第8話・最高の舞台
ゴォンと大きく揺れる大地。モンスターが怒りに任せて尻尾を叩きつけたせいだった。
地から足が浮く。守山は舌打ちを吐きながら、姿勢を低くして着地した。
金色の瞳が自分を捉えているのを確認すると、守山はそのまま横に跳ぶ。
その軌跡を凪ぐように、鋭い爪が襲ってきた。
(……ここ!)
守山は爪先が衣服を掠めるギリギリの距離で初手を躱した。
「ヤラレの守山――舐めんなよ」
体に染みついたタイミング。攻撃を躱す瞬間こそ、ヤラレの神髄。
本気の攻撃を引き出すためには、ヤラレ役が上手く避けられることが絶対条件だ。
「それにかけて俺は、超一流なんだよ!」
無意味に叫ぶ。アドレナリンが全開になる。身体が思う通りに動くのが心地いい。
(しかも、ダメージ受けてる芝居がいらないときた)
(なんだよこれ、最高かよ)
次の一手が来る。守山は視界の端で捉えた鉄のパイプを掴む。
「うぉりゃあ!」
身体を大きく捻り、振りかぶる反動でモンスターの手にパイプを突き刺した。
硬い鱗に弾かれて手ごたえはない。守山は突き刺したパイプの先を支点にして後ろ脚を蹴り上げると、そのままモンスターの手にしがみついた。
モンスターは虫を払うように自身の手を振り、守山の身体を吹き飛ばす。
「うぉあ……っ!」
風圧に押される身体。浮き上がる高さから見下ろす光景に、自身の世界で最後に見た光景を思い出していた。
(あの時、俺……ちゃんと受け身とったんだっけか)
そんなことを考える余裕のある頭に、守山は苦笑する。
最高点まで到達した身体が、重力に引かれて落下を始めた。守山は首を巡らせて落下点を確認する。
天井が崩れた石造りの建物の影で、ひとかたまりになった子供たちが守山を見上げていた。
恐怖に引きつる顔。不安そうな顔。両手で目を覆う顔。
泣くのを堪えて上空を見上げていた瞳と、目が合った。
(今だ)
スゥと息を吸い込んで、その子に向かって歯を見せて笑いかける。
子供の瞳が光を宿して輝き、表情にじわりと笑みが浮かび上がった。
守山は空中で姿勢を整えて、反動を弱くするために身体を縮めた。その勢いでくるんと回転すると、子供たちだけでなく大人たちからも「おおっ!」と声が上がる。
接地面をできるだけ大きく。守山は靴裏で地面を削って着地した。丁度、避難していた人の目の前。固唾を呑んでいた人々にサムズアップと笑顔を向けると、みんな一斉に拳を上げて沸き立った。
「すげーな、兄ちゃん!」
「カッコいい!」
「気を付けて! また攻撃がくるよ!」
「おぅ! みんな、あんがとな!」
ヒラリと手を振った守山は、また地を蹴り猛スピードで駆け出す。
モンスターの金眼はしつこく守山を捉え続け、軌道を読むように行く腕や尻尾を振り下ろしてきた。
しまいには長い首を垂らし、ガァと大口を開けて迫ってくる。
守山は崩れたテントの上を飛び越え、固い天幕を広げて目晦ましを作る。
急に視界に広がる白に怯んだのか、寸前でガチンと閉じるモンスターの口。
守山は天幕を取り払い、首が引く前に長い口の上に飛び乗った。
金眼の中の細い瞳孔がギョロリと動いて、守山を捉える――一瞬。
「これでも、食らえ……!」
剥き出しの眼球に突き立てる鉄のパイプ。狂ったように咆哮上げるモンスター。
「……っと、やべ」
噴き出した体液が降りかかるのを見て、守山は即座にモンスターの頭から飛び降り、天幕を被って体液の雨をやり過ごす。
持ち上げていた腕の上で、体液を被った布がジュウと音を立てて溶けた。
「げ……!」
守山は一瞬顔を引きつらせて布を捨て、暴れるモンスターから距離を取って観察する。
(両目潰せたらもっとよかったけど……初戦じゃこれが限界か)
額から噴き出す汗。心臓は張り裂けそうなほど鼓動を打っていた。
高速で巡る血液のおかげで視界が冴える。敏感になった五感に、人々の声が響いてくる。
「がんばれ、兄ちゃん!」
「すげえ! いける! 倒せるよ!」
「もう少しだ! やっちゃえー!」
「がんばれ! がんばれ!」
指先がビリビリ震えた。瞳の奥がじんわりと熱くなる。一瞬視界が滲んで、手の甲で慌てて拭った。
(これだ……これがあれば……)
ハッ、と強く息を吐いて、守山は上を見上げた。
照らす太陽に逆光になったシルエット。周辺にある中で一番高い建物――鐘の外れた教会の天辺に、彼女を見つけた。
「――アウロラァ!!」
声の限り、叫ぶ。ありったけの希望を乗せて。
人々の視線も一斉にそちらを向いた。アウロラは虹剣エリスを携えて、ゆっくりと立ち上がった。
守山は、初めて彼女の剣を見た時のことを思い出していた。
勝てる、と確信したときの覚悟の瞳。そして、トドメを刺すときの渾身の一撃。
――舞台は、揃った。




