第7話・魔族襲来
通りの幅を覆う巨大な影。巨大な羽音が空気を巻き上げ風を起こす。
飛び交う悲鳴。骨が折れて飛んでいくテント。逃げ惑う人の足音に子供の泣き声が混じった。
守山は子供たちを物陰にまとめて押し込んで、通りを逃げる人々に向かって叫ぶ。
「みんな、建物の影へ! ケガ人は優先して運べ!」
「モリヤマ! わたしたちが離れなきゃ……ここにいたら、みんなが……!」
アウロラは虹剣イリスを胸に抱き、真っ青な顔で守山の腕に縋った。
服を掴む指先が、小さく震えている。
「もう、遅いだろ……」
逃げていく人々の行き先を目で追っていた守山は、風の向きが変わったことでゴクリと唾を呑み下す。
飛翔する影が停止した。段々と濃くなり、巨大になってく。
「……っ……!」
土埃を巻き込む風は轟音を立てて、周囲を濃い白に染め上げる。
守山はアウロラを抱き込み、首に巻いた布を引き上げて地面に伏せた。
アウロラの背中に覆い被さって虹剣イリスを隠すも――もう遅い。
翼の一振りで、周囲に立っていたテントが全て飛ばされていく。一瞬にして開けた大地に、巨大なモンスターが君臨していた。
真紅の鱗で覆われた巨体。
長い首の先で、金色の目がギョロリと光る。
飛び散る唾液は地に落ちて、乾いた土と反応してシュウと細い煙を上げた。
酸い異臭が立ち込める。体液に毒を含んでいるようだ。
「でっけぇ……」
骨格が覗く三角の翼がひとつ羽ばたく度、轟音と強い風が起こる。容赦なく顔面を襲う噴煙に目を瞑って耐え、守山は口布を頭の後ろできつく縛り、鼻の上で固定した。
「モリヤマ……」
震える声。そっと身体を起こして覗き込む。
アウロラは紅玉石の瞳いっぱいに涙を溜めて、喉を引きつらせていた。
守山はアウロラと目を合わせ、目尻を窄めて微笑む。
「上、向けんな? それでこそ、ヒーローだ」
「だから、なんなのそれ……意味わかんない……!」
アウロラは自棄を起こしたように叫んだ。守山はアウロラの細い肩に手を置いて、ひとつ息を整える。
「いいか? 俺が思うに、今世界中で一番強い武器は、あんたのその剣だ。そしてその剣を振るえるのはあんただけ。ってことは、あんたが一番強い」
「そう、だけど……でも、わたしは……!」
「大丈夫」
ヒッ、と。引きつる音を立てて白い喉が震える。守山はアウロラの瞳を真っすぐに見つめた。決して不安の影を見せずに、わずかに微笑みを湛えて。
「人の形をしていないやつが相手なら、俺は思う存分戦える。ケガだってしない。約束する」
「そんな、めちゃくちゃ……!」
「人じゃないのが相手なら俺の戦闘歴は29年だ。信じろ。お前が信じてくれたら、俺は何倍も強くなる」
アウロラの瞳に揺れる涙の膜は、今にも壊れてしまいそうだった。
それでも、ギリギリのところで壊れない。
「信じられないなら――まあ、信じてみろ」
「矛盾って言わない? それ」
アウロラは不満たっぷりに頬を膨らませる。守山は思わず顔をくしゃっとさせて噴き出す。
「文句が出るくらいなら、いけんな。じゃあ、あんたがするべきことひとつだけ教える」
「なに?」
「高いところに昇れ」
「……はあ?」
滲んでいた涙の影が消える。
守山は素早く周囲に視線を巡らせて、空の一点で目を留めた。
「そうだな……あそこがいい」
アウロラも守山の視線の先を振り返る。
そこには、石造りの崩れた教会があった。守山が示したのはその天辺にある鐘突き塔。
何かの材料にでもされてしまったのか、そこにはもう鐘は下がっておらず、残された枠だけがぽっかりと在るだけだった。
アウロラは白く細い喉を微かに震わせる。
「武器でも鎧でもない、最強のアイテムがあるっつったろ? それを今ここで、あんたにやるから」
強張っていた表情がフッと緩んで、引き締まる。
瞳の奥に強い光が揺れた。守山は布で覆った内側で、口角を上げる。
「あんたがヒーローになるための舞台を、俺が作ってやる」
白い歯が唇をそっと噛んだ。アウロラは覚悟の光を瞳に光を揺らして――頷く。
守山はアウロラの丸い頭をくしゃっと撫でて、別れの合図にした。
そして、彼女を背にして立ち上がる。
ギョロリと見下ろしてくる金色の目。守山は口布をずらして、腹の底から声を張り上げる。
視線を自分に向けさせるために。
「オラァ! デカブツ!
俺が相手だ――かかってこいよ」
突き出した右手。天に掌を向け、指先を曲げて挑発した。




