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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第2章・ヒロインの事情
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第4話・異世界の朝


 距離を置いて仮眠を取り、夜明けを迎える。

 ポンプ式の井戸はまだ生きていて、取っ手を押し込むと勢いよく水が溢れた。


「この水……飲めるか?」


 守山は見た目には十分美しく澄んだ水を睨む。

 異世界で迎える初めての朝。

 腹は減っているし、喉も乾いた。頼れるのは、己の野生の勘だけ。


(まあ……死ななきゃ勝ちだろ)


 飛沫が弾ける水流に鼻をそっと近づけてみる。匂い的にたぶん、イケる。

 守山は透明な水を掬い取り、顔面に浴びせた。冷えた温度。試しに少しだけ舐めたが、痺れる感じもない。


「ん、イケる」


 両手に水を溜め、水面に口をつけて呷る。

 舌に触れる仄かな甘み。喉を通り抜けていく冷えた温度と清涼感。腹に落ちる感覚に、生きていることを実感する。


(今まで生きてきた世界とは、やっぱまるで違うけど)


 それでも、生きること自体は変わらない。

 守山は掌を開いた。指の半ばまで覆うハーフフィンガーの手袋。甲には硬いプロテクター。タクティカルグローブってやつだ。

 濡れた革を太陽に向ける。馴染深いこの形。主人公キャラがよく身に着けているのに憧れて、手袋の指を全部切り落として散々叱られた遠い思い出が過ぎる。

 三つ子の魂なんとやらで、大人になってもやっぱり「カッコいい」と思う心は否定できなかった。

 革が光を弾く。差し込む陽光に目を細めて、開いた掌をグッと強く握った。素早く腰の位置へ引き寄せて、もう片方の手を斜めに振り上げ円を描く。腰の横で勢いを溜めていた拳を天に向けて突き出して、太陽に向かって吠える。


「――変身! なーんつって……」


 腹から搾り出す発声は、思ったよりも遠くまで響いた。響いてしまった。

 ビクッ、と。傍らで身を竦ませ立ち止まる気配。虹色の光が頬に当たる。

 守山は拳を天に掲げたまま、ぎこちない動きで首を回した。


「……ぅ、あ」

「あ……お、おはよ」


 気まずそうに目を逸らしながら、頭を下げるアウロラ。

 水が出たままの蛇口の先にパッと飛びついて、容器に水を汲み、また素早い動きで離れる。

 アウロラは守山に背を向け、肩越しに気まずそうな視線を向けた。


「あの……なにも、見てないから」

「……ぉう、てか、待てまて。気遣わなくていいから。大丈夫、俺は全然恥ずかしいとか思ってない。あくまで俺は」

「……そう?」


 アウロラは小さな声で応じて、強張らせていた肩の緊張を解いた。

 そっと目を逸らしつつなのが、若干傷つく。


「まあ、なんもないとこで決めポーズするってのはだいぶ痛いけど、咄嗟にできるもんでもないからな。練習しとくのは大事なんだ」

「……いつ使うの、それ」

「俺は使うとこにいたの。……まあ言うて、カメラの前で実際にやったのは、俺じゃないけど」


 呼吸のように自虐を呟いてしまう癖。守山は自分への叱咤を込めて思い切り頬を叩いた。

 乾いた音に、アウロラが痛そうに顔を顰める。


「あんただって王族? とかなんだったら、民衆の前とかに出る時になんかこう、威厳あるポーズみたいのするだろ」

「確かに……父さまや兄さまは、そうしてたかも」

「だろ?」


 守山は歯を見せて笑いかける。アウロラも笑みを返して、小さく頷いた。


「そういえば、この辺りの水の状況ってどうなってる? どこでも手に入るもんなのか?」

「え? あ……王国の水脈は豊かだって聞いてる。どこの集落でも自分たちで井戸を掘って、自由に使ってるって。あなたがいま使ってる水道も、ここに住んでた人が作ったものだろうし」

「ふーん……なるほどな。いざとなったら掘ればいいんだろうが、便利なものはありがたく使わせてもらったほうがよさそうだな」


 フム、とひとつ頷いて。守山は腰に提げた水筒に水を汲んだ。

 腰には水筒と巾着。ナイフやロープ、着火剤。非常食になりそうなドライフルーツや、薬草だと言われた干し草。その他もろもろ。

 この世界にたどり着いたばかりの時に、露天商から買った最低限必要な道具の数々。

 守山は思う。ヒーローになりたくて覚えたことが、全部役に立つ。

 戦いがある世界観を学ぶのに読んでいたライトノベルもそう。読みながら、もはや習慣のように現実世界では使えなさそうな知識を蓄えて。これで異世界転移なんて事態になったとしてもたぶん生きていけるだろう――なんて、本当にそうなるとは思わなかったが。

 ドラマや舞台の世界も、所詮はフィクションだ。

 順応するどころか、その世界の住人のように生きることなら慣れている。


「さて、あんまり陽が高くならないうちに出発するか」

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