審問会 3
未成年の飲酒シーンがありますが、あくまでフィクションです。
お酒は二十歳になってから!
見上げた先、祭壇の前に置かれた派手な椅子に腰かけているのは、人形みたいに綺麗な衣装を着た綺麗な男の人だった。声の感じでまあ中年まではいってないだろうな、とは思ったけど、予想以上に若い。
藤色の髪はさらりと肩までまっすぐに伸びて、青紫の瞳は威厳と強さをもってこちらを見下ろしている。もちろん足を組んで、肘をついて、態度も偉そうだけど。しかし、定番通りの美形なお兄さんだ。いったい何歳なんだろう。20代前半と言っても通りそうなくらい若々しい。
「どうした? 我の顔がどうかしたか」
「っいえ、綺麗な方だなあ、と」
思わずポロっと言ってしまったら、にやりと笑って足を組みかえた。
「娘、名はなんという?」
「エリカ・ヨシムラです」
うっかり素直に答えてしまった。いや、嘘をつく理由もないし、王様相手に答えられません、なんて言えないからいいんだけど、今、一番警戒すべき相手のはずなのに、これはどうしたことか。王様の前だからなのかな。オーラが違う、ってやつ?
「ふむ。珍しい響きの名だな。我はアーノルド・ジーナ・ガルシニア。この国の王だ」
「……お目にかかれて光栄です」
とりあえず、腰を落として深々と頭を下げてそのまま静止してみた。面をあげい! って言われるまで顔をあげちゃいけないのは、こっちでも常識なんだろうか。自分の態度が失礼じゃないか、ひやひやする。だって、この国の常識なんてまだまだ知らないし、身分の高い人への接し方なんて知識ゼロなんだよね。おお、さっきの謎の儀式の時よりよっぽど緊張する。王様ってすごいわ。
「なかなか、可愛らしい顔をしているではないか」
「えっ!」
ガッチガチに固まっていたら、いつの間にか、至近距離に王様がいます。全然気づかなかったんですけど、なんで? 気配でも消したの? それとも私が鈍いだけ? ちなみに私、顎をガッチリつかまれて顔を王様の方に向けられています。結構無理のある体勢なので、落とした腰を上げてもいいかな。
「陛下! 気安く触れてはなりません! まだ、疑いは晴れていません」
後ろに下がったはずの神官様から声が上がる。なにか他にも悪魔を撃退する方法が? もちろん、受けてたちますけれど。これで決定的に私の潔白が証明されるならば、願ってもないわ! なんてちょっと攻撃的な気分になるのは、神官様たちの諦めの悪さと私の扱いの悪さにちょっとイラっとしてるからだ、きっと。
「聖水をその娘に。これを口にできないのは、魔に連なるものだけのはずです」
「……よかろう。では、グラスをこれへ」
私の顔を見たまま、王様は笑って答えた。嫌な感じの笑顔だわ。これは絶対に楽しんでいる。見世物小屋にいたときのことを思い出して、ちょっとイライラが増す。思わず、目をすがめると、ふいに、顎を掴む手が外された。
「娘。エリカと言ったか。これを飲め」
そう言われて、グッと押し付けられたのは、繊細な細工がなされたグラスに入った、透明な液体だ。
一見、水みたいだけど、聖水っていうからにはなにか特別なのよね。普通の人は飲んでも差し支えないようだから、毒ってことはなさそうだけど。
「これ、なんですか」
「我が国で儀式の時に使われる聖水だ。先のように陣に使ったり、術者の身を清めたりするのだ。毒は入っていない。子供でも飲めるさ」
わざとらしく言う王様をちらりと見たら、やっぱりひどく楽しそうな顔をしていた。
ええい、いいわよ。飲めばいいんでしょ、飲めば! 勢いよくグラスを傾けて、一口ゴクンと飲み込む。次の瞬間、私は飲み込む前にきちんと中身を確かめなかったことをひどく後悔した。
「う、げほ、っごほ、……っく、ちょ、これっ」
抗議の声をあげようと思っても、咳き込んでしまってまともに声を出すことができない。カーッと喉から胃にかけて焼けるような感覚と、独特の辛さ、鼻に抜けるなんともいえない香り。一口でここまできっついってことは、これは相当のものだ。
「どうした、顔が真っ赤だぞ」
キッ、と睨み返したら、ますますニヤニヤ笑いがひどくなった。王様を睨むなんて、非常識にもほどがあるって? そんなこと言っていられない。だって、この人、聖水は子供でも飲めるって言ったもの。冗談じゃない。こんなもの、子供に飲ませるものじゃない。
だってこれはお酒だ。しかも、ビールとかチューハイなんて生易しいものじゃない。そのくらいなら、私だってここまで咳き込まないはずだ。ちょっとなめたことくらいある。これは、もっと度数の強い、ウォッカやジンといった類いのものだ。そりゃ火もつくわけだ。
「どうした、もう飲めぬのか」
「なんと! やはり、この娘は悪魔なのです!」
黙れ神官っ。こちとら未成年なんだぞ! こんな強い酒をガブガブ飲めてたまるもんか。こんなもの子供のうちから飲んでたら、あっという間に肝臓やられてしまうわ!
「っふざけないで、ください。……こんなもの、未成年に飲ませるなんて、信じらんない!」
「未成年? 確か、お主は17では?」
さも不思議そうに首をかしげる王様に、無性に腹が立った。ええ、私の常識が通じないなんてわかってましたとも。どうせ、成人年齢が日本とは違うんでしょうよ。この一年で十分学んだんだから。だけど、こればっかりは自己主張させてもらう。私、今まで真面目に生きてきたんだから、こんなとこで法律違反したくないのよ。それに、自分の体は大事にしたいんですっ。子供にお酒は毒なんだからね!
「ええ! 私の国では成人は20才! お酒も、タバコも、それからですっ」
息を切らしてそう言うと、ますますもってわからない、という顔をされた。
「我が国は15で成人だ。悪魔でないことを証明したいなら、飲め」
だめだ、わかってくれそうもない。郷に入っては郷に従えってことか。くそう、今回は我慢しても、二度と飲むものか。
「悪魔がこれを飲むと、どうなるんです?」
「確か、灰になって消えるはずだが」
「……へえ、そうですか。じゃあ、私が灰にならずに倒れたら、ちゃんと介抱していただけるんですね」
これで死んだら、恨んでやる。と、おもいっきり睨んだら、さすがの王様もちょっと怯んだようだ。
「まあ、よかろう。お前の知識を失うのは惜しいしな」
「……わかりました。でも、子供と妊婦にお酒は毒なんて、一般常識なんだからねっ!」
私はやけ気味にそう叫んで、勢いよくグラスの中身を全部空にした。