作戦会議は混迷中
その日、王都にあるフランドル家別宅のリビングには、フランドル家の三兄弟と私のほかに、ダントンさんとマルコーさんの姿があった。
私と一緒に王城に来るようにとお達しがあった面々だ。
「納得いきませんわ。どうしてわざわざ国王陛下の前に引き出されるんです? 正式な報告書があるのに」
「アシュリー殿まで巻き込んでしまって申し訳ない。研究所の人間だけでなんとかできればよかったのだが」
話を聞いて不満を漏らすアシュリー嬢に、ダントンさんは丁寧に謝罪した。
「だから言っただろう。そもそもこの娘をうちに入れたのが間違いだったのだ」
久々に会ったエドワードさんは、相変わらず私の存在には納得していないようだ。ただ、迷惑をかけているのは事実なので反論できない。
「だから、今回の登城でアシュリーが正しかったかどうかをはっきりさせようと言うわけだよ」
「オースティンお兄様まで、まだエリーが悪魔だなんて言うんですか?」
「まさか! 僕と主任の診察では、ただの人間だよ。人種が違うのか、小柄で目や髪の色が違うけど、普通の十代女性となにもかわらない」
確かに、診察は結構しっかりしてもらった。身長体重なんかの測定系はもちろん、眼科歯科内科外科まで一通り診てくれた。まあ、レントゲンとかCTスキャンなんてものはないから基本触診と目視なんだけど。恥じらっても仕方ないと思ってあっさり服を脱いだら、年頃の女子なら少しは恥じらえと怒られたのはいい思い出です。医者相手に恥じらってどうする、という現代の常識は通用しないらしい。
「それならどうして!」
「教会の言い分としては、魔力を使って人間に似せている、もしくは我々に術をかけて偽証させている、ということでした」
マルコーさんがため息まじりにそう言うと、アシュリー嬢は眉をつり上げた。あーあー、かわいい顔が台無しだよ。
「エリー! エリーはそれでいいんですの?」
「ええ。今回気がすむまで調べてもらって、きちんと証明してもらえれば後々楽でしょうし」
私は人間なのだから、教会の示す悪魔の対処法は一切効かないはずだ。もちろん、私がこの世界の人間ではないから、なにか効いてしまうかも、という不安もなくはないけど、きっと大丈夫だと思う。
「何より、皆さんにご迷惑をかけずにすむようになるなら、願ってもないことです」
必要のない仕事をさせるはめになったり、悪い噂をたてられたり、申し訳無さすぎる。
「だから、お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。アシュリーだけじゃなくて、研究所の皆さんも、お兄さんもです」
こちらを覗きこんでくるアシュリー嬢に、真剣な顔をしてみせると、なんだか不安そうな表情でこちらを見た。
「もし、私が悪魔だということになったら、皆さんは私に騙されていた、ということにしてもらえませんか?」
「なんですって?!」
アシュリー嬢が急に大声で叫んだので、私は思わず肩をビクッとさせてしまった。そんなのだめ! くらいは言われるだろうとは予測してたけど、まさか怒った顔をされるとは思わなかった。そのまま問い詰めようとするアシュリー嬢をなだめて、遮ったのはダントンさんだった。
「それはまた、どうしてだね?」
「悪魔を祓う術なんかが私に効くとは思えません。でも、万が一ってことがあると思います」
この話を聞いてから、ずっと考えていた。自分が普通の人間だってことに自信はあるけど、私はこの世界の人間じゃないから、ある意味異質な存在のはずだ。この世界の人間と私が完全に一緒ではない、という可能性もおおいにあると思う。
「それは、君がフォルダーだからか」
「はい。今のところ、私の世界との大きな違いはないのでなんともありませんけど、もしかして、何か絶対に受け付けない物があるかもしれませんし」
「なるほど。しかし、我々としては君が悪魔だろうと何だろうと、研究所に残ってもらいたいとは思っているんだが」
「ありがとうございます。私もできたら研究所にいたいので、できる限り助けていただけると嬉しいです」
それが、研究対象としてであっても構わないですよ。せっかくトラックとの交通事故から生還したので、まだ死にたくないし。
「なるほど。それなら、少なくとも君が我々を害することはないということと、失うには惜しい存在だ、とアピールする必要があるわけだな」
「そうですね。郷に入っては郷に従えと言いますし、基本的に何を言われても逆らうつもりはありませんが」
「それなら話は早いね。まずは神官のすることを逆手にとればいい」
さっきまで仏頂面だったオースティンさんがニヤリ、と笑ってそう言った。
「なにをする気だ、オースティン?」
「簡単なことですよ、兄さん。彼らの言い逃れを封じた上で、彼らの術が一切効かないことを示せればいい」
オースティンさんの言うことは正しいと思う。だけど、どうすればそう持っていけるのかがわからないのだ。
「要するに、どういうことですの?」
「術を跳ね返したりするような細工はもちろんなしだよ。けれど、先にエリーが神官に術をかけたせいで効かなかった、なんて言えないように徹底的に準備していけばいい」
「なるほど。それなら大丈夫でしょう。我々はエリカのいう万が一のために彼女の知識の有用性について資料をまとめておきますか」
ふむ、と納得した表情でマルコーさんがいうと、ダントンさんも横でうなずいている。
「アシュリー、悪魔がどうやって人間を魅了するか知ってるね?」
「ええ。まあ」
「じゃあ、それを元に対策を考えればいい」
「オースティン、お前まで、この娘の味方をするのか?」
苦々しい顔をしたエドワードさんに、オースティンさんはさも当然と言うように答える。
「エリーは過去のフォルダーと比べて、かなり高度な技術を知っています。この国の反映のためには、必要な人材です」
そう言ってもらえると、なんだか自信がわいてくる。自分の価値がどのくらいかなんてわからないけど、必要だと言ってもらえるなら、それは嬉しいことだ。
「兄さんは、無理に信じなくても結構ですよ。それに、今回はその方が都合がいい」
「どういう意味ですの?」
「エリーを連れて行くのに、適当だからさ。アシュリーは怒るかもしれないけどね」
何か企んでいるような顔で笑うオースティンさんに、私は久々に背筋が寒くなった。