閑話 朱い残映
割烹に上げてみたお話です。
暗めなお話で、キャラクター達の関係性は現在より少し未来になります。内容自体は回想です。
珍しく真紅朗が桃花に寝顔を晒しています。しかも何やら魘されている様子、桃花は真紅朗を起こさぬように、静かに自身の膝を彼の頭の下に滑り込ませ、膝枕をして真紅朗を眠らせました。少年の魘される声は次第に落ち着きを取り戻し、そうして何時しか、彼女も彼を追うように眠りに落ちて行きました。
これは夢でありますね? 彼女は自然とそう感じておりました。
ト-カの夢ではないであります。彼女はその風景に一切の見覚えがありません。
何か、お芝居のようなその夢に彼女は次第に引き込まれて行きました。
それは小さな男の子のお話です。
冬には雪深くなる山間の小さな集落に男の子は暮らしていました。
男の子が物心付いた時、彼は名前を持ってはいませんでした。そして、産みの親の顔すら知らぬ孤児として、集落にたった一件のおんぼろ寺に男の子は暮らしていました。
寺には年老いた住職がおり、男の子の親代わりでもありました。
集落はまるごととても貧乏で、雪の溶けた春先から短い夏の間にやっと育った作物の収穫は、そのほぼ全てが年貢と消えていきました。
集落の全ての家が寺の檀家では有りますが、そんな具合でお寺には何時までも布施はなく、おんぼろ寺のままでした。
男の子は冬の間は凍えるような隙間風に、住職とくっついて過ごします。体温の高い男の子は住職にとって丁度好い暖房代わりになりました。
この寺に入る前、住職はそこそこ名のしれた武芸者だったという武勇伝が何時もの寝物語です。
男の子が数えで八つになった年、彼は住職からはじめて名前を呼ばれました。
九郎、それが彼の幼名です。それから暫し穏やかな日々が流れます。
ある日、住職は九郎に自身が修めたという武術を伝え、幼い彼は喜んでそれを修得していきました。寺の境内で住職と九郎が型稽古をしていると、娯楽の無い集落の子等が集まり、住職は笑って彼等にも指導しました。
孤児といえども集落にとっては大事な人手、九郎も立派な労働力で、その事を理由にした差別などその集落には有りませんでした。
皆が協力して働かないと、集落全てが餓えるのです。小さな事にかまけている余裕など、誰も持ってはいませんでした。
忙しく慌ただしく貧乏で、けれども笑顔の絶えない集落でした。
九郎が齢十になった年、住職が腰を傷めて寝た切りとなりました。それまで、集落の冠婚葬祭の総てをおんぼろ寺の住職が賄っておりました。寺で育ち、住職の経を読む声を聴いて育った九郎です。うろ覚えながらも経を読み、横たわる住職に分からぬ事を習いながら、動けぬ住職に代わり集落の催事をこなして駆け回り、空いた時間に武術の稽古を行いました。
九郎が元服を迎える年、とうとう転機が訪れます。
いつしか風の噂に何処ぞで戦が始まったと集落に伝わりました。
その時は対岸の火事だろうと、集落の皆は気にも留めてはいませんでした。
暫し経ち、何処そこの某が戦に負けて敗走したとの噂が届きます。けれど、噂に過ぎないと皆忘れてゆきました。
その日、九郎は集落の外れ、山向こうの樵の家に住職の代わりに出掛けていました。その家の亡くなった婆様の三周忌の弔いの打ち合わせの為でした。
日が落ち始め、木々が朱に染まる頃、九郎は樵の家を辞して、寺への帰りの途につきました。
月のない薄暮の道を山を迂回して歩いた九郎は、途中で違和感を覚えました。
日の沈んだ西に背を向け歩いているのに、東の空が朱に染まっているのです。
嫌な予感に促され、九郎は集落へと走りました。
息を荒げ、集落に着いた九郎を待っていたのは、落人の群れに襲われて、並ぶ家々が炎に巻かれた集落でした。
九郎は寺へと急ぎます。
彼の育ったおんぼろ寺は集落を襲った落人達の手により、今まさに打ち壊され、火を放たれようとしていました。
境内に投げ捨てられた住職は暴行を加えられ床から引きずり出されたらしく、枯れ木のような腕は折れ、明らかに指の数が足りません。
九郎は目の前の落人に胸の憤りをぶつけました。
日々、絶えず重ねた修練が身を結んだか、無手の九郎は武装した落人の群れを瞬く間に駆逐してゆきました。
一人殺し、二人殺し、死人の手から零れ落ちた太刀を手にしたその時に、住職に伝えられた武術の業が、太刀を手にした前提のモノであったと悟りました。
寺を後にして、落人を探そうとする九郎の脚を、辛うじて息のあった住職の声が遮ります。
永久の別れの手向けにと、住職は自れの捨てた古い姓を可愛い養児に遺して逝きました。その時より、九郎は只の九郎でなく、須佐原九郎となりました。
それから一昼夜のうちに九郎は集落を襲った落人の群れを悉く刈り尽くし、ふらふらと生まれ故郷を後にしました。
最早、彼の頭には落人を殺すことしかありません。
どれだけ経ったか、いつしか戦場に落人狩りが現れるとの噂が流れ出しました。
小さないざこざが戦に変わる時、戦場に鬼が現れて、敵も味方も構わずにどちらも等しく斬り懸かり、後には骸の山を積む、と。
九郎は何時でも血塗れでした。
自らが討たれたその時まで、九郎は己が殺した返り血に塗れ、気紛れに名乗った名さえ紅に染まり、真紅朗と呼ばれるようになっておりました。
真紅朗は殺しました。彼にとっては戦場に立つ全ての者が等しく獲物でしかありません。
いくつもの戦場を梯子して、真紅朗は万人殺しを成し遂げて、その日の内に討たれました。
討たれた真紅朗の首は晒されて、晒した者は三日程で憤死しました。親類縁者に至るまで。
故郷の地に鎮められたその時まで、首のみとなっても彼の怨みは祟りました。
殺し殺すもの、悉くを狩り尽さんと。
真紅朗様は殺す事が嫌いなのでありますね。何故か少女は真紅朗の心の奥の思いを愛しく想いました。
これはトーカの妄想でありますか? 問いかけども答えは返る事はなく。
そろそろ、目覚めの時間であります。起きたら彼に甘えてみますか。
トーカは生きておりますよ? 愛しい愛しい真紅の神様。




