
「いや。絶対にいや。あいつの事は嫌い。あいつはアメリカにいるわ」
グリモアは感情を抑えているが地雷だったようだ。
まあ、アメリカならすぐに情報を得て魔法が浸透させられるだろう。
既に軍部に浸透しているかもしれないが、それなら話は早い。
しかし、そのあいつというのが気になる。グリモアは知っているようだが、
ゼロの記憶にないのだ。ゼロの近くに居るグリモアが故意に引き離していたのかもしれない。
その頃、ゼロは。
「なんじゃなんじゃ…儂をのけ者によって…ばーかばーかあーほ」
「姉さま!申し訳ございません!」
体育座りして床に木の枝で地面に丸を書いている。
「ゼロ、行くぞ。グリモアは、またな」
するとセンサーが反応したかのようにゼロはこちらを振り向き、にやにやしながら隣に立った。
「貴方は…まあいい。またな、マサト」
「おう、またな」
「またじゃぞ!今度は菓子用意しとくぞ!」
「姉さまもお元気で」
というと感情を抑えるために無表情だったグリモアは少し笑って帰っていった。
どうやってって、空を飛んでだ。空間転移は使えないのだろうか。
さてと、これからどうするか。どうやったら浸透させるかとか考えなきゃな。
「あれは、惚れた女の顔じゃな」
ゼロの呟きを急に吹いた風が攫っていった。