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幸か不幸か  作者: 紺野碧
9/22

研究所にて

「エリー、置いていくよ」

「あ、すみません」


ぽけーっと石造りの廊下を見回していたら、数メートル先のオースティンさんに声をかけられた。ここで迷子になったら、本当に大変なのでおとなしくあとに続く。

私はオースティンさんに連れられて、王都の研究所に来ていた。


「まずは所長に、と言いたいところだけど、結構皆さんお待ちかねでね」

「はあ」

「応接室に所長と各部門の長が集まってるから」

「……わかりました」


とにかく、偉い人がいっぱいいるらしいことはわかった。本当はこんな怪しげな格好で入っていくのもどうかと思うんだけど、オースティンさんが大丈夫って言うからいいことにした。だって今の私は、ベージュのくるぶしまであるワンピースに、ダークブラウンのフードつきマントという格好なのだ。ワンピースが明るい色なのがせめてもの救いだけど、顔や髪を隠すためにはフードつきマントは仕方ないということらしい。



長くて複雑な廊下をしばらく行くと、ひときわ大きくて豪華そうな扉の前でオースティンさんが立ち止まった。


「ここだよ。準備はいいね?」

「はい」


胸の前に抱えた自分の荷物をぎゅっと持ち直す。オースティンさんが扉をノックすると、返事が返ってきた。


「失礼します」

「し、失礼します」


扉を開けて中に入ったオースティンさんに続いて、私も扉の奥へ進む。

中には壮年の男性が一人、ゆったりとソファーに座っていた。


「所長、お一人ですか」

「ああ、待ってたよ。オースティン。そちらが?」

「ええ。フォルダーと思われる娘です」


オースティンさんに促されるように会釈をする。


「エリー、マントはもう取っていいよ」

「あ、はい」


荷物を一旦床におろして、マントを留めている紐を外す。するんとマントを脱いで腕にかけると、ソファーの男の人はふむ、とかなんとか言ってこっちを見た。


「君の名前は、エリーというのかな」

「こちらでは、そう呼ばれてます」

「なるほど。私はジェフ・ダントン。この研究所の所長をしておる。エリー。よかったら、君の本当の名前を教えてもらえるかな?」

「恵里佳です。ファミリーネームは吉村」

「ではエリカ、こっちに座りなさい。オースティンもね」


そう言われて、私とオースティンさんはダントンさんの向かいのソファーに腰かけた。


「では、エリカ。いくつか質問に答えてほしいんだが」

「はい、わかりました」


まっすぐダントンさんを見ると、にっこり笑い返してくれた。

目尻に寄るシワに、ちょっと安心した。厳しい人とか意地悪な人だったらどうしようと思ってたけど、この人なら大丈夫そうだ。


私がふっと息をついてから、ダントンさんはいくつか質問をしてきた。年はいくつ? こちらに来たのはいつ頃? 前にいたのはどんなところどんなところ? 仕事はなにかしていた? などなど。


「では最後に、君は『english』と言う言語を知っているかね?」

「え、知ってますけど、なんでですか?」


『english』って、英語のことでしょ? こっちにきてから、私の知ってる言葉なんて聞いたことがなかったのに、こんなとこで出てくるなんて思わなかった。驚きで、自分のセリフが揺れるのがわかる。


「これまでのフォルダーが話す言葉で一番多い言語でね。我々にも少し知識があるんだ」

「そう、ですか」

「エリカはこちらの言葉が理解できているし、大丈夫だとは思うが、もし伝わらないようなら『english』でもかまわない」

「……わかりました。でも、私そんなに話せるわけではないんです」


だって学校の英語しかやってないし。まるきりダメでもないけど、そんなに得意なわけでもないんだよね。海外に行ったこともないから、実践で使ったこともないし。


「そうかね。なら、できるだけこちらの言葉で話すとしよう」

「お願いします」


にっこり笑うダントンさんに、私も笑顔を返した。この人、若いころはモテただろうなあ。

こっちの人はみんなそうだけど、すらりと背の高い人が多い。目鼻立ちもはっきりしていて、向こうで言うなら西欧系の容姿なのだ。ただ、いまだに見慣れない色の目と髪に出会うたびぎょっとしてしまう。ちなみに、ダントンさんは深い緑色の目をしていた。髪は全体に白いけど、うっすら赤茶色いから、若い頃は赤毛だったのだと思う。


「ところで所長。彼女の住居なのですが」


急に口を開いたオースティンさんに、何を言うかと思った。だけど、それは私もすごく気になる。出来ればお互いに離れたくないと言ったのはアシュリー嬢と私で、オースティンさんもなんとかしてみよう、と言ってくれたけど、いまいち不安だったのだ。


「ふむ。若いお嬢さんのフォルダーは初めてだからの。これまで同様に研究所の宿泊所というわけにはいくまい」

「ええ。そこで、我が家で預からせていただけませんか」

「フランドル家の屋敷は馬車で数時間はかかるのではなかったかな?」

「本宅はそうですが、王都に別宅があります。これまで彼女を世話していた妹もしばらく滞在しますし、いかがでしょう」


オースティンさんとそろって、ダントンさんを見る。きっと私は今、すごく必死な顔をしているに違いない。


「なるほど。確か、妹君がかなりご執心だそうだね」

「お恥ずかしながら。年の近い友人もおりませんでしたので」

「まあ、よいでしょう。見受け金を払ったという事実もあるからね」

「ありがとうございます。妹に怒られずにすみます」


ほっと息を吐き出すオースティンさんに、なんだこの人も大概シスコンだな、と思ってしまったのは内緒だ。

だって、ほっとしたのは私も同じだもの。



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