第2話・ヒーローを呼ぶ目線
オーディション会場を後にして、新幹線の駅へと向かう。
三十歳まで、と課していたリミットがすぎてもう二年が経つ。所属するクラブでも、背の高い若手が力をつけてきていた。
それでも、守山ほどの表現力を持つ人材はいない。頑張っていれば、いつか誰かの目に留まる。ヒーローになれる。
希望と絶望はいつも交互に顔を覗かせ、守山を不安定にさせていた。
「……希望を信じ続けられなくて、なにがヒーローだ」
足元ばかりが映る視線を上げる。
「ヒーローは、人の目線を上げさせるものだ」
それは、守山が思うヒーローの鉄則だった。俯くたびに何度も唱えて、奮起してきた。
「顔を上げろ。上を向け」
地面を踏みしめる足の速度が上がる。少しずつ息が上がっていき、身体が熱くなる。
「そこに、ヒーローがいたら――」
「助けて……っ!」
叫び声に、守山の視線が跳ね上がった。
ハッとして足を止める。速足で通り過ぎかけた暗い路地裏。
制服姿の女子高生が、数人の男に囲まれ組み伏せられている。
涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔。地面を掻いて血に染まった指先。それでも彼女は、長い黒髪を掴まれながらも必死に上を向いていた。
彼女の濡れた瞳と目が合った。ドクン、とひとつ、心臓が跳ねる。
――ヒーローを、待つ目だ。
守山は背負っていたリュックを地面に落とし、腰を低く構えた。
眉間に力を入れて、順々に視線を向けてくる男たちを睨みつける。女子高生の顔に微かに希望が浮かび、指先の熱は最高潮に達した。
「そこにヒーローがいたら――めちゃくちゃカッケェだろ……!」
見上げる少女の目線は、守山の勇気になった。
咆哮を上げながら、男たちに突っ込んでいく。
湿った地面に深く沈み込み、蹴り返す勢いで飛び上がる。空中で一度身体を縮め、背中を捻って反動をつけた。
「はぁっ!」
気合を吐きながら脚を振りぬく。放った飛び蹴りは女子高生の髪を掴んでいた男の頭をなぎ倒す。踵に感じる肉の感触。重い手応え。
守山はギリッと音がするほど奥歯を擦り、着地と同時に振り返る。
「てめぇ、何すんだよ!」
拳を振りかぶる相手の間合いに飛び込み、がら空きの胴にストレートを打ち込む。柔らかな肉がへしゃげて、内臓まで抉る感触が走った。
体液をまき散らしながら倒れる相手。残る一人はポケットからナイフを取り出し、腰の辺りで構える。
守山は一瞬息を呑む。殺陣稽古の最中なら怯む場面ではない。けれども、相手は素人だ。守山は重心を落として間合いを測り、意識を銀色の刃先に据える。
ふたつの息遣いと、うめき声が響く。守山は視界の隅で震える女子高生に向けて叫んだ。
「逃げろ! 早く!」
「ひっ……ぁ、あ……ッぅ……!」
女子高生は這うようにして後ずさり、やがて意を決したように立ち上がる。グズッと洟の鳴る音がして、駆け出す足音。
安堵して、少しだけ笑った。
「あ、あの……っ、ありがとう……!」
路地裏に響く声。それだけで全身が燃えた。震えるほど嬉しくて、同時にどうしようもなく苦しかった。
(ああ、俺は……)
(ヒーローになりたい)




