噂と真実 2
「いやあ、実に興味深い。君、結構賢いんだね」
「オースティン……」
意を決して言ったのに、まるで私の話を聞いていない。おまけに、アシュリー嬢まで困惑した表情でこちらを見ている。
「エリー、急に何を言い出すの?」
「アシュリー様、私の勘違いだったらごめんなさい。アシュリー様は、本当は私よりもお兄さんと話したかったんでしょう?」
「え……」
ぽかんとした顔をこちらに向けるアシュリー嬢に、一瞬、はずしたかも、と思ってしまう。
「ずっとずっと、一緒におしゃべりしたり、お茶をしてくれる人に、そばにいてもらいたかったんでしょう?」
「エリー……。そんな風に思ってたの」
「間違ってましたか?」
「意識したことはなかったけれど、でも、そうなのかも知れませんわ」
苦笑するアシュリー嬢に、なんだか悲しい気持ちになった。
ここでは、これが普通なのかもしれない。きっと、私たちの世界のように、社会に出た兄と妹が毎日顔をあわせて、他愛ない話をするなんて、まれなことなのだろう。ましてや、貴族のおうちだ。その辺りの線引きがしっかりしていてもおかしくない。
もちろん、ご両親がいて、その愛情を一人実家に残る妹が独り占めしているというなら、それでいいと思う。
だけど、アシュリー嬢は違う。彼女に一番に愛情を傾けてくれる家族は、もうお兄さんであるエドワードさんとオースティンさんしかいないのだ。
「お兄さんたちがアシュリー様のそばにいて、彼女に寂しい思いをさせないでいたら……」
「アシュリーもお前を家に入れなかったと言いたいわけか」
ふん、と不満げにエドワードさんは鼻を鳴らした。
まあ、居候の分際でそこまで口を出すのはいかがかと自分でも思う。でも、見るからにすれ違っている人たちが目の前にいたら、それがじれったくてどうにかしたいと思ってしまうのは、私が子供だからか、それともおせっかいだからか。
「エリーは随分と平和なところから来たようだね」
「そう、ですね」
私の家は、身分がどうとか家系がどうとか、そういうものとは無縁のごく一般的な家庭だった。だから、彼らの考える家族と私が考える家族は完全に一致するものではないはずだ。
エドワードさんとオースティンさんが、ため息混じりに私の考えを一蹴するのも当然なのかもしれない。
「自覚はあるんだな。……少なくとも私たちにとって、家族……アシュリーを大事にするというのは、不自由なく暮らし、いつか相応の男のところに嫁ぎ、そこで相手の家族と平穏な家庭を築けるようにすることだ」
「それも大切なことだと思います」
「だから、わかってもらえるね?」
「……え?」
一瞬、なんのことかわからずに聞き返してしまうあたり、まだまだ私も未熟なようだ。きっかけを与えたのは自分だけれど、まさかそこから切り返されるとは思わなかった。
自分より年上の、この世界をよく知っている人を相手に、なんとか言いくるめられると思っていた、自分の浅はかさが恥ずかしい。
「お前がそこまでアシュリーのことを考えているというなら、自分の存在がアシュリーにとっていかによくないものかわかるな?」
「……それ、は」
確かに、うっすら感じてはいた。でも、できればそれを見ないふりをしていたかったのだ。
だってそれが明るみになったら、私はアシュリー嬢に捨てられるかもしれないと思って怖かったから。今の私には、アシュリー嬢以外に頼れる人はいないのだ。
だけど、そんなアシュリー嬢だからこそ、私のせいで悪い噂をされているのは心苦しい。
「君のせいで、アシュリーの将来が暗いものになるかもしれない。それをどう思う?」
「それは、いや、です」
こんなの誘導尋問だ、ずるい、と思っても、これが現実だ。少なくとも、私がこの家にいるうちは、私がただの人間であることを公に証明できないし、そうなれば、アシュリー嬢が怪しげな女をかくまっている、という噂も消すことはできない。
「大丈夫ですわ。私はそんな噂、気になりません」
「アシュリー、お前はなにもわかっていないんだ」
「いいえ。わかっていないのはお兄様です。私からアシュリーを取り上げるのがどういうことか、まるでわかっていませんわ」
ずっと黙っていたアシュリー嬢が、きっぱりと言う。面白そうにそれを見るオースティンさんに対して、エドワードさんはまたしても難しい顔をしている。
それがあまりにもあからさまで、この二人は髪の色だけじゃなく、物事への対応まで全然違うんだな、なんて不謹慎にも考えてしまう。
「また、私をこの家に一人で置いておくつもりですの?」
「マリアンがいるだろう」
「あの子は使用人ですもの。私がほしいのは、対等な友達です」
すっかりこちらの存在が目に入らないアシュリー嬢とエドワードさんを前に、私はだんだんと早口になる二人の言い合いを必死でリスニングする。
でも、そういえばアシュリー嬢の友達の話って聞いたことがない。
深窓のお嬢様だから? と思ったけど、その割に自ら見世物小屋に出向いて私を引き取りに来たり、近所で不思議現象が起きたと聞くと、あっという間に現地に行って真相を確めたりしていたから、そういうわけでもなさそうだ。
「なら、きちんと社交界に出ればいいだろう。それなら、年も近い友人も見つかる」
「あんな方達、お話ししていてもつまらないんですもの」
ごくまっとうであろう意見を言うエドワードさんに、やれやれという様子でアシュリー嬢はため息をつく。
「それはお前が訳のわからない現象の話ばかりするからだろう」
「残念ですけど、あの方達は、私をたよりにお兄様達に近づこうとしてるだけです!」
相当イラついた声で、アシュリー嬢はエドワードさんに向かって怒鳴った。
ちなみに、私がきちんと聞き取れたのはここまで。この先は、さらにヒートアップした二人が立ち上がり、超早口で言いたいことを捲し立てることになった。
どうしていいかわからず、その様子をただただ見上げていた私は、もう一人の存在をすっかり忘れてしまっていた。