いざ、王都へ
ゴトゴトいう座席に座って、馬車ってこんなに揺れるんだなあ、大変だなあ、なんて的はずれなことを考えていた。
「今日は王都の別宅に泊まるよ」
「はい」
深夜の大騒動から一週間ほどたって、私は結局王都の研究所に向かっている。
とにもかくにも、私自身がまだ17歳でニートは嫌だ! と思ったのが大きいのだけど、他にも色々と要因はあった。
まずは、フランドル家の財政があまりかんばしくないこと。エドワードさんは、剣の才能はあっても領地運営の才能はあまり高くないらしい。騎士団として働いている以上、なかなか自分の領地にいることは叶わないからある程度仕方がないのだけど、この数年間、ずうっとフランドル家の資産は微減しているらしい。
二つ目は、そんな中でアシュリー嬢が私を引き取る際に見世物小屋に払った金額が、思いの外高額だったこと。エドワードさん不在の中、彼の指示を受けつつ実際に家計をやりくりしていたのは、アシュリー嬢だったのだ。まあ、そのおかけで微減にとどまったとはいえ、彼女が私にかけたお金は、服やら食事やらも全部込みで、一般人の方のおうちを建てられる位だそうな。それを聞いたとき、私は気を失いそうになった。
そして三つ目、フォルダーを保護して国に身柄を引き渡せば、褒賞金が出ること。オースティンさんの言っていた通り、フォルダーの存在はこの国にとってとても重要なもので、高いお金を払ってでも、というものらしい。ちなみに、フォルダーの持つ情報の価値によって褒賞金の額も変わるのだとか。
そんなわけで、フランドル家のみなさまにこれ以上ご迷惑もかけられないし、仕事するなり勉強するなりしたい私は、研究所へ行く決意をしたのでした。
今はフランドル家から王都へ向かう馬車に、オースティンさんと一緒に乗っている。エドワードさんは、二日ほど前に王都に先に戻っている。アシュリー嬢は、二人のお兄さんの説得に折れ、準備ができしだい王都に来て社交界に出ることにしたらしい。エドワードさんにお嫁さんを探す! と張り切っていたから、問題はなさそうだ。
「あの、明日は研究所に行くんですか?」
「そうだよ。所長を始め、何人かの研究員に会って、君にどんな協力をしてもらうか決める。こっちに来たときの服や持ち物はあるね?」
「はあ、ありますけど。明日、あれ着た方がいいですか?」
私がこっちに来たときに着ていた制服や下着やらは、全部マリアンがきれいに洗っておいてくれていた。私の教科書や小物類の入っている鞄と一緒に、馬車の荷台に積まれている。
「うーん、目立つからなあ。持っていってもらえば大丈夫かな」
わかりました、と答えつつ、先日エドワードさんとオースティンさんの前で鞄の中身をひっくり返し、制服に着替えたときのことを思い出していた。
当然ながら、私の持ち物や格好は、この世界の人には馴染みのないもので、特に女子高生の制服にはいろんな意味でリアクションが大きかった。
うちの高校は、男女ともにブレザーにワイシャツ、ネクタイが基本で、ベストとカーディガンの着用は自由。それに女子はスカートだ。それぞれ2パターンの色またはデザインがある。
私は一番オーソドックスな紺のブレザーに、赤のチェックのプリーツスカートを着ている。こちらに来たとき向こうは春先だったので、中にはクリーム色のベストも着てた。あとは白いシャツに赤いネクタイ、紺のソックスに黒のローファー。
そんなわけで、全部着て見せたら、エドワードさんは真っ赤になって怒るし、オースティンさんは面白そうにスカートの裾を摘まんだり、ブレザーの仕立てを検証し始めたりするわで、結構な騒動でした。
まずは、スカートが短すぎる、はしたない! っていうのは二人とも同意見。といっても、私のスカートはせいぜい膝上10センチだから、女子高生としては短くない方なんだけど。こちらでは春を売ってるお姉さんたちでもこんな丈のスカートで外を歩かないそうです。あと、女性の服はだいたいワンピースかドレスっぽいデザインだから、上下で分かれてる服を着るのも珍しいらしい。
エドワードさん的には、上半身の格好が、年頃の女の子が男装してるように見えるのもダメな様子。みっともないんだそうです。
「疲れた? 後、もう30分位で着くから」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
私がぼんやりと外を眺めていると、オースティンさんが作業の手を止めてこちらを覗きこんできた。
ちなみに、彼がいじっていたのは私のネクタイ。こちらにはネクタイというものがないらしく、襟元に結ぶとしたらスカーフのようなものらしい。
普通のネクタイならまだしも、きちんと結ぶタイプじゃなく、フックで止める簡易タイプだったのが更に興味を引いたらしい。構造が気になったのか、既にバラバラに分解されている。
子供みたいで、ちょっとおかしい。思わず笑ったら、決まりが悪そうな顔をしてこっちを見た。
「エリー、これ、直るかな?」
「そんなに複雑じゃないし、針と糸があればたぶん平気です」
「そうか、よかった」
「着いたら直します」
「そうだな。明日、服と一緒に持っていくといい」
「そうします」
最初は何となくオースティンさんを怖いと思っていたけど、ちゃんと話してみたら普通の、自分の好きなことに夢中になる男の子と変わらなかった。いや、うちの兄より年上なんだけど、目をキラキラさせて珍しい物を見つめる様は、下手したら同級生より少年ぽい。
まあ、若干マニアック過ぎて怖いとこはあるけど、なんとかうまくやれそうでほっとした。
「そろそろ王都に入るぞ」
「はい」
窓の外を見ると、夕焼けに照らされた石造りの城壁がキラキラと輝いていた。