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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第2章・ヒロインの事情
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第5話・ヒロインの事情


 中身をたっぷり満たした水筒を腰に提げ直して、立ち上がる。

 傍らに座っていたアウロラはキョトンとした顔をして守山を見上げていた。


「……出発?」

「ん? ここがお前ん家ってわけじゃないだろ? なんかに追われて逃げこんだとかそんなとこだ、違うか?」


 アウロラは白い喉をヒクンと震わせる。虹剣(こうけん)イリスをぴたりと身体に押し付けるように抱いて、瞳に怯えた色を浮かべた。


「……そう。あなたの言う通り。わたしは、魔族に追われてた」

「オゥ……ガチでいるんだな、魔族ってやつ」


 素で漏らしたつぶやきに、アウロラが不思議そうな表情をする。守山は掌をひらひらと振って「続けて」と促した。


「虹剣イリスは、魔族を引き付ける」


 チャキ、と。微かに鳴る金属音。アウロラが覗き込んだ刀身が、微かに虹色の光を零す。


「この剣は、持ち主の意志に応じて性質を変えるの。世界を支配することもできるし、滅ぼすこともできる。魔族は強大な力に引き付けられるから……この剣に群がってくる。そして、剣の所持者が弱いと見ると、途端に奪おうとしてくるわ」

「……そりゃ、すげえな」


 そんな間の抜けた感想しか言えない自分が嫌になる。

 アウロラの真剣な眼差しを見れば見るほど。


「でも、奪われるわけにはいかない。わたしはこの剣を、父さまから受け継いだ兄さまから……そして最後は、姉さまから託されたの。唯一残された……大事な家族なの……」


 ヒッ、と。小さな嗚咽の音が聞こえた。

 アウロラは大きな瞳にじわりと滲む涙を拭い、はぁと大きく息を吐き出す。

 家族を亡くして、身に余る力の所有者になって。

 亡国の第二皇女という立場以上に、重いものを背負っている少女。

 本来なら王位継承権も低く、負うべき責任もなく、自由に生きられたかもしれないのに。


(自由に、をどう取るかは本人次第だけど)

(この子も、俺と同じで主役になれない立場だったはずなんだ)


 守山は短く息を吐く。昨夜宣言した決意は揺れない。

 状況がそうさせたのだとしても、彼女はこれからヒーローに《《ならなければならない》》のだ。

 そして、アウロラは昨夜、世界を救ってみせると言った。

 一度瞼を閉じて、再び開く。アウロラは目の下を赤く腫らした顔で守山を見上げていた。


「んじゃ、やっぱり行かなきゃだな」

「でも……、人がいる場所に行くわけにはいかない。危険な目に遭わせてしまうから」

「そうやってひとりで戦ってくのか? もし途中であんたが倒れたら、その剣は奪われる。希望は尽きて、世界も滅びるが、それでいいのか?」

「……いいわけない!」


 再び俯きかけた顔が勢いよく上がる。向けられた挑む目を見返して、守山は柔らかく微笑んだ。


「だろ? 多少リスクはあっても、それさえ全部背負って戦うのがヒーローだ。そうしたら、もっと強くなれるんだぜ?」

「強く……?」

「最強のアイテムが手に入るからな!」


 アウロラはまったくピンときていない表情で首を傾げる。

 ただ、「強くなれる」と言った言葉が魔法のように作用したらしく、瞳の奥で微かな光が揺れていた。


「わたしは、強くなりたい……最強のアイテムって、いったい何?」

「武器でも鎧でもない。もっとすげえやつだ」


 守山はアウロラにサムズアップを向ける。

 光が揺れていた瞳にスゥと影が差し、アウロラは白い頬を不満げに膨らませた。


「なにそれ。ちゃんと教えてってば」

「いまのお前に言ったって信じないどころか、いらないって言いそうだから」

「はあ?」


 形の良い眉を吊り上げたアウロラは唐突に立ち上がる。ズイッと近づいてくる鼻先。守山は反射で仰け反りながら、思わず足元を見た。

 乾いた土埃が作る薄い煙幕の向こう。アウロラの足はぴたりと地面についている。すなわち、背伸びしている様子はない。


「……くっ……」


 目線の高さは守山とほぼ同じ。それどころか、たぶん、守山よりも若干高い。


「……なに?」

「いや……その……なああんた、身長って、160超えてる?」

「え? 身長なら、5フィート3インチくらいだったはず……もうちょっと伸びてるかもだけど」


 1フィートはたしか30.5センチだ。1インチは2.5センチ。

 ということは、ジャスト160センチ。

 守山がどうしても越えられなかった壁を、目の前の少女は越えていた。しかもまだ伸びているときた。

 守山は頭を抱えたくなる衝動を堪えて、意地で胸を張った。見たところ身長差はまだ誤差の範囲。まだ、見下ろされるには至らない。


「……まあ、目線を上げさせる器はあるってことだ」

「何の話?」


 アウロラは怪訝そうに顔を顰める。守山は低く咳ばらいをして、肩の力を抜いた。


「ヒーローの条件の話だよ」


 紅玉石の瞳がパタタと瞬く。アウロラは顔をしかめたままで、唇の下に指先を添えた。


「その、ヒーローって――何?」


 今度は守山が目を丸くする番だった。どうやらこの世界には、ヒーローの概念が存在しないらしい。

 守山はフッと軽く息を吐いて、口角を上げた。


「あんたがそれになるんだよ。俺が必ずあんたをヒーローにするから、任せとけ!」

「……さっきから全っ然答えになってないんだけど」


 アウロラはまた不満そうに頬を膨らませる。守山は明るい笑い声を上げ、太陽の方角に足を向けて歩き出した。


「ねえ、ちょっと! 話聞いてた?」

「聞いてたよ。俺に考えがあるから、大丈夫」


 肩越しに振り返って笑いかけると、アウロラは不満顔のまま駆けてくる。


「ねえ、もうひとつ聞きたいことがあるの」

「ん? なんだよ」

「わたし、あなたの名前を聞いていない」


 アウロラは責めるような目で守山の顔を覗き込みながら言った。

 守山は一瞬喉を詰まらせて、逃げるように目を逸らす。


「……守山だ」

「モリヤマ……それだけ?」

「なんだよ、それだけって」

「それはファーストネーム? ファミリーネーム? それともあなたの国ではどちらかしかないの?」

「いや、そういうわけじゃねえけど……別にいいだろ、守山で。不便ないだろ」

「わたしだってフルネーム名乗ったのに! フェアじゃない!」

「あんたが勝手に名乗ったんだろうが。とにかく俺はいいの! 守山で! 守山って呼べ!」

「ねえ、教えてってば!」


 しつこく追及するアウロラから逃げる内に、ほとんど駆け足のような速度になっていた。

 行く手には昇りかけの太陽。白い空は、徐々に青く染まっていく。

 遠くぼんやりと浮かぶ地平線に、建物のシルエットが見えた。


 アウロラが胸に抱いた虹剣イリスが微かに光る。その光に呼応して、荒野の果てで密かに、数多の影が動き出した。


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