七夕 7/7
七夕の巻き
登場人物
靜聖夜 (俺) 兄
靜美羅 (姫っち) 妹
靜 リナ(リナっち) 居候 ロリ
泉 光 (スフィー) 彼女
黒崎安寿 (アンジュ) 彼女
希峰崎由姫 (姫ちゃん) 後輩 ロリ2
静寂 子小美 (しおみん) 先輩
巳鈴鹿 珠子 (たまちゃん) 先輩
清原 太平 (た〜くん) 小説家
犬上 太一 (たいちくん) 大学生(法学部
宮乃狼 聖 (ひ〜ちゃん) 大学生(医学部
金時 王子丸 (爺ちゃん) 爺
現夢 炎 (変態) 変態親父
天光 翼 (ひきこもり) 変態の妻
人の夢と書いて儚い、と言う名台詞を残した知り合いを思い出しながら、汗でべた付くTシャツの気味の悪い感触に耐えつつ、
ふと、俺は思ったことを口にした。
「何をしでかしているかと言うと、ぶっちゃけ七夕の笹を仕込んでいるわけなんですねコレが」
「誰に向かっていっているんですか、靜兄さん」
ボロアパート。倒壊寸前と思われても不思議は無い一角。
舞台は、7月7日……七夕。
発端は――
「……7月7日なのに味気ねぇなぁ」
と言い出した、どっかの季節馬鹿だったりする。
俺だった。
っつ〜か、大切な戦友と、友人から娘を預かった手前、二人には情操教育上、好ましい環境で、是非育って欲しい! なんて親心ならぬ、兄心というものが沸々と湧き上がってくると思わないのかね? 諸君!
「兄さん、どこに向かって鉄拳突き上げているのです?」
「ん? この世界を眺めているどこぞの神々たち」
「痛いですよ、兄さん」
……シオン、妹はたくましく育っているぜ。
「おや、七夕ですか?」
と、俺らの部屋の真下から、ひょこっと顔を出した好青年の姿。
「あ、犬上のお兄さん」
「こんにちは、美羅ちゃん。……うわぁ、本格的ですね」
と、俺が抱えているどでかい笹を見上げる。
犬上君は180cmの体格のいいスポーツタイプながら、筋肉質には見えない、爽やかな好青年そのままのタイプであり、そんな彼が見上げるのだから、笹はすなわち……俺の身長の約二倍。
「あそこの木崎神社から、神主のおっちゃんに頼んで、少しわけてもらったんだ」
「へぇ……って、木崎神社ってかなり距離あるじゃないですか。歩いた……んでしょうね」
ふ、稀に見る戦士の生還に、犬上君も感心している模様。
「まったく、非効率極まるじゃないか。車を使えばいいのに」
「おっと、ひ〜ちゃん? そりゃ俺が免許持っていないあてつけですかい? そんなこと言うなら……」
「僕はそんな卑屈じゃない。そこに平日だと言うのに学校にも行かず、暇を持て余している隣人がいるではないか」
ひ〜ちゃんこと、宮乃王 聖君。太一君と同居中の、大学生コンビ。
力と技のダブルブリッドと世間には定評している。
俺がしたんだが――
「今日は講義がお休みなんだよ」
「ふむ、では――どうせ手伝うのだろう?」
ひ〜ちゃん、た〜ちゃん、パーティIN!
と言うわけで、俺たちはボロアパートの庭に……
しまった! 忘れていた、庭の主が居たのを!
「あ、金時爺さん」
「ッッッ!」
そのときの俺は、戦慄以外、何も感じなかった。
寡黙で、鋭く、まるで納刀された刃のような爺さんが――
この糞暑い夏に汗すらかかないことで定評のある金時爺さんが、
冷や汗をこぼしていた。
相手は――……あ、納得。
爺さんは将棋をしていた。ちなみに俺は全敗。
このボロアパートの入居の第一関門、爺さんとの将棋――
将棋に関しては説明は要らないだろうが、俺的簡略して説明するなら、駒を使ったゲームだ。
日本の伝統文化でもありながら、奨励会など、世界的にも広がっている――世界一の知略ゲームであるとも言われている。それはさすがに大げさだろうか……。
だが、伝統文化であるからには、それ相応の礼節や態度が、爺ちゃんの将棋で試される。
正直、ろくでもない爺さんだった。駒を手足のように使い、相手の感情まで自在に操ってくる。
それで、相手の本性を暴くと言うのだからえげつない。後で聞いた話、それで調子乗ったミュージシャンもどきが、無礼を仕出かして、半年の長期入院を食らったとか……
それに気づいた俺は、ならばと――力将棋で押し合って、あっさり負けた。
たまに揉んでもらって、負けたら按摩している謎の間柄だが、最近爺ちゃんは、彼女に夢中であったりする。
静寂 子小美。諸事情で俺が保護者している、女子高生。
趣味は知略、策略、戦略。
ようするに頭を使うことが大好きな女子高生、なんだけどスタイルは日本人形顔負けの、スタイリッシュなロングストレート美少女。
なんでも、身長が欲しくて牛乳を飲んでいたら、全身に現れたらしい。切れ目の相貌が、可愛いよりは美人と言う要素をふんだんに引き立ててくれる。
そんな彼女が、和服――着物姿で浴衣姿の爺ちゃんを相手にしていたら、そりゃ一瞬、硬直する。ってか、絵になる。
「残念だ、視聴者にこの光景が見せられないなんて」
「この世界は小説ですか?」
「いや、ドラマCDだからな。子小美っちの声優さんは優秀だからなぁ。アンジュとスフィーの声も重複してくれているし」
「だとしたら、その声優さんのギャラは三人分の三倍を、今ここで表明させていただきましょう」
「うへぇ! どうする製作者さん! 声優さんの反乱だぜ!」
「……相手にしてあげたのですから、少し黙ってください。靜聖夜」
「……はい」
爺ちゃんがギョロっと俺を睨んで来て中断。しおみんも将棋盤に視線を落とし、白い指で一手、歩を置いた。
爺ちゃんの冷や汗が増えて、止まった。
「私の勝ちですね」
「……むぅ」
「ほい、お疲れさん」
「別に疲れるほどではございません。で、靜聖夜? 用意はしてあるので?」
「用意って……七夕?」
小さくうなずいて、首肯。
この娘、まったく人を先々読んでくれる。俺の行動パターンから、どうせやるんだろうと――
「で、着物を着て遊びに来たと」
「私だけでは……」
と、爺さんが将棋盤を相手に唸っている背後で…………うわっちゃぁ。
着物を着崩すどころではなく、完全にはだけさせてかつ、下のサラシまでピンチじゃねえか!
「ドラマCDでよかった。禁止くらうところだったぜ」
刹那、俺の顔面に『姫ッち』の飛び蹴りが飛んでくるのだった。
巳鈴鹿 珠子。やっぱり女子高生で、俺が保護者。
ちょいと頭の螺子の外れた女の子、一般知識と教養には問題ないが、コミュニケーションに多大な難あり。
猫みたいなざんばらな髪と、小柄な体躯はやはり、猫としか表現できない。なお、ネコミミは無い。むしろいらない。
「ふぎゃ〜〜〜」
ぶっちゃけ、猫語を理解できる俺でも、読解は厳しい。
っつか、しおみんは着物着てお洒落してもいいけど、たまちゃんにもさせなくても……
「なんで、着物なんですか?」
と、代弁姫ッち。
「珠子が、着て行ったほうが良いと」
元凶、お前か!?
「……その、……破壊力があるとか」
『うむ』
「そこ、爺、頷くな! 爺ちゃん、お前のキャラ違うだろう! そこぉ!」
「……はぁ?」
爺ちゃん、将棋盤に頷いていた模様……一同、白い視線集中。
「……介錯はいるか?」
爺ちゃんの宣言が、死神の囁きに聞こえた。
「……シデン、貴方、最低」
「だが、実際着物でも押さえの利かない、ぼっきゅんぼんの破壊力は並大抵じゃねえぜ」
と、家屋の二階でのボヤキが、俺の耳に届いた。
シデンコロス!
〜〜〜〜
「ふむ、別にいいぞ」
庭は基本的に、爺さんの盆栽地域。
たまに野球ボールが飛んできたら、それを抜刀で斬り飛ばすのが爺ちゃんの偶に発生するイベントで、いまだお目にかかったことは無い。
とりあえず、笹の位置を決定したら、飾りを……
「ただいまなのです〜」
帰ってきた。
姫ちゃん。希峰崎 由姫。やはり俺の保護管轄にて、このボロアパートの住民。
なお、先の二人は某お嬢様学校(地域認定)の寮であって、御馬鹿な姫ちゃんは、ご近所の男女共学学校に通っている。
ついでに付け加えるなら、ロリ。小学生並のロリ。典型的ロリキャラ。捻りも糞も無い、ロリ。実につまらん――
「師匠、誰がお馬鹿ですって?」
「え! 俺、喋ってた! っつか、御馬鹿な姫ちゃんが俺の思考を読むとか……そうか、ドラマCDだから、俺のナレーションを聞きやがったな! 駄目だよ、そりゃルール違反だよ!」
「? ? ?」
姫ちゃん、単発マシンガントークで大混乱。これで少しはごまかせる。ってか、『姫っち』、お前が耳打ちしてやがったのか!
「だ、騙されませんよ! 姫ちゃん、ちゃんと師匠の顔に書いてあるのを見たんですから!」
「じゃあ、今なんて書いてある」
「……姫ちゃんの胸、大きくなったかな?」
「残念、それはもう絶望だ」
「むきぃぃぃぃぃ!」
うむ、結構楽しい。
「違いますね。今日は卵パンツかぁ、ふふふ。でしょうか」
「しおみん! お前、俺をどういう風に見てるんだ!」
「うわぁぁぁん! 師匠、パンツみるなぁぁぁ!」
「見てねぇよ! っつか、大暴れするな、子小美の奴、あとで……って、大暴れすッから向こうに見えて、か、噛み付くなぁぁぁ!」
「……まだ、説教が足りんかったようだの……」
濃口が切れる音がして、俺と姫ちゃんの時が止まった。
爺ちゃん大暴走、追加。声は若本さんを想像してくれたらうれしいな――
〜〜〜〜
「まったく、喧嘩ばかりしていたら先に進まないでしょう」
ついに、こっちの空気読んでくれた犬上君が、参戦。
んじゃ、笹を立てましょうか。
「ほえ〜、短冊かい」
「おぉ〜売れない小説家」
「おぉ〜一台詞で俺の自己紹介を纏めてくれやがってありがとう、変態」
誰が変態だ。
「兄さんです」「師匠です」「貴方です」「兄貴ぃ〜」「お主じゃ」「あっはっはっは……」「実に的を射ているな」
なんのことだか、ここの住民は皆節穴だな。
清原 太平、確かに売れない小説家。小さな出版社でコラムとか適当に書いて、適当に生活しているらしい。
そう言えば、俺の職業柄を聞いて、一遍、取材受けたな。
「しっかし、雅だな。お前に日本文化を嗜む傾向があろうとは」
「俺は純潔純粋な日本人だっての」
「お前の姉貴、外人じゃねえか」
「それとこれとは別」
と、ナニワトモアレ……小説化が仲間に加わった。……?
「おぉ! ついに俺たちの物語が小説家に!」
「馬鹿で遊んでないで、さっさと用意してください。もぉ――」
姫っちに怒られながら、しぶしぶ作業再開。
っつか、言いだしっぺの俺がしないでどうするか?
笹を立てて、飾りつけを買ってきてくれた姫ちゃんを抱えて、天辺に☆マークをつけて、
「兄さん、何か勘違いしてない?」
「いいんじゃない、静聖夜の名前が名前だし」
やがて、形が出来上がった頃合に予定外の人物が、「おぅおぅ、やってんじゃんやってんじゃん」「こんばんは」。
と、夫婦円満、とは言いがたい形で、とあるご夫婦登場。
地上最強の変態と、地上最奥の引きこもり嫁。
今日は中学生の娘さんは連れていない模様。
「靜聖夜、今、天光 未来について考えたでしょう」
「しおりんは一体、俺をどんな風に見ているんだ」
「聞かなくてもご理解できるほどの思考を持っておられる、とは思っております」
和服姿でしゃらりと答えやがる、女狐。
なんとなく若者風体のラフな兄ちゃんが、現夢 炎。その嫁さんが天光翼。
ある意味お似合いだが、嫁さんの姿が無い。
さりげなく旦那の陰に隠れているが、身長がすらっとしているので、隠れるに隠れられない。
だが意外にも、典型的なカカア天下の家庭である。
色々あって、対人恐怖症……というのが設定。
広めたのは俺だ。そうしてあげないと、人付き合いできんだろうに。
甘いのだ、俺は。
「……誰か呼んだの?」
「いや、実はデート」
「うわぁ、仲の良い夫婦なのですぅ〜」
姫ちゃん、喜ぶな。絶対裏がある。
「娘が家出してしまって」
「深刻じゃねえか! 早く探してやれ!」
「いやぁ、どうせ光明寺の糞ガキの場所だろうし」
「高校生と中学生の密会! ドッキュン、意外な急展開とですかぁ!」
さり気なく、姫ちゃんの同級生だ。光明寺明日斗と言う、ちょいと変わった奴だ。
「心配だけど、明日斗君だし」
「アイツも微妙にもてるからなぁ。さり気に気づいてない部分とか、誰かさんにそっくりだし」
「は? 誰のことだ?」
夫婦の会話に、すっと白い視線が俺に集中する。
まったく、誰のことなんだか?
「んじゃ、さっさと願い事書いて、未来っち探しに行くべ」
と、俺と『姫っち』はアパートの二階へ上がり、最後の家族を迎えに行く。
何も無い閑散とした居間に、一人たたずんで、ノーパソを弄くっている少女。
靜 リナ。
俺の護衛対称にして、友人にして、ダチにして……まぁ、色々。
親友から預かった、大切な子にして、俺の命を左右する絶対者にして――まぁ、どうでもいい。
だから何だって言うんだ。仲間は、仲間さ。
「……お人好しというか、能天気ですね。靜」
「そう言うリナっちこそ、その短冊は?」
「願い事、たくさんあるから」
色とりどりの折り紙を、ちゃんと短冊にしてあるあたり、可愛らしい。
「んじゃ、行こうぜ……」
〜〜〜〜
本当、お人好し過ぎて、嫌になる。
私は、靜美羅。
靜聖夜の妹にして、義理の妹にして、その実、単なる妹。
彼の瞳には、そうとしか写っていない。
それはそれで、寂しい。
それに、私を見るときにはいつだって、『兄』が重なる。
銀髪碧眼、鬼とも魔神とも美神とも呼ばれた、私の『兄』。
短冊……私にはきっと、書く願いなんてない。
『どうか、振り向いてください』
〜〜〜〜
アフターぬ〜〜ん
「……やれやれ」
深夜。アパートの短冊に、三人の人影。
「あんたさぁ、それ、恋敵に塩送るのと同じじゃないの?」
嘆息付いた私に、アンジュが呆れたように、自分の願いを吊るす。
……『天上天下唯我独尊』。何がしたいのよ……
「何がしたいねん」
「ん? 世界が私のものになりますように」
「もう自分の物だっての」
「違うわ、今は貴方のものだわ」
と、靜に向かってアンジュはしなだれ……コルワァァァ!
「で、スフィーは何て?」
「願いは他人に見せたら価値が下がるわ」
「他人かよぉ〜」
「願いの対象だった場合、適う価値が変動するでしょう?」
別にたいした願いじゃない。
『靜が怪我をしませんように』
って、ひったくられたぁ!
「はんはん、こりゃ靜には見せられないわねぇ」
「はぁん?」
「返せ馬鹿ぁぁぁぁぁ!」
大奮闘の末、と言うか、靜が空気を読んだのか――んじゃ、願いがかなったら、とあっさり引いてくれたのか。
願いは届いてくれるのだろうか。
……ついでに、美羅の短冊も飾ってやる。
別に、恋敵とか、友人だからとかじゃなくって……なんだろう。
「フェアじゃない、だろう?」
「なぁ! 人の考え読まないで! ……って、アンタ、まさか、姫っち……美羅の願い、気づいてるの?」
「人の夢と書いて儚い。違うね、儚いからこそ、人は夢見る。それを叶えるのは、自分自身、そう思うから」
「質問の答えになっていない。場合によっては、殴るわよ」
手の平で。その答えは、あまりにも残酷すぎる。
「正直、俺の勘違いや自惚れかもしれないって線もあるんだ。だから、一概に、あっさりというべきじゃないし、駄目だと思うし、何より」
「何より何よ」
「フェアじゃないさ」
思いっきり、叩いてやった。
「あ〜あ……」
と、アンジュが暢気に七夕を眺めて、一言。
「今が一番幸せなのにね」
間に合った! まだ7月7日だ!(日付変更前…
ほのぼのと書きたかったんだい。