体制には叛逆する姿勢、ギルドとか、国家とか
「そういえば桃花どの、何故、吾が探索者ではないと分かったのじゃ?」
『とーかとやら、主様の質問じゃ、答えてたも』
先程、彼女が化け物扱いしたのを忘れたかの様子で真紅朗が問い掛けると、白玉はくりくりした瞳で少女を見詰めて首を傾げ、桃花は緊張を解きほぐすように深呼吸を一度し、にっこり笑顔で彼に答えた。
「うふふ、それは当たり前なのであります。真紅朗様は探索者の証を持っておられないのでありますから。ここのような探索者組合では、高度魔法技術とかいうもののおかげで、対象の方が探索者証を持っているか、いないかをカウンターの対面に立たれますと直ぐに解るのであります! 探索者証には特殊な反応があるそうで、それを捕らえる仕組みが建物にあるのであります。はいてく、なのでありますよ!」
「ほう、面白いものじゃ。所で桃花どの、吾はおぬしが気に入ったので連れて行こうかと思うのじゃ。共に行かんかね?」
「ほえ? トーカを連れて行くでありますか? は、もしやこのトーカの瑞々しい肢体をこねくり回し、組んず解れつぐちょぐちょのぐちゃぐちゃにされてしまうのでありますか!? トーカのおむねはそんなに大きくないでありますが、ダース単位で真紅朗様との赤ちゃんを産ませられたりとかするでありますか!?」
桃花は耳年増な事を言い出し、自分の肩を抱いて椅子の上でくねくねしだし、真紅朗はそれを見て笑い声を零した。
「はははっ、桃花どのがそれで良いなら吾は構わんが、やってみるか? ……冗談じゃが」
桃花の反応に気を良くした真紅朗は受付の少女の戯れ言に乗ってふざける。しかし、彼が最後に付け加えた一言は桃花の耳には入らなかったらしく、少女は顔色を青褪めさせて慌てだした。
「ほえええっ!! トーカはまだ乙女なのでありますよ~。真紅朗様、トーカにはいきなり障害物が高過ぎるのでありますよ~。えうえうう」
真紅朗の言葉を本気にとったのか、桃花は次第に目の端に涙を溜め始め、両腕をぶんぶんと振り回し始めた。
「いやいや、桃花どの、先に吾の言うたは冗談じゃぞ。本気に取らんでくれるかや」
『主様、主様、とーかをいじめたのかや? いじめダメぜったいっ!! らしいのじゃ。セロとシェラがわしの耳とか角とか尻尾とかを引っ張った時に、ルピナさんから言われとったのじゃ。ダメなのじゃ、主様!』
目を見開いた白玉に、珍しく真紅朗は叱られた。
「いや白玉、これはいじめでなく、からかっただけでじゃな。……じゃが、こんな取られ方をするとはの。桃花どの、すまなんだよ、この通り謝る。吾は婦女子には基本的に無体な真似はせんよ。のう、白玉?」
『そうじゃぞ、とーか。真紅朗様は今逗留されとる宿でも、婦女子には酷く甘いのじゃ。女将のルピナさんやその双子の子供にもわしをおもちゃにさせるぐらいの! ……主様、今、ふと思ったのじゃが、わしの扱いひどくないかや?』
先ほどの仕打ちを思い出したのか、白玉はジト目で真紅朗を見詰める。真紅朗は白玉のもふもふの身体をぽんぽん叩き、わざとらしい笑顔を向けた。
「なにを言う、白玉。何時もこんなに可愛がっておるじゃろ。どこがひどいのじゃ」
『そうじゃぞ、とーか。主様はやさしいのじゃぞ! こわないぞ!』
たったそれだけで自身の擁護をはじめる白玉に、ちょろすぎやしないかと真紅朗はむしろ微妙に不安になった。
「──白玉……おぬし」
「何やら、トーカは相手をされていないでありますか? ほーちぷれい、とかいうものでありますか、これ? 真紅朗様、白玉様、トーカも仲間に入れて下さいであります」
真紅朗が白玉とじゃれているうちに、桃花はけろりとした顔でとぼけた口調で宣った。そして、いつの間にか真紅朗と白玉、カウンターの桃花以外に誰も居なくなった組合の建物内部を見回して、真紅朗に脅すような言葉をはいた。
「真紅朗様、こんな衆目の面前でトーカを辱めたのでありますから? ……探索者登録試験、トーカのノルマの為に受けて貰えるでありますよね!!」
「衆目て、ほんに誰も居らんぞ?」
『わし知っとるのじゃ! わし名乗った瞬間にちこっと威圧してみたのじゃ。そしたらみんな慌てて逃げて行ったのじゃ!!』
その場には見事に誰も居なくなっていた。少し離れた買い取り口さえ空っぽである。白玉が脇で何か言っているが真紅朗と桃花の二人はそれを丸ごと無視して二人だけで話している。
「あらやだ、お昼の時間でありますよ。真紅朗様、白玉様、ご一緒しますでありますか?」
ぽんと手を打ちそう言って桃花は真紅朗達を食事に誘った。
「好いのかや? では、一緒するとしようかの?」
「少しお待ちくださいでありますよ。お財布を取ってくるのであります」
桃花は椅子からその身を起こし、裏の更衣室に戻ろうとした。
「よいよい、それくらいは吾が出そう。一緒に食事するのじゃ。それくらいはの」
真紅朗はそれを制して、桃花はカウンターを出て真紅朗のそばに来た。
「え、でも、失礼でありますが、真紅朗様はお金をお持ちでありますか? 魔晶の買い取りはまだでありますが」
「心配いらんの。此でも吾は金貨を数枚持っておる。この街に入る時に一枚だけ崩したが、その銀貨もあまり減って居らんでの」
「おお、お、御大尽でありますよ! 御大尽でありますよ! 受付嬢のトーカの給金、一巡月に銀貨三枚足らずであります。なんでそんな御大尽がこんな木っ葉仕事をしようとするのでありますか!?」
「いやいや、何を言うとる。吾は探索者になろうなどとは言うておらなんだぞ? 暇潰しに魔晶とやらを売ろうと思うただけじゃ」
「はっ! これは、真紅朗様にトーカの身を預けるのも吝かではないであります!! バッチこーいでありますよ。真紅朗様の子供の百や二百、根性で産んで見せるでありますよ!!」
「いや、物理的に無理がないか桃花どの? それにおぬし、乙女とかいうのはどこ行ったのじゃ。はしたない」
金貨と聞いて目の色を変えた桃花の現金さに真紅朗が呆れた声を漏らすと、彼にとってはいきなり耳元で白玉が泣き出した。
『……びええ、わし、わし、いらん仔なんじゃ~!!』
「なんじゃ白玉、騒々しいのう。ほれ桃花どのと一緒に昼餉に行くぞ。何をそんなに泣いておる。仕方ない奴じゃの、おぬしの好きな甘い水菓子をたくさん用意して貰うからの。泣き止んでおくれ」
首に巻き付く幼竜をぽんぽんと優しく叩き、真紅朗がそういうと、白玉は涙に潤んだ瞳を真紅朗に向けた。主がちょろすぎるの、とか考えているとは微塵にも思ってなさそうだ。
『……水菓子……かや?』
「そうじゃぞ、水菓子じゃ。ほれ行くぞ、白玉よ」
『主様、主様、主様~』
白玉は嬉しげに真紅朗に身体を擦り付け、何度も甘えた声を出した。
「泣いた仔がもう笑ったのう。ほれ、桃花どのも行くぞ? ちと、手を拝借」
ぶつぶつと危険日だの、既成事実だのと男性諸氏には剣呑な事を口ずさみ始めた桃花の手を引き、真紅朗は組合の建物から外へと出ようとした。
外へと一歩踏み出した真紅朗達へ、組合の建物を取り囲んだ衛兵隊から無数の槍の穂先が突き付けられた。
「探索者組合支部襲撃犯よ!! 人質を解放し、大人しく縛に着け!!」
何やら衛兵達の中でも一際偉そうな兜を着けた、厚い筋肉を纏った一人から真紅朗に宣言された。
「なんじゃ?」
一方、槍を突き付けられた真紅朗が首を傾げ抱いたのは、強敵が居ないと、ただそれだけだった。
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「なんだって! ギルド受付嬢の不思議ちゃん、トーカ嬢が人質だと!?」
この街では、桃花はその傍目には人形のような見目の良さと可笑しな言動から、一部の者達から熱狂的な支持を得ていた。そう、この衛兵隊長からも。
訴えて来たのは如何にもゴロツキ風の風体の連中だったが、 それぞれ手や足を再生不能な状態で破損されており、訴えの信憑性を増していた。
彼は指揮下の部隊二十名を即座に召集、用意出来る最大級の装備で武装させて探索者組合支部へと走り、隊員達を指揮して組合支部の入り口を完全に包囲し襲撃犯が出てくるのを待った。
目撃者の話によると襲撃犯は可笑しな格好をした若い小僧らしい、衛兵隊長の下には獣使いのようで白い凶暴な使役獣を連れているという情報も入っている。
組合支部の入り口に人影が見え、衛兵隊長を始めとする衛兵隊に緊張が走った。その人物が出てくる瞬間に合わせ、衛兵隊長は降伏を勧告した。
「探索者組合支部襲撃犯よ!! 人質を解放し、大人しく縛に着け!!」
姿を現した彼と彼女の姿に、衛兵隊長は愕然としつつ、心の中で涙し絶叫した。
(何故、そんな蕩けた顔で親しそうに手を取り合っているのですか、トーカ嬢おおお!?)
「なんじゃ?」
桃花はぼんやりした瞳を衛兵隊長に向け、現状を認識していない顔で知り合いに手を振った。少女の様子に困惑気味に衛兵達の槍が一斉に引かれた。
「あら、衛兵隊長さんでありますよ? こんにちはであります! はえ、どうかされたでありますか?」
「桃花どのの知り合いかや? 何やら誤解されとるらしい。蹴散らすのは簡単じゃが、避けられるなら諍いなどない方が良かろ。説得して貰えんか? 成功したら銀二、即金で取っ払うでの」
その若造が桃花の耳に唇を寄せ囁くと、少女は衛兵達を見回して、とても嬉しそうに人形のように整った顔を綻ばせた。まるで蕾から大輪の花の咲き誇る様子で。
「これはなんの騒ぎでありますか? 衛兵隊長さん、トーカに教えて欲しいであります? トーカと真紅朗様はこれからご飯に行くのでありますが」
いっそ無邪気な桃花の言葉に、衛兵隊長は我慢の限界を超え、あ、切れた。
「ぬぐぐぐぐ、畜生おおおお!! キシャマラ、捕らえろおおおおおおっ!!」
明らかにヤバい形相の衛兵隊長に嫌々従い、衛兵達は桃花を狙いから外し真紅朗に槍を向け、少年が手を横に振ったその瞬間に衛兵達の槍が全て折れ飛んだ。
「桃花どの、さっきの話はなしじゃ。これじゃからな。白玉、出番じゃ。吾では殺し尽くしてしまうでな」
真紅朗の言葉に白玉は彼の首から離れ、主を見上げた。
『主様、わし何をすればいいんじゃ?』
「威嚇でよい。最大でぶっ放すのじゃ!」
真紅朗の言葉を聞いたと同時に白玉の封印が一時的に解放された。
その日、辺境のとある街に伝承に謳われる白顛竜が降臨し、恐ろしい咆哮を上げると霞のように消え去り、それ以後、世界の各地に時折、その姿を晒し出す事となった。
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白顛竜の姿と咆哮に阿鼻叫喚に陥った衛兵達を後目に、その場から逃げ出した真紅朗達。
噴水広場にほど近いカフェの、通りからも目立つテラス席に真紅朗と桃花、白玉の二人と一頭の姿があった。
白玉はフルーツを山盛りにされたグラスに小さな頭を突っ込んで舌鼓を打ち、もふもふの尻尾をゆらゆら振っている。
真紅朗と桃花は既に食事を終え、食後の御茶を楽しんでいた。
「これはあれでありますよ。駆け落ちとか、逃避行とか、そういうあれであります! つまりは真紅朗様の金貨はトーカの物も同然というあれであります!」
「そうか、まあ桃花どのがそれで良いなら、吾は構わんよ。所で桃花どの、そろそろ仕事に戻らんでよいのか?」
桃花は真紅朗に何言ってんだコイツと言わんばかりの視線を送り、少年は少女のその視線に理屈にならない恐ろしさを憶えた。実力行使すれば負ける筈の無いことも分かっているが。
「トーカは既に真紅朗様の共犯者にされてる筈でありますよ。今更、トーカはギルド受付嬢の職には戻れないであります! 真紅朗様、末永くトーカの御世話をお願いするであります。具体的には孫や曾孫に囲まれてお布団の上で果てるまでであります!」
「桃花どの、本気かや? まあ、路銀はあるでな。人一人増えた所でどうにでもなるが」
『けぷ、主様、ごちそうさまなのじゃ!』
「ほれ白玉、来よ。宿に戻る。桃花どのも付いて来るなら、付いて参れ」
果物を食べ終えた白玉を首元に招き、桃花に好きにするように言い、真紅朗はテーブルに数枚の銀貨を置いて立ち上がった。
桃花は真紅朗に釣られて立ち上がり、一枚だけ残してテーブルの銀貨を回収し、彼に言われたまま勝手にその後を追い掛けた。
「真紅朗様はどちらに逗留されているのであります?」
「場所は覚えとるが店名は知らん、そう言えばあの旅籠の名を覚えておらんかったな。白玉は覚えとるか」
『わしも知らんのじゃ。ルピナさんとセロとシェラに撫でくりされてただけじゃしの』
「ああ、ルピナさんの所でありますか、トーカは知っているでありますよ? 彼処は青空旅舗であります。ありがちな店名なのでありますよ」
そうか、と真紅朗は桃花の言葉を聞き流し、大通りへと歩きだした。桃花はとてとてと少年の背を追い掛けて、少女は彼の隣を歩いて行く事にした。
こうして真紅朗くんは、ギルド受付嬢という名の守銭奴の誘拐犯と相成りました。




