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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第3章・ヒーローの定義
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第8話・最高の舞台


 ゴォンと大きく揺れる大地。モンスターが怒りに任せて尻尾を叩きつけたせいだった。

 地から足が浮く。守山は舌打ちを吐きながら、姿勢を低くして着地した。

 金色の瞳が自分を捉えているのを確認すると、守山はそのまま横に跳ぶ。

 その軌跡を凪ぐように、鋭い爪が襲ってきた。


(……ここ!)


 守山は爪先が衣服を掠めるギリギリの距離で初手を躱した。


「ヤラレの守山――舐めんなよ」


 体に染みついたタイミング。攻撃を躱す瞬間こそ、ヤラレの神髄。

 本気の攻撃を引き出すためには、ヤラレ役が上手く避けられることが絶対条件だ。


「それにかけて俺は、超一流なんだよ!」


 無意味に叫ぶ。アドレナリンが全開になる。身体が思う通りに動くのが心地いい。


(しかも、ダメージ受けてる芝居がいらないときた)

(なんだよこれ、最高かよ)


 次の一手が来る。守山は視界の端で捉えた鉄のパイプを掴む。


「うぉりゃあ!」


 身体を大きく捻り、振りかぶる反動でモンスターの手にパイプを突き刺した。

 硬い鱗に弾かれて手ごたえはない。守山は突き刺したパイプの先を支点にして後ろ脚を蹴り上げると、そのままモンスターの手にしがみついた。

 モンスターは虫を払うように自身の手を振り、守山の身体を吹き飛ばす。


「うぉあ……っ!」


 風圧に押される身体。浮き上がる高さから見下ろす光景に、自身の世界で最後に見た光景を思い出していた。


(あの時、俺……ちゃんと受け身とったんだっけか)


 そんなことを考える余裕のある頭に、守山は苦笑する。

 最高点まで到達した身体が、重力に引かれて落下を始めた。守山は首を巡らせて落下点を確認する。

 天井が崩れた石造りの建物の影で、ひとかたまりになった子供たちが守山を見上げていた。

 恐怖に引きつる顔。不安そうな顔。両手で目を覆う顔。

 泣くのを堪えて上空を見上げていた瞳と、目が合った。


(今だ)


 スゥと息を吸い込んで、その子に向かって歯を見せて笑いかける。

 子供の瞳が光を宿して輝き、表情にじわりと笑みが浮かび上がった。

 守山は空中で姿勢を整えて、反動を弱くするために身体を縮めた。その勢いでくるんと回転すると、子供たちだけでなく大人たちからも「おおっ!」と声が上がる。

 接地面をできるだけ大きく。守山は靴裏で地面を削って着地した。丁度、避難していた人の目の前。固唾を呑んでいた人々にサムズアップと笑顔を向けると、みんな一斉に拳を上げて沸き立った。


「すげーな、兄ちゃん!」

「カッコいい!」

「気を付けて! また攻撃がくるよ!」

「おぅ! みんな、あんがとな!」


 ヒラリと手を振った守山は、また地を蹴り猛スピードで駆け出す。

 モンスターの金眼はしつこく守山を捉え続け、軌道を読むように行く腕や尻尾を振り下ろしてきた。

 しまいには長い首を垂らし、ガァと大口を開けて迫ってくる。

 守山は崩れたテントの上を飛び越え、固い天幕を広げて目晦ましを作る。

 急に視界に広がる白に怯んだのか、寸前でガチンと閉じるモンスターの口。

 守山は天幕を取り払い、首が引く前に長い口の上に飛び乗った。

 金眼の中の細い瞳孔がギョロリと動いて、守山を捉える――一瞬。


「これでも、食らえ……!」


 剥き出しの眼球に突き立てる鉄のパイプ。狂ったように咆哮上げるモンスター。


「……っと、やべ」


 噴き出した体液が降りかかるのを見て、守山は即座にモンスターの頭から飛び降り、天幕を被って体液の雨をやり過ごす。

 持ち上げていた腕の上で、体液を被った布がジュウと音を立てて溶けた。


「げ……!」


 守山は一瞬顔を引きつらせて布を捨て、暴れるモンスターから距離を取って観察する。


(両目潰せたらもっとよかったけど……初戦じゃこれが限界か)


 額から噴き出す汗。心臓は張り裂けそうなほど鼓動を打っていた。

 高速で巡る血液のおかげで視界が冴える。敏感になった五感に、人々の声が響いてくる。


「がんばれ、兄ちゃん!」

「すげえ! いける! 倒せるよ!」

「もう少しだ! やっちゃえー!」

「がんばれ! がんばれ!」


 指先がビリビリ震えた。瞳の奥がじんわりと熱くなる。一瞬視界が滲んで、手の甲で慌てて拭った。


(これだ……これがあれば……)


 ハッ、と強く息を吐いて、守山は上を見上げた。

 照らす太陽に逆光になったシルエット。周辺にある中で一番高い建物――鐘の外れた教会の天辺に、彼女を見つけた。


「――アウロラァ!!」


 声の限り、叫ぶ。ありったけの希望を乗せて。

 人々の視線も一斉にそちらを向いた。アウロラは虹剣エリスを携えて、ゆっくりと立ち上がった。

 守山は、初めて彼女の剣を見た時のことを思い出していた。

 勝てる、と確信したときの覚悟の瞳。そして、トドメを刺すときの渾身の一撃。


――舞台は、揃った。


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