バレンタイン・リリィシンドローム
一月はクラウチングスタートで駆け抜けて行き、ふとカレンダーを見るともう二月の半ばになってしまったことに気付く。
二月の行事と言えば何を思い浮かべるだろうか。
言うまでもなく、答えはひとつに絞られるだろう。
恋人、友人、あるいは家族…
大切な人に愛を込めて贈りものをする、あの行事。
そう、それは…。
それは、節分である。
恋人や友人、家族に愛を込めて落花生を贈り、心に潜む鬼を追い払う日本の伝統行事だ。
私は節分に命を懸けている。
節分部に所属し、去年は全道ベスト8までのぼりつめたりと、実績も素晴らしいものだ。
そんな私であるが、節分に関して弱みが二つだけあった。
一つ目、それは節分の日付だ。
二月と言うことは知っているのだが、流石の私でも何日の何時から何日の何時まであるのかはわからない。
そしてもう一つは、節分のルールがわからないことだ。
豆をまくことは知っているが、一体どこに向けて投げるのか、なぜ豆を投げなければならないのか、なぜ鬼を追い出さねばならないのか、そもそも節分とはなんなのか…
方程式顔負けのややこしさに、私はただ屈するしかなかったのである。
そんなこんなで悩んでいるうちに、いつの間にか朝食を食べ終えていた。
私は暇なのでテレビに耳を傾ける。
『今日はあのイベントですね』
私は体をピクリとさせた。
二月のイベントと言えば節分しかない。
ということは、節分は今日らしい。
『そうですね。好きな人や恋人に本命を渡す人も多いんじゃないでしょうか。』
なるほど、豆は想い人に投げるのか。
よかった、ルールがだいたい把握できたぞ。
『今日紹介するのは、このマメ型チョコレートです!』
『可愛い~!これは喜ばれますね!』
キャスターが示したのは、豆ではなく、豆の形をしたチョコレートだった。
今は豆ではなくチョコレートを投げるのが流行っているらしい。
そう言えばあんなチョコレート、どこかにあった気がする。
そう思い私は冷蔵庫を開けてみることにした。
「ビンゴ」
やはり、小さな豆型のチョコレートが十数個あった。
私はそれらを無造作にカバンへ突っ込む。
時計を見ると、太い針は7と8の中間を指していた。
もうそろそろ学校へ行かねばならない。
私は制服に着替え、カバンを斜めにかけ、家を後にした。
一月は疾風の如く過ぎ去り、ふと横黒板を見るともう二月の半ばになってしまったことに気付く。
二月の行事と言えば何を思い浮かべるだろうか。
言うまでもなく、答えはひとつに絞られるだろう。
恋人、友人、あるいは家族…
大切な人に愛を込めて贈りものをする、あの行事。
そう、それは…。
それは、バレンタインデーである。
恋人や友人、家族に愛を込めてチョコレートを贈り、想いを伝えるという菓子会社の市場戦略だ。
私はバレンタインデーに命を懸けている。
と言っても、毎年一番渡したい人には結局渡せず終いなのだが。
今年こそは渡そう。
渡して、少しでも私のことを意識させよう。
ハート型の手作りチョコの存在を机のなかで確認すると、私は小さく深呼吸をした。
教室のドアが開く音がした。
そう、その茶っぽいボブヘアーで胸部は背丈に似合わない出っ張りが主張されているその少女…
佐々木悠佳が、私、羽田ゆなが本命チョコを渡すべき相手である。
悠佳はいつもの笑顔でこちらへ駆け寄ってきた。
まさかチョコが勘づかれたか、と焦る猶予があつたのはほんの一瞬であった。
「鬼は外ーーーッッ!!!」
悠佳はそう叫ぶと、凄まじい勢いで球型の何かを投げてきた。
「ヘェァッェッテェィナァッチョッッ!!??」
私は余りにも唐突な彼女の行動に、わけのわからない声を出して驚く。
「え…!?いや… えっ…!!??」
「あ、チャイム鳴った。席戻るべー。」
キーンコーンカーンコーンという音が鳴ると悠佳はそう告げて戻ってしまった。
私の頭の中は只今絶賛キーンコーンカーンコーン中である。
頭の整理がつかないまま、気づけばHRが終わり下校時刻となっていた。
周りは掃除にも行かずざわつくなか、私はただ自分の席で荷物をカバンに詰めていた。
そんな私のところに、悠佳はまた満面の笑みで駆け寄ってきた。
今だ。
さっきのことはよくわからなかったが、流れでチョコを渡そう。
「福は外オオオオオオオッッッ!!!!!」
悠佳がまたもやその掛け声と共に大量の豆のような物を投げつけてきた。
「ソトジャナクテウチィィィッッ!!??」
思わず私は驚きとツッコミが混じった悲鳴を上げた。
私は床に広がった丸い物を見下ろし、溜め息をつく。
どうしてなのだろうか。
私は何か悪いことをしたのだろうか。
これは、どう考えても嫌がらせじゃないか。
私
これじゃあ、今年も渡せず終いではないか。
完璧である。
私はたくさんの豆のようなチョコをゆなに投げ付けた。
きっと私の気持ちが完璧に伝わり、ゆなは今喜びの絶頂なのではないだろうか。
私はチラっと彼女の顔を覗く。
彼女は足や首をプルプルとさせ、目は無惨に広がった豆型チョコを見つめている。
「ごめん… 私、何かした…?」
私は首をかしげる。
「何って、何?」
ゆなは一瞬顔に驚きを表すと、またうつむく。
「やっぱりなんでも。…私帰るね。」
「えちょ… まだ豆余ってるんだけど…」
耳を傾けることなく、彼女はそそくさと帰ってしまった。
よくわからないな、と私が肩をくすめていると、横から声がした。
「はぁ… なんでそうなるかねぇ…」
そう呟いて深刻そうな顔付きをしたのは、クラスメイトの佐藤である。
彼は確か料理部の部長で、趣味は占いだった気がする。
「あのさぁ。とりあえずチョコだって言わないとわかんないぜそれ。」
佐藤が床に散乱した豆型チョコを一つ拾い、そう呟いた。
「確かに、言われないと気付かないなコレ…」
佐藤は溜め息をつく。
「そもそもなんで鬼は外?」
「だって今日節分ですし」
「理由になって無いし節分は二月三日だし。」
「えぇっ!?」
「今日バレンタインデーだし。」
「ええぇぇぇっっ!!??」
「羽田が大事そうに抱えてたの、多分お前への本命チョコだし。」
「めちょっく!!??」
私は額に沸き出た汗を袖で拭く。
「でも、なんで渡されなかったのかなー、って、思ったり?ハハハハハ…」
佐藤は腰に手を当てて呆れた表情をする。
「お前の突拍子もない行動にタイミング奪われたんだろ。」
「まじっすか…」
…なんてこった。
私は今までとんでもない勘違いをしていたらしい。
よくよく考えれば恋人に豆投げないだろ。
「で、どうするんだ?」
佐藤が低い声で問うてきた。
「どうするもなにも… もう間に合わないんじゃ…」
私がそう言うと、佐藤は窓を指差した。
私は示した窓の外を見ると、玄関先でキョロキョロしているゆなの姿かがあった。
「今なら間に合う。お前の伝えたいこと、伝えて来いよ!」
私は、小さく深呼吸をし、頭を掻いて、目を大きく開く。
「…伝えたいこと、伝えてくるよ!!」
別に悠佳が追いかけてくるのを期待している訳ではない。
ただ、もしも追いかけてきたのに私が居なかったらかわいそうなので、仕方なくである。
脳内でテンプレな言い訳をしているなか、雪は凄い勢いで降っており、冷気が首に入り込んで寒い。
風は強く、吹き飛ばされてしまいそうだ。
「…帰ろう」
私が家の方向足を向けた、その時…
「ちょまままままままままままままままままままままままままままままま!!!!!」
悠佳がそう叫びながら凄まじい勢いで走ってきた。
「ど、どうしたの」
「私さ、今からずっとゆなに伝えたかったこと言うから!!」
体温が急上昇するのがわかった。
この言い回しは、もしかしなくても告白ではないだろうか。
このタイミングでか、と動揺するが、いつでも問題はないなと自己解決する。
「おっぱい触らせて下さい!!!」
「…えっ」
沈黙が流れた。
それも、時計も無いのに何故か秒針の音が聞こえる気がするほどのものである。
「いや、だからおっぱい」
「えっ」
私は阿呆面で口を開ける。
思考回路は遮断されました。
「なんで…?」
そう問うと、悠佳は即答した。
「えっ、好きだから。」
「えっ」
「えっ」
頬が熱湯に触れたように熱くなる。
私はもうどうすればいいのだろうか。
「言ってなかったっけ?」
「えと… それは友達的な意味で…?」
「いや、恋愛的な意味と性的な意味で。」
「ええっ」
私の頭の中では天変地異が起こっている。
目を白黒させ、口がピクピクと動く。
「それで、おっぱいは触らせてくれるの?」
おっぱいは触らせてくれるの?
それに適切な回答を今すぐググりたい。
しかし焦りに焦った私の脳内国語辞典が示したのは、とんでもない言葉であった。
「ドウゾゴジユウニッ…!」
結局、私は今年もチョコを渡せなかった。
最近真面目なのばっか書いてたんで、こういう小説もたまには書きたいなぁみたいなノリで書きました。
えっ、チョコ何個貰ったって?
自分からも含めるなら一個かな。