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序章  佐七ナミはヤバい奴だ、という常識

 高田(たかだ)タカ、それは背の高い僕の名前。

 佐七(さなな)ナミ、これは背の低い先輩の名前。

 兎楽隊(とがくたい)、それは僕の入った()()()()()()()()同好会の名前。

「――説明しよう!」

 楽しげな先輩の説明は、僕がこの高校に入った頃のことだ。

 先輩は出会い頭、開口一番いきなり全力で言い放った。

「ここは兎楽隊の会室です!」

 そこには僕と先輩のただ二人、しかも二人だけでぎゅうぎゅうな埃臭い掃除用具室。

 なんだこのカルト的シチュエーションは。僕は一抹の不安を抱く。

 しかし先輩が手に持った風船みたいな楽器を握ると、そんな不安を打ち消すように「パフパフパフ!」と薄暗い部屋にそぐわない愉快な音が鳴り響いた。

「来てくれてありがとう! 握手!」

 先輩はそう言って、汚いパイプ椅子に座る僕に手を差し伸べる。

「あ、こちらこそどうも」

 僕は苦笑いをして、あれ、もしかして……と思いながらその手を軽く握った。

 心当たりは、もう少し前に遡る。

 そう、僕にもめでたく春が来て、残念ながら色恋沙汰じゃないけれど、地元の由緒ある高校に無事入学することができた今年の春。父も母も合格が決まると良かったねぇと涙を流し、僕はそこはかとない期待に胸を膨らませていた。

 ただひとつ問題だったのが、例えば野球が苦手な人のように、例えば高い所が苦手な人のように、人には苦手だとどうしようもないことがあって、それが僕の場合は自分の背の高さに触れられるということだった。

 小学校に入りたての頃僕は生まれて初めて背の順というものに遭遇して、前からたった一、二番目になり、周りからは

「高田って高田のくせにチビだよな〜」

と毎日のように言われ、

「うるせー! そんなにチビじゃねーよ!」

って声を張り上げると、ヤツらは決まって小芝居を始めて、

「そういえば高田さんちのお子さんって背ぇ高いですわよね〜」

「ほんと、ウチの子にも爪の垢を煎じて、」

「「飲ませてあげたいですわ~」」

と同時に言い、僕はたまらず

「うるせー! そこまで高くねーよ!」

と言い返すくだりが続いていた――んだけど、なんと小学生高学年で僕の身長は驚異の伸びを見せて念願叶ったり!

 ……かと思いきや、それまでずっとチビとして生きてきた僕の中身と外見そとみはズレッズレで……でも僕を知らない人は僕を()()()()()だと思っているわけで、いざ中学校に入るなり

「高田くんって言うんだ〜。背ぇ高いねー」

と言われた瞬間、僕は思春期のムズカシイココロと相まってなんとなくからかわれてる気がして、

「はあ? そこまで高くねーよ」

ってぶっきらぼうに言ってしまい、

「あ、なんかごめん……気にしてたんだね」

という感じで僕は背の高さに触れられるのが苦手です。

 僕の中学時代、自意識過剰な男子で終了。

 でもそんな経験から一つだけ学んだこともありました。それは学生生活は初っ端が大事だということで、高校の始業式でも校長先生の話の冒頭の

「始め良ければ終わりよしという言葉がありまして、この格式高く文武両道な桜花(おうか)高校において、皆さんには桜花生としてふさわしくかつ有意義な高校生活を送っていただきたいと思います。そのためには伝統的な桜花の心に従って初心を正しく持ち、それを貫く意志を持っていただきたい」

という言葉に背中を押されたような気がして、紅白幕で飾られた体育館を出て自分に気合を入れるやいなや、新入生の勧誘に溢れる廊下でバスケのユニフォームを着ている男の先輩が

「君、名前なんていうの?」

と聞いてきてくれたので、今度は意気揚々と

「高田です!」

と答えると

「高田くんって言うんだ〜。背ぇ高いねー高田だけにぃ!?」

と大声で言われて、なんか言い方も相まってカチンと来て

「名字は関係ないっす」

って仏頂面で言い、

「あ、ごめん……気にしてたかな」

と言わしめたあたりやっぱり僕は背の高さに触れられるのが苦手です。

 ちょっと落ち込みつつその場を後にすると、ざわめきの中から「背が高いヤツも()()ヤツもめんどくせーな……」という声が聞こえてきて、僕の胸にぐさりと刺さりました。

 でもそんなことをいつまでも気にしていてもしょうがないので、次こそは素直に返事をしよう、と心に誓った直後、

「そこの背が高い君!」

と呼び止められて、声の主が人ごみのどこにいるか一瞬分からなかったけど、下を見ると背の低い女の先輩がこちらを見上げていて、

――この人こそ、ある界隈では有名な兎楽隊会長の佐七先輩だったんだけど。

「あ、僕ですか!?」

「人生楽しいほうがいいよね!?」

 人生? そんなの楽しいほうが良いに決まってるだろ!

「はい! もちろんです!」

「よっしゃ!」

 先輩は突然僕の腕を掴んで、人ごみの中を進む、進む。僕は人ごみにぶつかりながら先輩に引かれていく。

「ちょ、どこ連れてくんですか」

「いいからいいから!」

 佐七先輩は壁のほうにじりじりと僕を誘導して、ところどころメッキが剥げた扉に辿り着くと迷いも無く押し開く。

 開かれる直前にプレートを見ると、掃除用具室と書いてあった。

「はい入って!」

「うわっ」

 佐七先輩は僕を無理やり中に押し込むと、すぐさま扉を閉める。ざわめきの音が一気に小さくなり、そこはまるで二人だけの世界になる。

「はい、とりあえず座って! 話だけでも!」

 先輩がふわりと開いた両手で指し示す先に、こちらへ向いて置かれたパイプ椅子があった。

 僕は思った。

 何だこれ、怪しい。

 しかし扉の前では佐七先輩が笑顔で僕を見守っている、もとい僕の前に立ちふさがっている。

「どうぞ~♪」

 何だこれ、新入生用のドッキリか? 座った瞬間奥に倒れて壁をぶち破ってプールにドボンとか。はたまた女の人だと油断させておいてのカツアゲか?

 いやここは高校だし、最悪バトルになっても背の高低差が僕を助けてくれる。ここにきて自分の身長に感謝。

 僕は腹をくくってパイプ椅子に腰掛けた。

「――説明しよう!」

「うわ! 何ですか急に」

 先輩は目がついてるのかな、距離に対して大きすぎる声量で嬉しそうに叫ぶ。

「何でしょう! そう! ここは兎楽隊の会室です!」

 先輩がポケットから楽器を取り出して握り、「パフパフパフ!」という愉快な音が鳴り響く。

「はい、今日は来てくれてありがとう! 握手!」

 先輩はそう言って、汚いパイプ椅子に座る僕に手を差し伸べる。

「あ、こちらこそどうも」

 僕は苦笑いをして、あれ、もしかして……と思いながらその手を軽く握った。

――背が高いヤツも()()ヤツもめんどくせーな……

 もしかしてその背が低いヤツって……。

「さて、兎楽隊とは何か! それはとにかく楽しい事がしたい! その「と」と「楽」と「たい」をとって名付けました!」

「……」

 ん、このは何だ? 先輩は腕組みしてしたり顏でこちらを見据えているが。

「……あ、そうなんですか」

「そう!」

 先輩はにっと白い歯を見せて笑った。まるで「兎楽隊って名前、イイでしょ?」と語りかけるかのように。その瞬間、僕は確信した。

――ああ、めんどくさい人だった。

 分類するなら中二病というやつか。カッコいい名前をつけてその評価を執拗に気にする、しかも自分のやっていることは正しいと信じて疑わない。ヤバい。高校生活初っ端からこんな人と関わりたくない。

 シフトチェンジ入りまーす。

「君は楽しい事に興味はあるかい?」

「いや、無いです」

「よし! そんな背の高い……えーと、えー……」

 流れ無視かよ! 先輩は僕を指差して唸っている。

「高田です」

「高田くん! ああ、三組の!」

「二組です」

「二組の! そんな高田くんはこの部活を楽しめるはず!」

「そうですか」

 我ながら見事な棒読みである。

「まあ、気が向いたらまた来てね!」

「あ、はい」

「……」

 ん、この間は何だ?

「あ、帰っていいよ」

「えっ!?」

「あ、もしかして入ってくれるの!?」

「あー、考えてみます」

 あれ、思ったほどめんどくさくないぞ。

 ……そうか、僕の深読みだったんだ。もしバスケ部の先輩がこぼした言葉が本当だとしても、その背が低い人ってのはこの人じゃないみたいだ。そりゃそうだ、学年数百人も居るこのマンモス校で一人中一人の特等賞が当たるなら僕はハワイに百回は行ってる。残念ながらサンバのお姉さんとの記念写真は一枚も持っていない。というわけで、ついさっきまで勝手に展開した中二病的先輩像はなかったということで。

 先輩が扉を開く。わっとざわめきが蘇る。先輩はホテルマンのごとく丁重に僕を廊下へと誘導する。そう、その先はパーティーだ。青春という僕の人生のパーティー会場だ! ヒャッハー!! 頼もしくて愉快な仲間達が、きっとそこには待っているんだ!

 僕は目の前に広がる明るい未来へと、大きな一歩を踏み出した。



×××



 始業式から数日ほど経った朝。

 結局あの後はバレー部とサッカー部の先輩だけに声を掛けられて、まあそんなもんだなあと納得して教室に着き、髪は肩上何センチとかセーラー服のスカートは膝上何センチとか学ランは着てくることとかの細かい注意を受けた。そして生徒手帳というものを初めて受け取って、校則に唯一つだけ「桜花の心にそぐわない行為をしたものは退学に処する」と書いてあるのを読んでさすが桜花とテンションが上がったり、教科書や資料を色々受け取ったりして、その中には黄色い入部・入会希望届も二枚入っていた。

 一枚につき一つ部活か同好会を書くことができて、応募多数の場合スポーツ推薦でない生徒は抽選とのことだ。僕はバレー部とバスケ部を書いて後日担任に提出した。

「あ、高田か?」

 自分の名前が書かれた靴箱で内履きへと履き替えていると、後ろから男の声がした。見ると、オナ小の篠原だ。あの目つきの悪さは間違いない。小学生の頃から見た目通りの悪ガキで、僕の背の低さをからかうおばさん小芝居の片割れを担っていたやつだ。中学が違うと分かった時は胸を撫で下ろしたものだ。見れば鬼瓦も、まずまずの体格に成長していた。

「ああ、鬼瓦だっけ。オナ小の」

「そうそう。あー……あの時はからかってすまんかった」

「あ、いや、いいよ。そこまで気にしてないし」

 なんだと……あの鬼瓦が更生している……。世の中捨てたもんじゃないな。僕は内履きを履いて歩き出す。

「しのびねえな」

 鬼瓦は照れくさそうに言うと、僕の後をついて歩き出した。

「鬼瓦は何組?」

「三組だが。高田は?」

「二組」

「二組か、知り合い増えたか?」

「まあ、ぼちぼちね」

 そう。部活の勧誘が不作ならその後の友達作りも不作で、というかほとんどあの背の低い先輩のせいだ。僕が廊下に解放された頃にはもう同じクラスの生徒は教室に着いていて、僕が教室に戻った頃には一年二組会場の懇親パーティも佳境。あれだけ初めが大事と言っていたのに最悪のスタートダッシュで高校生活の幕を上げることになったのである。

「そっか。二組ならオナ中の友達が居るからそのうち紹介するぞ」

「まじで!? 頼むわ」

 ああ、鬼瓦。お前は良いヤツだ。なんだろう、最悪の印象から最高の印象に振り切れてなんかすごい良いヤツに感じるぞ。

「そうだ、部活申請出した?」

「ああ。俺はバスケ部一択だ」

「おお、僕もバスケ部を書いたよ」

「奇遇だな! 今朝発表だから俺もお前も入れるといいな」

「そうだな!」

 バスケ部は、サッカー部、野球部と肩を並べてこの学校の人気部活の一つらしいからな。お互い神頼みってわけだ。まあ、僕はバレー部でも十分満足なんだけど、なぜか鬼瓦にはバスケ部に入ってほしいな、と思った。

 僕は丸くなった鬼瓦に別れを告げて、自分の教室へと大股で入っていった。



×××



 この学校では、一日の授業が始まる前にホームルームが開催される。内容は諸連絡とプリントなどの配布が主だ。正直言って大したプログラムではない。

 しかし今日は違う。なんてったって入部の抽選結果発表が待ち構えているのだからな!

「はい、じゃあ部活・同好会の抽選結果配りまーす」

 おおお! 湧く教室、配られていく結果表。先に配られた隣の人の表をチラ見する。個人の名前が書いてあって、下に抽選結果が書いてある黄色い紙。担任によってパサリ、パサリと配られていく。

 さあ、僕の高校生活はバスケ部かな? バレー部かな? どっちかな~?

 パサリ。

 おっ、一年二組、出席番号二十一、高田鷹。うんうん。バスケ部、 落選。そっかー、まあしゃあないか。兎楽隊、入会。

「…………!?」

 僕は思考停止した脳内で、嵐を予感した。

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