第1話・ヒーローになれない男
少女の白い喉が震える。
守山を見上げる少女の瞳は、赤というよりマゼンタに近い色だった。
粗末なマントの下に着た白い衣服。薄汚れているが、繊細なレースがあしらわれた上等なドレスのように見える。
(……と。マズいマズい)
仮にも異性に対して無礼な視線を向けすぎだろう。守山は自分で自分にツッコミを入れつつ、ゴホンと咳払いをした。
こちらが気遣う一方で、少女の方は守山を食い入るように見つめている。
「……いつまで見てんだよ」
痺れを切らして問いを投げると、少女は金縛りから解けたようにハッとして唇を開いた。
「あなた、よく見ると……小さい」
「あぁん?」
少女が言い終わる前に思わず声を上げていた。少女は突然の凄みにビクッと身体を震わせたものの、しつこく視線を据えてくる。
まるで、「間違ったことは言ってない」とでも言いたげだった。
ヒクッと口元を引きつらせながら、守山は盛大に溜息を吐いた。
少女の前にしゃがみ込み、下から舐め上げるようにガンを飛ばす。
「小さいとか関係ねえの。大事なのは技術だ。もっと言うと見せ方だ。それが全然なってねえあんたに、どチビだの小人だのコロボックルだの言われる筋合いはねえの」
「……見せ方?」
勢いで口走った余計な例えに、少女は引っかからなかった。正直助かる。
会話の要点を的確に拾う――思ったよりも聡明らしい少女に、守山は認識を改める。
まっすぐ、真摯に向けられる瞳。守山は自身の心臓がドクドクと脈打つ音を聞きながら、正面から少女を見つめ返した。
「スーツアクターって知ってるか? お嬢さん」
「スーツ、アクター……?」
繰り返すニュアンスは、明らかに未知のものを発音する響きだった。
守山は一度天井を仰ぎ、崩れた屋根から覗く夜空を仰ぐ。
知らない世界のはずなのに、見上げる空は元の世界と変わらない顔をしていた。
(なんにもない場所に来ちまったんだなあ……)
名前も。
立場も。
夢も。
砂利の味がする口内で舌を擦る。
守山は、体感数時間前の過去を脳裏に思い浮かべて、口を開いた。
◇
ガラス張りの壁面が特徴的な、テレビ局の一室。
背後から差す強すぎる光の中に立ち、守山は順光側に座る一陣に相対していた。
「ナゴヤ・アクション・プライズ所属、守山一路です。よろしくお願いします!」
一陣の目は、守山の姿を一瞥して落胆の色に染まる。落胆ならまだよかったかも知れない――まったく興味を持たれていなかった。
守山の前に部屋を出て行った男性は、身長180センチを超えていたように思う。
来年スタートするヒーロー番組の主演俳優は、珍しく小柄だと聞いていた。だから、自分にもチャンスがある、と。抱いていた微かな希望は、一瞥で打ち砕かれた。
一連の演技を終えた後の自己アピールの時間。守山は胸を張り、主張した。
「俺のヤラレ、見てください!」
ヒーローになりたかった。小さい頃からの憧れだった。
幼少からアクションスクールに通い、殺陣も剣術も演技も、体操も武術もパルクールもやった。
高所訓練も、潜水資格だって取った。
とにかく、ヒーローになるために必要なことはなんでもやった。
誰もが憧れるヒーローの「見せかた」は誰より理解している。
必殺技が映える「ヤラレかた」だって、自分より上手くやれるやつはいない。
守山にないヒーローの条件は、ただひとつ――高い身長だけ。
やりきったあとで、息を呑む音を聞いた。汗の滴る髪を払い上げて顔を上げる。
「すごいね。でも――ヤラレはヒーローの本質じゃないでしょ」
「悪役でだって、小さい敵倒しても……ねえ?」
全員の目が言っているようだった――お前はヒーローになれない、と。
守山はフラフラと立ち上がり、覇気のない声で「ありがとうございました」と言って頭を下げた。




