噂と真実
初めて入るフランドル家のリビングは、予想以上に豪奢だった。
重々しいデザインのテーブルに、座ったら沈み過ぎて転びそうなソファー、大きな暖炉の上にはぴかぴかしたごつい額に入れられた絵が飾られている。床だって毛足の長い絨毯が敷かれていて、足をとられて転びそうになった。きっと壁にもきれいな模様の壁紙が貼られているに違いないのだけど、ランプとろうそくの明かりではそこまで見えないのが残念だ。
「お待たせいたしました」
「ありがとう、グレース。下がっていいよ」
「は、はい。では、これで」
そんなリビングに、私たちは煌々とランプとろうそくをつけてソファーに座っていた。三人は余裕で座れそうなソファーにお兄さんたちが並び、その正面にある少し小さめのソファーには、私とアシュリー嬢がぴったりとくっついて腰をおろしている。たいした防御にはならないけど、念のため、体の前にクッションを抱えてみる。
メイド長がリビングを出ていくと、難しい顔をしたエドワードさんがカップを手に取った。
「さて、どこから話そうか」
お茶を一口飲んで話し始めたオースティンさんにつられてカップを手に取ったものの、夜中に突然起こされて、お茶を入れさせられたメイド長が不憫でならない。
だって、こんな夜中に、明らかにただ事ではない雰囲気なのだ。しかも、私は普段、アシュリー嬢の部屋と自分の客室以外の場所に行くことはない。だから、彼女が私を見たのもほぼ初めてのはずで、案の定こちらを見てぎょっとした顔をしていた。
悪魔と言われるような容姿をした私を、しかも夜中に家長たちと一緒にいるところを見て、平静でいられないのは当たり前だろう。
「先ほどの、噂というのはなんなのです?」
私の背中にアシュリー嬢は腕を回して、私を庇うような体勢になっている。私自身、今はそれほど身の危険を感じていないのだけど、アシュリー嬢にとってはそうでもないようだ。
「王都では『フランドル家のご令嬢は悪魔を飼っている』って言われているんだよ」
「王家に呪いをかけようとしている、とも言われている。だから、お前のためにも、その娘をうちから追い出すべきなんだ」
オースティンさんは随分落ち着いた表情をしているのに対して、エドワードさんはひどく真剣な固い声で言った。
でも、よく考えるとひどい言いようだと思う。まあ、妹を心配する気持ちからだろうなってことはわかるけど、妹の言うことよりも噂を信じてしまうなんて、随分と残念な人だ。もしくは、そんなに噂が広まっているということか。
「お兄様、そんな噂を信じたんですか」
アシュリー嬢の体が震えているのがわかる。表情もこわばっているし、いまにもプツンといきそうで、思わず背中をさすった。
「信じたくはなかったが、私には確かめる義務がある」
まあ、エドワードさんは家長だしね。それに、一度噂が立ってしまったら疑いを完全にはらすのは難しい。
だけど、どうしてこの人は全部正直に言ってしまうんだろう。認めてしまえば、自分はアシュリー嬢よりも噂を信じたって言うようなものなのに。そんなの、アシュリー嬢を傷付けるだけだって気づかないものなんだろうか。
「なによ。ずっと家に寄り付かず、私の話も聞こうともしなかったくせに、いまさら偉そうに言わないで!」
「まあまあ、アシュリー。兄さんにも色々あるんだよ」
「オースティンお兄様だって同じよ! どうせ、エリーのことだって、研究のためにここから連れ出したいんでしょう? 私のためではなくてご自分のためなんだわ!」
わー、ついにプツンといっちゃった。
しっかりしてると言っても、アシュリー嬢だってまだ14歳だ。家族に信用できない、みたいなことを言われたら感情を抑えられないのもわかる。うちの妹もそうだった。
そういえば、ちょうどアシュリー嬢と同い年なんだよね。
「あの……」
「……は?」
「やっぱり、しゃべれるんじゃないか」
私が発言しようと呼びかけると、エドワードさんは信じられないものを見たとでも言いたげな表情をし、オースティンさんはしてやったりなニヤニヤ顔をこちらに向けた。
いや、そりゃあ私だってしゃべりますけども。さっきもしゃべってた、というか、叫んでたの聞いてたでしょう。本当に、この兄たちは妹の気持ちがわかっていなさすぎる。
「なんで、アシュリー様がこんなに私にこだわるのか、もっとよく考えてください」
悪魔というふれ込みだったから私を引き取ったのは、単にきっかけにすぎない。本当にそれだけなんだったら、私はとっくにお払い箱だ。
けれど、そうならなかったのは、彼女が私に違う何かを求めたからだと思う。
だってアシュリー嬢は、私のことを友達だって言ってくれた。
つまり、そういうことなのだ。この広いお屋敷に一人ぼっちだったアシュリー嬢は、友達が欲しかったのだと思う。
もちろん、貴族のお屋敷なんだから使用人は何人もいるはずだ。だけど、いくら親しくなっても使用人は使用人。気安く話をしたり、言い合いができるわけではない。自分の話を聞いても、肯定されるばかりではつまらない。
14歳なんて、一番おしゃべりが好きな時期なのに、その相手がいないなんて、とんでもない拷問だろう。
「お二人はアシュリー様が可愛くないんですか?」
意を決して口にした私の言葉に、エドワードさんはますます混乱した顔をし、オースティンさんは嫌な感じの笑みをさらに深くした。
もうだめだ、この人たち!