ただいま検証中
無事に私の身の置き場も決まったところで、具体的にどんな研究をするか、という話になった。研究所の各部門の偉い人が何人も部屋に入ってきて、テーブルの上の広げられた私の荷物を見ては、あれやこれや言い合っている。
私はソファーに座ったまま、やっと出てきたお茶を飲みながらその様子を遠巻きに眺めている状態だ。
「エリー、疲れた?」
「いえ、なんでですか?」
「表情がうつろだよ」
「ああ、なんかすごいなあ、と思って」
私の持ち物は、高校生としては全く普通のものなのに、大の大人たちがよってたかって品定めしている。それがこんなにも衝撃的な光景とは思わなかった。しかも、みんな男の人だし。
やはりというかなんと言うか、この世界の女性の社会的地位はあまり高くなくて、公的な仕事はほぼ男性が担っているそうだ。男尊女卑ってこういうことなの? なんて思ってしまう。
「エリカ、ちょっとこちらへ」
「なんでしょう」
ダントンさんに呼ばれ、研究者さんの輪に入る。オースティンさんがそっと後ろからついてきてくれるのが妙に心強いのは、知らない男の人が大勢いるところに入っていくのは、やはり怖いからだろう。どうしよう、また悪魔とか言われたら。
「いくつか質問があるようでな。答えてやってくれんかね?」
「はい、構いません」
ああ、ダントンさんの笑顔の安心感といったら! つられて私も笑うと、周りの人たちもほっと息をついた気がした。もしかして、この人たちも緊張していたのだろうか。
「あの、この本はいったいなんだろうか。ずいぶん薄くて滑らかな紙に細かく書き込んであるが」
口火を切ったのは、二十代くらいのライトブラウンの髪の人だった。彼が手に持っているのは教科書。私がこっちに来た日は実技科目がない日で、しかもテスト直前の週末だったから、教科書やら参考書やらをごっそり鞄に入れていたのだった。
「教科書ですけど」
「教科書? なんの教科書だ?」
「数学と世界史と化学と生物、それから英語と国語です」
「なるほど……」
一つ一つ教科書を示しながら科目名をあげると、感心したような表情をしていた。特に数学と化学の教科書に興味があるらしい。
「これ、これはいったいなんだ?」
「ああ、ペンケースです」
「ぺんけーす? 中になにか入っているようだが」
「開けますよ。ファスナーってここにはないんですか?」
ペンケースを手に開け口を探しているのか、しきりに振ったりなでたりしている渋めのおじさんからペンケースを引き取って、ファスナーを開け、中身を机に広げた。
忘れていたけど、結構色々入ってる。シャーペンが2本、鉛筆も2本、4色ボールペン1本、蛍光マーカー3色、修正ペン1本、ハサミとスティックのりとふせん、定規に、消しゴムが2個、HBの替え芯が1つ。ちなみに、手帳に書き込んだりする用のカラーペンはここにはない。あの日、カラーペンは専用のペンケースごと家に忘れてきたのだ。
「これは、なんだ?」
「筆記用具ですよ」
「全部か?」
「ハサミとのりは違いますけど、まあだいたいは」
私の返事に、おじさんの表情が固まった。だって本当のことだもん。
「使って見せてくれ」
「全部ですか?」
「ああ」
「……わかりました」
いつのまにか、他の人まで手を止めてこっちに注目している。
居心地の悪さを感じつつ、私は机の上からルーズリーフを1枚取って、全部の筆記用具を使って試し書きを始めた。これが結構大変で、何を書いていいのやら困ってしまった。
それでもなんとかデモンストレーションをし終えたら、拍手をもらってしまった。なんでだ!
本当に、全部が全部珍しいらしい。その後もひたすら質問攻めで、制服まで着せられて、すっかり疲れた私は、ソファーにだらしなく上半身を転がすことになった。あ、制服でソファーとかちょっと懐かしい。
「エリー、ちゃんと座りなさい」
「ダメですか?」
「スカートが短すぎると言っただろう」
「え、下着でも見えてますか?」
「見えてないが、少しは気にしてくれないか。ここには男しかいないんだぞ」
ちょっと頬を赤くして、不機嫌そうな顔で文句を言うオースティンさんに、ちょっとびっくりした。えー、なに面白い! だってニヤニヤ笑顔と上っ面笑顔と楽しそうな笑顔と普通の顔しか見たことないもん。こんな顔もできるんだ。
「お疲れだね、エリカ」
「はい、まあ」
無理やりオースティンさんに引っ張り起こされたところで、ダントンさんに声をかけられた。
「そろそろ昼食の時間だ。着替えて食堂に行ってきなさい。話を聞きたい者も多いようだしね」
「そうですか。でも、荷物はどうしたら」
「あとで研究所の方でもらってかまわないものを教えてくれるかな」
「ええと、差し上げたものはどうなるんですか?」
「研究されて、似たものを作ったり、技術の進歩に使われるが」
「分解したりとかしますよね?」
昨日、オースティンさんにネクタイをバラバラにされたのを思い出す。すると、私の質問に、ダントンさんは言いにくそうに答えてくれた。
「そのとおり。だから大切なものは引き取ってくれて構わんよ」
「わかりました。食事の後でもいいですか?」
「もちろん。さあ、着替えておいで」
ダントンさんに言われるまま、ドア1枚続きの部屋で着替える。着替えながら、何を取っておきたいかを考えてみることにした。