審問会 4
頭が痛すぎて声もでない。目も開けられない。
思いきり叫んで、お酒を飲み干したあと、体がカーッと一気に熱くなったと思ったら、次の瞬間すーっと冷えていって、それと同時に私の目の前も真っ白になった。覚えているのはそこまでで、後は記憶がないから倒れたんだと思う。
体に触れる感じからして、どうやら私はベッドのようなふかふかしたものに寝せられているみたいだ。
「うぅ……」
「エリー? よかった、目が覚めたのね?!」
ああ、耳元で大声を出さないでください、アシュリー嬢。響く、めっちゃ響く。もとから険しいものであろう表情が、さらに険しくなるのが自分でもわかる。
「アシュリー。そんなに大声を出してはエリーに響く。……エリー、起きられるか」
この声はオースティンさんだな。さすがお医者様だ、現状をよくわかっていらっしゃる。私はかすかにうなずくと、そうっと目を開けた。
「よかった。倒れたときはどうしようかと思いましたわ」
「ごめん、なさい。私、体質的に、お酒は、受け付けない、んで」
ふっと視界に入ったのは、アシュリー嬢の不安そうな顔だった。目元がほんのり赤いのは、もしかして、泣いていたせいだろうか。心配をかけて申し訳ないことをしたなあ。
「エリー、起こすよ」
「はい……っうぅ」
オースティンさんに抱えれるようにして半身を起こすと、うっかり悲鳴をあげそうになった。体はギシギシいうし、振動で頭は割れそうに痛むしで、本当に最悪だ。父や兄がよく言っていた二日酔い状態ってこれのことか。確かに辛いわ。
「お水、飲める?」
「あ、ありがとう」
アシュリー嬢が水差しを口許に持ってきてくれる。ごく、と一口のむと、喉がスッとした。ああ、真水って美味しいね。
「あの、ここ……」
「王城の客間だよ。辛いようなら泊まってもいいそうだけど」
改めて見回すと、灯りをおとした部屋はかなり広く、置いてある家具調度の類いもかなりの品のようだった。
しかし、部屋に私とアシュリー嬢とオースティンさんしかいないのはどうして?
「あの、他のかたは?」
「エリーの処遇について協議中だよ。まあ、悪魔ではないことは認められたようだから、身の安全は保障されるようだけどね」
「そうですか」
それはよかった。飲めないお酒を無理して飲んだ甲斐があったわ。しかし本当に二度と飲まない。こんなにしんどいとは思わなかった。急性中毒で死ぬかと思ったもの。
「しかし、聖水が酒だったとはなあ」
「ご存じ、なかったんですか」
「うん。洗礼のとき位にしか、一般人が触れることはないし」
なんだ、あの話ぶりじゃ結構一般的なものだと思ったのに、違ったのね。
「でも、子供も飲めるって、言われました」
「神官を希望する者は、比較的若いうちに洗礼を受けるの。その時は子供も飲むそうよ。基本的に聖水を飲むのは神官になる者のみとされているわ」
「それ、大丈夫なの?」
さすがアシュリー嬢、物知りですな。普通は神官様のみが口にするものなのか。しかし、神官様に年齢制限みたいなものはないのかな。
「そこで倒れたり、命を落とす者は適性がなかったとされるだけだそうよ」
おお、それは明らかにアルコール耐性がない人を排除してるよね。てか、子供に飲ませたらダメだって。
「過剰な飲酒は、体に、毒なのに」
「そういえば、倒れる前にもそんなようなことを言っていたね」
「はい。こちらの世界では、お酒を飲むのに、年齢は、関係ないんですか」
「そうだね。生水を飲むのは危険というのもあって、割と幼い頃から飲んでいるかな」
ああ、昔のヨーロッパってそうだって聞いたことがあるわ。でも、だからといって、子供にもお酒なの? せめてジュースとかミルクとかがいいと思う。あ、でも殺菌しなきゃ一緒かな。どっちにしても、現代日本て衛生面でもすごかったなんだな。
「すごいですね。ちなみに、私は、お酒類はまるでダメです」
「本当にか?」
「体が受け付けないんです。そういう人種なんです」
「ふうん」
オースティンさんは私と話しながら、額で熱を測り、喉と目の充血を確かめ、服の上からお腹を触り、左手首で脈を測ると、最後にうん、と納得したように頷いた。
「まあ、体に異常はなさそうだね。酔いが辛いなら、また寝てもいいけど」
「……今何時ごろですか?」
「そろそろ夕刻かな。話し合いももう終わるんじゃない?」
うーん、じゃあそろそろ帰れるのかな。できるなら帰りたいな。帰るって言ってもフランドル家の別宅だけど。でも、ここよりは落ちつけると思うんだよね。
考え込んでいると、ふいに部屋のドアが叩かれた。
「はい」
「エドワードだ。陛下と神官長をお連れした」
「どうぞ」
私に代わってオースティンさんが答えると、ドアが開き、ぞろぞろと5人の人が入ってくる。先頭がエドワードさん、その次が王様と騎士らしき人、次に神官らしい人が2人だ。たぶん、派手な神官服の人が神官長なんだろう。
「やあ。具合はどうかな」
「……お陰さまで最悪です」
「はは、おもしろい娘だな」
聖水の件で騙された感が強くて、つい王様に嫌みで返してしまった。不敬罪とか言われても、もういい。目の前で怒鳴ってしまったし、そもそも私はこの国の人間じゃないんだもの。それに、私の知識を失うのは惜しいって言ってたし、多少多目に見てくれるでしょ。
「さて、エリカ・ヨシムラ。お主を正式に我が国の客人として迎える。これを身につけておくように」
そう言って手渡されたのは、紫色の石がはまったピアスだった。よく見ると、半透明の石の向こうに花と鳥をあしらったマークがあった。これ、家紋かなにかかな。
「これ、なんですか」
「我が国の後見を示すものだ。これを身に付けている限り、お主の身分と身の安全は我の名において保証しよう」
「はあ、ありがとうございます」
といっても、私、ピアス穴開けてないんだよなあ。開けなきゃダメってことかな。痛そうで嫌なんですけど。高校も一応ピアスは校則違反だったし。
まあでも、私のこの国での立場は保証されたらしい。これで大手を振ってこの国で生きていけると思うと、やっと地に足がついたような気がした。