破落戸とはなんと読む?(ヒント:五六二九)
真紅朗は門番に貰った地図を頼りに、異界の故郷では先ず見ない石造りの街並みを行く。門から真っ直ぐに延びる表通りから一本裏の路地に入り、異界地図に印の付いている宿を探した。その最中、真紅朗の腰の革袋を摺ろうと道端の物乞いや浮浪児の掏摸が幾人も狙って来たが、少年に手を伸ばした瞬間に時には痛むほどに、大抵は優しくその手を払い除けられていた。
「力加減の練習には好いのう。最初の何人かは手を払うつもりが、存在ごと消し飛んでおったからの」
血腥いことをのほほんと呟くと、真紅朗は首の白いもふもふ襟巻きを優しく撫でた。
『……んみゅ、なんじゃあ? 主様、おはようございますじゃ。わし、おしゃべりしてよいのかや?』
主の首に巻き付いて眠っていた白玉は首を擡げて真紅朗に訊ねた。
「あまり警戒しなくとも良さそうじゃ。吾から逃れられる者がまずいないからのう」
『じゃ、じゃあ、主様、わし何時でもおしゃべりしてよいのか?』
「ん、構わぬ、まあ、黙って居って欲しい時は駄目じゃ。それだけは守る事だの」
『わしは主様が言ってくれれば守るのじゃ』
「呵々、良い良い。おお、白玉。あそこが印の宿らしいぞ?」
真紅朗が指差したその先には、いかにもなおんぼろ宿が佇んでいた。
『──主様、主様、わしちょっと出掛けて来るのじゃ』
そう言って座った目をして飛び出そうとした白玉の尻尾を握り止めた真紅朗。
「……何処に行こうというか、白玉」
『ちょっと、あの門番を消し炭に変えて来るのじゃ。主様にこんな宿を紹介するなど論外じゃ!』
「まあ待て、白玉。宿など、中に入らねば実際の所は解らんぞ。それにいちいちそんなことで殺していたら、世界中の全ての人を殺さねば終わらんじゃろ」
ぷりぷり怒る白玉を宥め、真紅朗はおんぼろ宿の扉をくぐった。
「いらっしゃい……。なんだ餓鬼かよ」
ふてぶてしい顔付きの人族の中年男がカウンター越しに入ってきた真紅朗に声を掛け、少年の身形を眺めると興味なさそうな態度を取った。
真紅朗は自身の今の姿を思い出し、仕方ないかと一つ頷いた。
「ふむ、店主よ。門番からなにやら地図を貰っての。そこに印が付いておったので、門の近場からやって来てみたのじゃが。あれは何の印なのじゃ?」
店主は少年の言葉に驚いた顔を真紅朗に向け、居住まいを正して変わった格好の少年に頭を下げた。
「申し訳ない、あんたの様な子供があいつに認められる程の人物とは思わなかった。一応だが、貰ったっていう地図を見せてくれないか?」
「……うん、これに何ぞ在るのか。まあよい、ほれ」
店主に門番から貰った地図を懐から取り出し広げて見せた。店主はその地図を見ると更に目を見開いて、真紅朗に頭を下げた。
「まさか、最上級の地図を持たされていたとは思わなかった。申し訳ない。……あ、地図について説明した方が良いかい」
「うむ、出来れば頼む」
『さっさと主様に説明せんか、消し炭に変えるぞ!』
白いもふもふの白玉が頭を擡げ牙を剥いて小さな火を噴いて見せると、店主は感心した様子で驚いていた。
「おわっ……こりゃ珍しい、喋る使役獣とは!? よっぽど腕の良い獣使いでもなければ、操れないと聞くよ! いやいや、説明するから睨まないでくれないか、ちょっと、あんたその白い仔を止めてくれ!」
直ぐ様脱線し始めた店主を睨んだ白玉が炎を吹き付けようとし、店主の懇願に真紅朗は間に入った。
「仕方ない、白玉。止めや」
『むう……主様の指示じゃ。おぬし命拾いしたのう』
真紅朗の短い静止に白玉は素直に従い、店主への攻撃を止めその代わりに毒吐いた。
「白玉は止めたぞ。話しの続きを頼む」
店主は安堵の溜め息を吐き、真紅朗への地図の説明を始めた。
「ふぅ……いや助かったよ。その地図はね、この街に店を開いている有志で集まって作った物なんだ。うちの宿が載せて貰っているのは、不思議なんだけどね。この街でも優良とされる店のみに印が付いて入るんだ。それは、あんたにも分かったんじゃないか」
「まあ、これ見よがしな印に店名なども書いてあるのじゃ。察しはつくのう」
『これ見て解らん奴がおるのかや?』
「それが居るのさ。実はこの街にはそれなりに大きな探索者組合の支部が有ってね。マナーのなっていないわ、学もない酷い奴等が多いのさ。まあ、探索者なんて香具師にはゴロツキ同然の奴が多いのは仕方ないのだろうけどな」
「吾は別に探索者とやらではないがの」
のんびり真紅朗が言うと店主はポカンとして真紅朗を見た。
「え、違うのかい? 変わった格好だし探索者に違いないと思ってたよ。まあいいや、で、門番の中には入ってくる旅人を審査する役目があってだな」
店主の長い話を要約すると、門番の眼鏡に叶った旅人には地図が渡され、その渡される地図にも区別があり、真紅朗の持つ最上級の他に、上級、中級と三種類有る。地図の内容も中級から最上級と段々詳しくなっていき。中級の地図では最上級の地図にある手頃な値段で食べられる高級料理店や、宿代の安い高級旅籠などの印はない。店主の宿は中級から最上級までの全部に載っており、最上級の地図を持ってくる客など先ず居ないそうである。
「それでも構わないなら泊まっていくかい? 素泊まりなら一泊銅三十、朝夕の食事付きで銅四十五だけど」
「連泊で割引とか有るのじゃろうか?」
「一巡週の十日間の連泊で銅二百五十で食事付きになるよ。よく気付いたね。もしうちに泊まらないなら、地図のここ、この宿に行くと良いさ」
店主は真紅朗の地図の中の大通りに程近い高級旅籠を指差した。
「店主の指した宿はどんな所なんじゃ?」
「さっき言った他の地図には無い宿なんだよ。普通は一見さんお断りなんだ。その地図を持って居ないとね。宿代は流石にうちより高いけど、あの格の宿では有り得ない程安いよ。使役獣も一緒に泊まれる珍しい宿でもあるしね」
「ほう、良いことを聞いたの。店主よ、些少じゃが礼じゃ。おぬしの言った宿に行ってみるよ」
『主様に感謝するのじゃぞ!』
真紅朗は腰の革袋から取り出した銀貨を一枚カウンターに置き、宿を去ろうとした。
「ええっ……おいっ、こんなに貰えないよ! ちょっと……」
背後から掛けられる店主の声を無視して真紅朗は通りへと出て行った。
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「良い宿じゃな。白玉」
真紅朗は旅籠の床に伸びた幼竜の背を優しく撫で、白玉は主の為されるがまま、いびきをかいている。
『……すぴょ……すぴ……』
眠る白玉をそのままに、真紅朗は部屋を出て、宿の受付に向かった。受付には妙齢の女性が立っている。齢二十程の優しそうな目元をした美人だ。この旅籠の女将にして二児の母、その名をルピナさんというらしい。
「あら、シェンクロ様、お出掛けですか?」
「し・ん・く・ろ・う、真紅朗じゃぞ、ルピナ殿。此方の者には言い辛いのかの、吾の名は?」
おっとりした口調で自身の名を間違えられ、真紅朗は思わず訂正していた。この旅籠に泊まって二日目、彼女から名を呼ばれる機会が有る度に呼び間違えられ、真紅朗はその度に訂正しているのだった。
「あらまあ、失礼しました。シンクェロ様」
ルピナさんが言い直すも正しくなく、真紅朗は苦笑を返しながら部屋の鍵を渡した。
「まだ言えておらんのう。まあ、吾と分かっておればよい。白玉が部屋で寝ておるので、たまに様子を見てやってくれんか? 吾はちいと散歩してくるのじゃ。白玉が起きたら吾の所に勝手に飛んでくるじゃろうが、聞かれたら散歩に行ったと言うてくれ」
「わかりましたわ。手が開いた時にお部屋にお伺いしますね。……ハクユウちゃん、可愛いですよね! うちの子達も相手をして貰っているみたいで、ありがとうございます。長々と押し留めてはいけませんわね。では、行ってらっしゃいませ。シェンクェル様!」
真紅朗は綺麗な姿勢でお辞儀するルピナさんを背に、街中へと繰り出した。眷属である幼竜は彼女とその二人の子供のおもちゃになるのだろうと思いながら。
真紅朗はぶらぶらと繁華街の店先を冷やかして歩く。たまに足を止め、大道芸人の業に感心し、旨そうな匂いのを屋台にに財布の紐を緩めたりした。
掏摸を行おうとする者達は人通りの多いこの繁華街にも掃いて捨てる程におり、金払いの良い真紅朗の腰の革袋を狙ってくる者達も多かった。しかし、彼の腰に手を伸ばした者達は悉く失敗していた。
街の中心の噴水広場に足を向けた真紅朗は噴水の縁に腰掛け、道行く人々を何とはなしに眺める事にした。
そうしてどれほど経っただろうか、見覚えの有りすぎる真っ白なもふもふが真紅朗を目指して文字通り飛んできた。
『主様、主様、主様、わしを置いていかんでたも~!!』
真紅朗の胸に飛び込んだ白玉は、柔らかな白毛をぐりぐりと主に擦り付けた。突然、飛来した白もふ飛行生物に広場中の人々から真紅朗に視線が集まっている。
「何じゃ白玉。暑苦しいぞ。ルピナ殿に言付けしておいたじゃろ。今生の別れでもあるまいに」
『そのルピナさんとセロとシェラは撫で回し過ぎなのじゃ。わし主様と一緒がいいのじゃ』
案の定、おもちゃにされていたらしく、白玉は真紅朗に泣きついて来たようだった。
「ついでじゃの、探索者組合とやらに行って見るかの。魔晶が売れるらしいでの」
『にゅほほ、主様~じゃ』
何時ものように最近お気に入りの自分の首に巻き付いて来た白玉の頭を撫で、真紅朗は噴水の縁から腰を上げた。
空を飛び言葉を喋る白玉に目を付けた者達が真紅朗の後を追い始めた。
真紅朗は噴水広場の目と鼻の先にある探索者組合の建物にやってきた。その建物は周りに比べて一回り大きく、周りは平屋建ての中、探索者組合の建物は二階建てとなっていた。
「頼もう、うぬ、こんな場所なのじゃな。探索者組合とは」
『頼も~じゃ』
自分の首に巻き付いて真似している白玉に苦笑しながら、頭を撫でる。
「なんのようでちゅかぁ、ぼくちゃん?」
「ゲハハハ、勘違い野郎が来やがった」
「おいおい、ビビってんじゃねえか?」
真紅朗はありがちな野次を飛ばし、横合いから伸ばされる手足を弾き踏み砕いて、掏摸を使った手加減の練習の成果か、呻き声をあげる連中の前を平然と通り過ぎ、受付カウンターに足を進めた。カウンターには人形のような小柄な少女が建物内を血塗れにした真紅朗に笑顔を向けていた。長い黒髪を肩の後ろで全て編み、太い三つ編みにしている。
「いらさい、いらさい、何の御用でありますか?」
「うむ、魔晶の買い取りを頼みたい。買い取りは此方でよいのか?」
「はいはい、買い取り口はあちらでありますよ。ですけど~、探索者として登録されると買い取り額が一割は上がるのでありますよ?」
少女は指先を揃え、真紅朗に買い取り口を示し、探索者の登録を勧める。
「興味はないのう。別に探索者とやらにならんでもよいのじゃろ?」
「でもでも、試しで構わないでありますから、探索者登録試験を受けていただけませんでありますか? トーカの今一巡月のノルマが未達なのでありますよ~。あと一件なのでありますよ~!」
真紅朗は少女の告げた名に異界の響きに、それにあてるに相応しい漢字すら脳裏に憶え、思わず少女へと問い返していた。
「──ぬ、おぬし、桃花という名なのかや?」
真紅朗の問い掛けに少女は不思議そうに首を傾げ少年に答えた。
「……トーカはトーカでありますよ? はっ、わたしはトーカ、トーカ=カミナギという名前なのでありますよ! 失礼したであります。自己紹介を忘れていたでありますよ」
「それは丁寧に。吾は真紅朗。須佐原真紅朗と申す。此方風に言えば真紅朗=須佐原かのう」
真紅朗が受付嬢に自己紹介すると、襟巻きになっていた白玉が頭を擡げ、少女桃花へと自己紹介した。
『わしは主、須佐原真紅朗様が眷属たる白顛竜、賜った名を白玉というのじゃ』
白玉の自己紹介にポカンと口を開け、桃花は真紅朗に振り向いた。
「真紅朗様は何者でありますか? こちらの白玉様のようなモノを従えている者など、到底、まともではないでありますよ?」
「ふむ、吾は確かにまともな存在などではないわな。のう、白玉?」
『そうじゃ主様、わしの主、真紅朗様がまともな訳など無いのじゃ!』
平然と化け物扱いを肯定する真紅朗と白玉に、桃花は瞳がちな目を大きく見開いた。




