審問会 2
トプ、と水の音がする。私の周りをぐるっと囲むように何か液体を撒いているようだ。可燃性の油とかじゃないですよね。それから、さっきよりも大分人の気配が近くなっている。何人だろう、3人、4人かな。やっぱり私の周りに立っている感じがする。準備、できたのかな。
「では、これより悪魔祓いの儀式を執り行う」
私のちょうど正面にいるらしい人物が声をあげる。空気がピリッと緊張するのがわかった。ああ、ドキドキしてきたわ。どうかなんにも起こりませんように。
少しの沈黙のあと、周囲から静かな声が聞こえてきた。きっと呪文なんだろう。だけど、なんと言っているのかさっぱりわからないから、現代語というのか、普段みんなが話している言葉とはちょっと違う言葉なんだと思う。なんの抑揚もなく、静かに聞こえてくる呪文のユニゾンは、なんだか眠りを誘う。
そうして、五分はたっただろうか。半分意識が飛びかけた頭で、ふとおかしなことに気がついた。なんだか、足元が暖かいのだ。しかもさっきまで無風だったはずなのに、風が吹いているような感じもする。ふと下を見ると、足元が青白く光って、スカートのすそがふわふわと広がっていた。思わず声が出そうになってあわてて飲み込む。
うわー、これが魔法かあ、すごいなあ。本当にあるんだなー、なんてのんきに考えていると、声がやんだ。
終わったのかな、と思った次の瞬間、光が急に強くなった。
「っ?!」
ゴオッと足元から強い熱風が巻き上がって、なかなか止まない。なんだこれ、まさか火が出てるの? 身体中がなんだかピリピリする。ただ、熱いことは熱いのに、身に付けている服が燃えているようなことはないようだ。それよりも、風が強すぎて身体がふらつく。それに、被っているフードが風で外れてしまいそうだ。押さえようにも両手が縛られているから、すごく押さえにくい。とにかく風があまりあたらないように、少し腰を落として耐えることにした。しゃべっちゃダメって言われてるから、声は出さないけれど、内心ではかなり絶叫している。なんなのこれ、いつまで続くのよ!
ゴウゴウという風の合間に、悲鳴のような、叫び声のような声が聞こえる気がする。アシュリー嬢や、研究所の人達の声だろうか。そういえば、周りから見て、今の私はどう見えているんだろう。そんなに悲鳴や叫び声をあげるほど、ひどい状態なの?
ふいに、風の音が変わった。だんだん熱と風が弱まっていく。もう、身体を起こしても大丈夫かな。ひゅるひゅる、と情けない音を最後に、熱風はおさまった。どうやら、光も消えてしまったようだ。
「ほう、無事のようだな。娘」
身体を起こしたところで、正面から声をかけられた。軽くうなずいたけど、伝わったかどうかわからない。
だけど、慌てたのは神官様である。
「お、お待ちください。これが、本当に例の娘か、確かめる必要があります!」
「そうです! 研究所の者たちが、引き渡しを避けたいがため、身代わりをたてている恐れもあるのでは?」
ほら来た。まあ、顔隠してるしね。一応髪の毛はフードから見えているはずだけど、つけ毛って可能性もあるかもしれないもんね。大丈夫、そのくらい言われることは予想してた!
「確かにな。では娘、マントを外せ」
「……(外せったって、この手じゃ無理なんですけど)」
「聞こえないのか? 返事くらいしてはどうだ」
「恐れながら、陛下」
一応、しゃべるなって言われてるしなあ。だけど、王様の問いに返事をしないっていうのもまずいよね。不敬罪とかありそうだし。考えていたら、エドワードさんの声がした。方向からして、いつのまにか私の後ろに移動していたようだ。
「その娘には、ここで声を出してはならないと言ってあります」
「それは、なぜだ?」
「……どさくさに術をかけてはならないと思いまして」
「ああ、確かにどのようにして術をかけるかはわからぬしな」
「はい。しかし、こちらの言葉は理解しております」
「話せるのだな」
「はい。簡単なやり取りであれば」
「ならば許可する。我の問いに答えよ」
「っ陛下?!」
「悪魔払いが効かぬということは、悪魔ではないのであろう? ならばなんの問題もない。ああ、マントと、手の縄もはずしてやるがよい」
うろたえた声をあげる神官様をよそに、王様は悠然とした様子で私の拘束を解く許可をくれた。
「よろしいのですか」
「ああ。エドワードと言ったか。はずしてやりなさい」
「承知いたしました」
カツカツと固い足音がして、私の視界にエドワードさんのブーツが入ってきた。ため息を一つつくと、無言で手首にかけられた縄の結び目をほどいて外してくれた。
「後は自分でできるな」
「あ、はい」
ぼそりと問われてうなずくと、エドワードさんはさっさと後ろに下がってしまった。
数時間ぶりに自由になった両手は、なんだかまだ動きがぎこちない。もたもたしながら首もとのボタンを外し、マントをモゾモゾと脱ぐ。フードが外れると急に明るくなって、眩しさに思わず目をしかめてしまった。
めんどうだったからすそを持ち上げて、首から抜くような脱ぎかたをしたから、髪がボサボサだ。この一年ですっかり伸びた髪を手櫛で整え、マントを手に正面に向き直った。
「これは、たしかに見事な黒髪だな」
笑いを含んだ王様の言葉に視線をあげた私は、ポカンとそちらを見上げるはめになった。
なぜなら視線の先にいたのは、私が想像していたような貫禄あるおじさまではなかったからだ。