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竜を凹して、天を裂く

 人族の国ヒュマルクの辺境の街アーセルを出て数日、真紅朗達は青空の下、草が伸び、辛うじて轍の覗く道とは呼べない道を歩いている。結局、街の門番から預かりの銀5枚は取り返す事無く、青空旅舗(ブルースカイ)で晩餐を頂いた次の日には桃花の旅装を整えて、真紅朗が衛兵を投げて壊した街壁の裂け目から一行は旅立った。


「……真紅朗様ぁ、トーカは足が痛いであります! 出来れば休憩を入れて貰えると嬉しいのであります!」


 数十歩先を歩く、相変わらず粗末な着流しに袖を通した真紅朗の背に、大きな帆布のバッグを肩に掛けた旅装の桃花は道中何度目かの泣き言を投げかけた。


「桃花どの、おぬし街を出てから一体、何度目の泣き言じゃ……、ほれ、負うてやる()の背に乗りや?」


 呆れ顔の真紅朗は来た路を戻り、桃花に背を向けてしゃがむと、少女が負ぶさるのを待った。


「真紅朗様度々、申し訳ないでありますね。失礼するでありますよ?」


『とーかはなんじゃくじゃの? わしはこんなにげんきなのじゃ!』


 少女ははにかんだ笑みを浮かべて少年に負ぶさり、真紅朗は彼女を背負い、まるで苦にした様子もなく目的地への路を駆けるように歩いていく。もふもふ白毛の幼竜はふよふよと宙を泳ぐように飛び、主の傍を楽しそうに飛び回っていた。何だかまた一段と幼くなっている様な様子だ。


「負うてから言うのもなんじゃが、これは休憩と言うのかの?」


 背に感じる柔らかな少女の身体に、背負う度に壊してしまわないか恐々としながら、真紅朗は桃花に話し掛けた。


「トーカは楽ちんでありますし、真紅朗様はトーカの羽根のような体重くらい軽々でありますよね? 急ぐわけでもありませんが、人目の無いこの場ではトーカはこうして休めるでありますし、真紅朗様は先に進めるであります。トーカが真紅朗様に負ぶさることは、トーカ達にはとても都合が良いのでありますよ」


 少年の背中にでもぞもぞ動きながら少女は返す。


「それは分かったがの、桃花どの。──なんでおぬし、負ぶさる度に吾の背に身体を擦り付ける?」


「……いやん、であります。始めてがお外はどうかとトーカも思うでありますが、既成事実の、そして金貨の為には、トーカはそこらの茂みで一戦交えるのも覚悟の上でありますよ?」


 少女は笑顔を浮かべ、線の細い割りにしっかり筋肉の付いた少年の背中に猫がするように頬ずりする。


「吾が神と知ってなお、未だにそれを為そうと思うのか、桃花どの?」


「むしろ、真紅朗様は意思疎通の出来る神様でありますから、それが知られればトーカの様な真紅朗様の金貨の為より、真紅朗様御自身との繋がりを持つ(ため)にのみ、子を()そうとする者が現れると思うでありますよ!」


「むう……それはそれでなんだかのう。桃花どのの方が分かり(やす)うて()いわな。そうじゃ桃花どの、竣峰なんちゃらまでは後どれほど架かるのじゃ?」


「うーん、脚の速い真紅朗様のお陰で、アーセルの街を出発してから此処まで、有り得ない速さで来ましたから、はっきりとは言えないでありますが。普通の旅人は馬車などの乗り物に頼らないと、二週間は架かるはずであります。それにほら、アレが竣峰レドラムでありますよ!」


 桃花は真紅朗の背にしっかり身体を押し付けて、彼の肩越しに腕を伸ばし、前方に見え始めた剣の様に真っ直ぐに天を突く鋭く尖った峻険な岩山を指差した。


「のう桃花どの、何故わざわざ、あんなのっぽなだけの山を迂回するのじゃ? 大して幅のある山には見えんが?」


『主様、主様、この辺り、紅顕竜の匂いがするのじゃ!』


「それはでありますね~。紅の竜、紅顕竜様の住まいが竣峰レドラムにありまして、竣峰レドラム周辺の森や草原一帯が紅顕竜様の縄張りだからなのであります。確か、アーセルでお話したでありますよ!」


「いや待て、桃花どの。吾は紅顕竜といえば竣峰レドラムとしか、おぬしからは聞いておらんぞ! ──つまり、アレが紅顕竜なのじゃな?」


「……はりゃ?」


 言いながら真紅朗は空の一点を指差してその場に急停止し、地面を滑り履いている雪駄の底で盛大な土煙を巻き上げ、道とも呼べぬ道に二本の轍を刻んで止まった。

 背中の桃花は真紅朗にしがみつき、変な声を出して固まっている。真紅朗は背負った桃花を左腕のみで自身の胸に横抱きに抱え直し、右の人差し指を桃花の額にそっと触れさせた。


「さて桃花どの、ちと失礼するぞ」


 真紅朗は少女の額に触れる指先に神気を込め、桃花の真っ白で綺麗なおでこに複雑な紋様を描いた。


『主様、とーかになにしたのじゃ?』


「破邪の神印を刻ませて貰うたのじゃ。これは魔には縛呪となるが、人には祝福となる故な。ということじゃ、桃花どの。吾に耐えられるものであれば、どんな災厄も三度は防いでくれるものじゃな。効果が無くなればまた施そう。おぬしは白玉と少し離れておれ。──時に白玉よ」


 黙ったまま潤んだ瞳を自分に向ける桃花を腕の中から降ろし、真紅朗は白玉に問い掛けた。


『なんでありますかや、主様?』


「おぬしは此方で初めて出会った意思疎通出来る者故に見逃したが、──竜とは殺して構わぬ存在か?」


『主様だからお教えするのじゃが、──応えは是なのじゃ。されど、竜は殺されても直ぐにその場に転生するので、滅ぼす事はまず出来ないと思うのじゃ』


「ふむ、では白玉。アレもおぬしと同じように眷属とするかの」


 先程までは遥か遠くの点でしかなかったソレは、牙を剥き真紅朗に襲い掛かった。一見すると紅い鱗に覆われたソレは、確かに誰もが想像する様な竜に見えた。急降下したソレは天に差し伸べた真紅朗の腕毎、少年の全身に一息に噛みついた。

 もごもご蠢くそれの内から、呆れた真紅朗の声が聞こえる。


「なんじゃ、(くすぐ)るだけかや」


『主様、凄いのじゃ! 全身噛みつかれたり刺されたりとる筈じゃが、(いと)うはないのかや?』


 ズボッとソレから顔だけ出した真紅朗は平然とした口調で白玉に返事をした。


「うむ、(いと)うはないの。さっきも言うたが擽っとるだけじゃないのかこれ。竜と言うて、デカ蜂の群とは思わなんだのう。ま、既に女王は見つけた。此奴に掛ければ眷属化するじゃろ」


 真紅朗は紅顕竜の、巨大蜂の群の中に戻り、自身に数倍する巨体の女王蜂目掛けて跳躍、真紅朗本人にとっては優しく撫でるような一撃で女王蜂を殴りつけた。

 その瞬間に女王蜂は衝撃に砕け掛け、しかし、竜と呼ばれる超越種の生命力で死を免れた。女王蜂は必死に逃げ出そうとしたが、己を滅ぼすような一撃を加えてきた存在、真紅朗にその頭をしっかりと掴まれていた。


「逃げるな。手が滑って殺して仕舞うかも知れんでな。さて、吾の神意を受け入れよ! (これ)より、(なれ)は吾が眷属となる、条件は白玉と同じで良かろ。汝は吾を謀れば死によるぞ、努々(ゆめゆめ)忘れぬ事じゃ」


 女王蜂は雷に打たれた様に痙攣し、 真紅朗共々地面に落下して行った。彼らを包む女王蜂配下の蜂の群は幻の様に消え去っている。


『主様、お帰りなさいなのじゃ! ほう、紅いのはそうなったのかや?』


「幼虫や卵になるわけでは無いのじゃな。不思議な事じゃ」


 地面に戻った真紅朗に白玉は纏わりついて喜び、真紅朗の腕の中の紅顕竜の成れの果てを覗き込んだ。

 少年の腕の中には白玉と同じサイズの、丸っこいずんぐりした蜜蜂のような形の紅い柔毛の襟巻きをした可愛らしい蜂が納まっていた。


『わっちはどうなったのじゃ。──ぬ、そこに居るのは白いのかや? ……なんと、誰ぞに殺されてしもうたか? そのようなちんまい(なり)とは?』


『む、わし誰にも殺されとらんぞ! 紅いの、さっさと主様の腕の中から退くのじゃ!』


『主様とはなんじゃ、白いの? 何処にお……お許し下され、お許し下され!! わっちなど食べても美味しく無いのでありんす!!』


 真紅朗の腕の中、見上げた紅顕竜の視線の先には、つい先程自分を殺そうとした人型の、何か恐ろしい者が居た。恥も外聞も投げ捨てて、何度も頭を下げ紅顕竜は必死に懇願した。


「蜂の子は喰ろうた事はあれども、蜂そのものは喰ろうた事が無いのう。まあ好い、吾はおぬしが主、須佐原真紅朗じゃ。此よりおぬしには紅玻(くれは)の真名を授ける。ふだんは紅玻(コウハ)と名乗るのじゃ。よいな?」


『ははぁ! わっち紅玻コウハは須佐原真紅朗様が眷属として誠心誠意お仕えするでありんす! 白いのより役に立ってみせるのでありんす!』


「所で紅玻よ、おぬしこれを溜め込んで居るのかや?」


 真紅朗は魔法の革袋から金貨を一枚取り出して、紅玻の前に差し出した。


『主様、それはなんでありんす? こんなちんまいのでなく、大きな塊であれば住処にて見ましたでありんすよ』


「──だそうじゃぞ。桃花どの?」


 真紅朗の下に桃花は物凄い勢いで駆け寄って来た。


「紅玻様でありますね? トーカはトーカという者であります! よろしくお願いするでありますよ! ついては金塊の場所などこそっとトーカにお教え下さいであります!」


 紅玻は桃花をしばし眺め、首を傾げた。


『……? 主様、この人族の雌はなんじゃ? 主様と同じ匂いがするでありんす?』


「桃花どのか、吾が背『その者はとーか。主様の番じゃ』」


 真紅朗が止める間も無く、少年の言葉に割り込んで、代わりに何故か自慢気な白玉が紅玻の問いに答えていた。


『ほう、これなる人族の雌が高貴なる我等が主様の奥とな!』


 桃花は嬉しそうな笑みを浮かべ、真紅朗に囁いた。


「ほらほら、真紅朗様、白玉様達はあんなお話しをしているでありますよ~」


「──何故じゃ? ……吾は何もしとらんのに、外堀が埋まっていくとは……」


 わいわい騒ぐ幼竜達をよそに、一人違う方を向き真紅朗は呟いた。桃花はそんな少年の様子に構わず、紅玻に金塊の在処を訊ねている。


「紅玻様、トーカに金を、金塊の場所を教えて下さいであります!?」


『主様の奥であれば是非もないのじゃ。わっちの縄張りにほれ、あの尖った山があるじゃろ? あの山の中じゃよ? どうやって取るか、わっちは知りゃんせん』


 桃花は酷くイイ笑顔で真紅朗に振り返った。


「真紅朗様、出番でありますよ! やっちゃって下さいであります!」


 ビシッと竣峰レドラムを指差し、桃花は真紅朗をけしかけた。


「……紅玻よ、あの山は無くなってもよいか?」


『うふふ、主様、山は無くならないものでありんすよ? まあ、わっちは構わないでありんすが』


「言質は取ったぞ。では見とれ」


 真紅朗は懐から小柄(こづか)を取り出した。初めてそれを見た桃花は首を傾げている。


「真紅朗様、そのナイフはなんであります?」


「ナイフではないぞ、桃花どの。これは小柄じゃ。序でに言えば、人としての吾を終わらせた(殺した)凶器だの。──先も言うたが、まあ、見とれ」


 真紅朗は自らの真名を詠唱し、依代の小柄に魂の奥底から汲み上げた神気を流し通した。


「吾が真名《・・・・・・》を持って命ずる。顕現せよ……鬼斬りの太刀」


 他の者には理解出来ない言語で真名を詠唱した真紅朗の手の中の小柄に、一振りの太刀の姿が二重写しとなり、やがて小柄の姿が消え、太刀の姿のみが手の中に残る。拵えから鋭く光る切っ先にいたるまで、装飾性という物を一切廃した実用性一点張りの太刀だった。


「ほぇ、真紅朗様のナイフが剣になったであります!?」


「そう見えるかの? 実際のところ、小柄に昔の姿を想い出させただけじゃよ。幻のようなものだの。それからこれは太刀という、(つるぎ)ではないのじゃ」


 真紅朗は桃花に答え、構えもせずに無造作に振り抜いた。一瞬で手の中の太刀を元の小柄に戻し、懐に仕舞うと少年はさっさと歩き出した。


「終いじゃよ、おぬしら、行くぞ」


「……え、だって、何も変わっていないでありますよ!?」


『なんでありんす?』


『主様、凄いのじゃ』


 竣峰レドラムに足を向けた真紅朗の視界の先で、山は無数の岩塊と変わり音を立てて崩れ落ちた。それとほぼ時を同じくして、真紅朗達一行から見て竣峰の裏側に存在したヒュマルクの王城の天守が内部に詰めていた人族の王や重鎮達毎切り刻まれ、金塊に潰されて王都に圧制を布いていた者達が一掃されたのは、また別のお話しである。

 さらにまたヒュマルクの王都の遙か先の草原で、ほぼ同時に翼蛇竜(ワイバーン)の群れに襲われかけていた遊牧民の家族が、突然、空中で無数のブロック肉に切り分けられた翼蛇竜の血肉の雨に打たれる事になったのも、また別のお話しである。

 それから数日の間、世界の空に格子状の裂け目が刻みつけられ、それも真紅朗達には関係はない、……筈も無かった。


「何でありますか!? これ全部、黄鉄鉱でありますよ!? 真紅朗様~、……嘘って言って下さいでありますよ~」


「まあ、こんなもんじゃよ、桃花どの」


 竣峰レドラムの懐に眠っていたのは、愚者の黄金、黄鉄鉱の鉱脈だった。思惑を外された桃花の嘆きが真紅朗に切り出された岩塊の山に虚しく響いていく。

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